少年期[966]交渉

(本人にその自覚はなさそうだけど、酷な事を実行するわねぇ……)


ゼルートはゴーディアスが無意識に限界をぶち破り、一時的なパワーアップしていることは把握済み。

安全に勝つということを考慮すれば、枷を一つか二つ外すのがベスト。


そんなことはゼルートの理性は把握している。

だが、こういう戦いを待っていたという気持ちがあり、本能が枷を外すことを拒否。


ここにきて初めてゼルートの体に幾つかの切傷が出来た。

その事実に見守っている騎士たちは大興奮し、僅かな希望を感じていた。


(ここで、終わらせる!!!!!!)


しかし……ゼルートとの頭は騎士たちが思っている以上に斜め上にいってる。

リミッターを破壊した上での超強化となれば、長くは続かないことは明白。

既にゴーディアスの目、鼻から血が零れており、体の節々からも噴き出している。


のらりくらりと躱し続ければ、勝手にゴーディアスが自滅するのは明らか。

とはいえ、わざわざ激闘の末に手に入る勝利を逃すゼルートではない。

ここに来て雷を身に纏い、加速。


ゴーディアスの剛剣を見事受け流し……袈裟斬りを叩きこむ。


「ッ!!!!! ん、のぉ……」


想定以上のダメージを受けた体は、強制的にリミッター解除を停止。

それでも前に進んで剛剣を振るおうとしたが、刃がゼルートに届く前に力尽き、そのまま倒れた。


「おいっ!! さっさと回復させろ!!!!」


ゼルートの声で治癒師たちはビクッと体を震わせながらも即座に移動し、ゴーディアスの治癒を始めた。


限界を越えた動きを行い、最後の袈裟斬りによってそこそこの血が垂れ出てしまったが……命に別状はない。


「お疲れ様、ゼルート。ポーションいる?」


「いや、自分で回復するよ」


切傷こそあれど、どれも重傷ではないため、一瞬で治癒が可能。

ゴーティアスがゼルートに傷を負わせた……その事実に希望を感じた面々は、再度現実を叩きつけられた。


「……ゼルート君、一応聞くけど休息は挟むかい?」


「このままで構いません。最後の戦いを行いましょう」


「分かった」


そう……次の試合が、最後の戦い。

最後の戦いが終われば、ゼルートは誰かの顔を立てる為にあれこれする必要はない。


「ゼルート殿、一つ頼みがある」


「なんでしょうか」


最後の挑戦者であるディスパディア公爵家の騎士団団長の隣に立つ使用人が一つの箱を開けた。

その箱には……金貨と白金貨がぎっしりと詰まっていた。


「この勝負に私が勝てば、ローレンス様が所有していた氷絶を渡していただきたい」


「……俺がこの試合に勝てば、そちらの財産を全て貰える……そういう事でよろしいですか?」


「あぁ、勿論だ」


ローレンスの一騎打ちが終わった直後、氷絶だけは戦利品として頂いていた。

氷絶はランク七の一級品であり、代々ディスパディア公爵家の人間たちが使用してきた武器。


(あの財産があれば、氷絶に匹敵しそうな武器を買えなくないと思うけど……それだけ、この人にとって、ディスパディア公爵家の人間たちにとって大事な武器ということか)


タダで渡すことは出来ない。

しかし、騎士団長が提案してきた内容であれば、受けないという選択肢はない。


「分かりました。その提案、飲みましょう」


「寛大な心に感謝する」


様々な立場を考えた上で、騎士団長の言葉はあまりにもゼルートを立て過ぎている、と考える者が何名かいた。


ただ、それは騎士団長がゼルートの戦闘力、そこに至るまでの過程を想像ではあるものの、理解してい売るからこその対応だった。

戦争以降に入ってくる噂が、どれも事実であり、決して誇張など混ざっていない。

それが解かったタイミングで氷絶を取り戻すという選択を諦めることも出来た。


それでも、恐ろしい現実を確認した後だとしても……ディスパディア公爵家に仕える者としての、騎士としての誇りがそれを許さなかった。

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