最終話~ミドル12~

薬島:「あぁ……雨、ようやく上がりやがったのか」


 影裏が戦闘中に放った黒炎によって、周辺の雨雲は消し飛ばされていた。


影裏:「……どうしてそこまで雨に拘る」

春見:「この雨がどうかしたというの?」


 警戒を絶やさずに問いただす二人だったが、返ってきた答えは歯切れが悪い。


薬島:「……実のところ、俺にもよく分からねぇ。

 ただ……雨を見てると、無性に殺したくなっちまう。いや──殺さないといけない気がしちまう」

影裏:「”いけない”気がするか……」

春見:「結理君、これって──」


 二人は彼の状態に既視感を持った。

 杏子が春見の眼を見た瞬間に襲いかかってきたように、薬島 陸もまた、奏 時貞によって認識を歪められている状態だと確信できる。

 薬島の場合は雨が降っている事がトリガーとなって発動する暗示だ。

 彼が仄めかした”他の異能力者”というのも、奏 時貞の事だろう。


影裏:「……時貞の仕業、か」

春見:「どこまで人を弄べば気が済むというの」


 右手を強く握り固める影裏と、険しい目つきをする春見。


薬島:「また雨が降り始める前に、お前らはどっか行くこったな。俺が正気を失う前によ」

影裏:「自分が正気を失う前に、か。……薬島、お前に問いたい。

 正気である今、お前は自分の凶行をどう思う。何を感じる」

薬島:「どう思う、ねぇ。いいゲームだった……クソみてぇな人生に相応しい、クソそのもののゲームだったさ」

影裏:「あくまでゲームか……そこに、僅かでも罪悪感や後味の悪さは無かったのか」


 問いかけに、薬島は自分の手を見やる。


薬島:「ハッ! んなもん……ねぇわけあるかよ。ずっと……手に染みついてやがるんだ。 俺が殺した奴らの、肉の感触。血と脂の臭い。生暖かい──クソッ!」


 見やった手に力が入り、そのまま地面に叩きつけた。


薬島:「最低最悪の……ゲーム現実そのものだ」

影裏:「そうかよ。じゃあそのクソッたれなゲームから、少しだけ引き戻してやる」


 《レネゲイドリゾプション:イージー》を宣言、時貞のレネゲイドを横奪する。


薬島:「──、なんだ、何をした……? 俺の中の、何かが……消えた?」



GM:薬島 陸の《Eロイス:ファイトクラブ》が消失。それによって持っていたEロイスは使用不可、事実上の廃棄となります。



影裏:「……ゲームオーバーだ、薬島」


 拳を握り締めたままの影裏の隣に、ゆっくりと近付いていく春見。

 その瞳は煌々と輝きを放っている。暗示を掛ける時の光だ。


影裏:「…………」


 無言で、彼女が為そうとしている事を見守る。

 自身の力に苦しみ続けた春見なら、使い方を誤る事はないだろうという信頼の表れだ。


春見:「そう、ゲームオーバーよ。薬島 陸」


 動けない薬島の頬に手を添え、眼を合わせる。

 地に這いつくばる彼は、その美しささえ感じる光から、目を逸らせない。


春見:「これで貴方の悪夢は終わり。目を醒まして」



 輝きが最も溢れた瞬間に、彼女は命を下す──



「『貴方の人生ゲームを歩みなさい。誰にも左右されない、人間として胸の張れる人生ゲームを』」


 

 ──人として、生きろと。



「ゲームにコンティニューは付き物でしょう? ここで自棄になってる暇なんてないですよ」



 優しく微笑んで、春見は彼の傍を離れる。それは薬島にとって罰であり──赦しだった。



薬島:「クソッ……クソが……何がゲームだ。何がコンティニューだ……クソ……くそ──」


 どしゃりと崩れるように地に伏せた薬島。その言葉は小さな声で、悔やむように、詫びるようで。


影裏:「……ありがとう。俺だけじゃ、罰する事しかできなかった。

 春見のおかげで、この悪夢は──救われた」

春見:「ううん、私だけじゃこの答えには至れなかったよ。彼には、彼の人生を歩んでもらわないと」



GM:薬島はここで、『名前も知らない異能力者』にロイスを取得。君たちの姿を、彼は捉えられるようになります。

 そして同時に、『雨夜の殺人鬼』のロイスを、タイタス化。



薬島:「サンキュー、な。名前も知らねぇ異能力者ども。おかげでようやく──新しいゲームが始められる」

春見:「お礼は不要よ。だって、これは対等なゲームだったでしょう?

 そして私たちの勝ち。約束は守ってもらうよ」

薬島:「ハッ、違いねぇ。……誰にも言うもんかよ、俺だけのもんだ」

影裏:「雨夜の悪夢は終わった。後は、お前次第だ」

春見:「どうか、素敵な人生を」


 遠くから、警察の到来を知らせるサイレンが聞こえ始めている。


薬島:「二度も礼は言わねぇよ。おら、お迎えが来やがったみてぇだ……さっさと行けよ」

春見:「……結理君。行こうか」

影裏:「ああ……あばよ、薬島 陸。それと──」



 既に亡くなっている両親の傍に跪き。


「──父さん。母さん」


 二人の最期を、胸に刻み込むように。

 いつか恐怖した両親の目を優しく、けれど強い心で見据え。



「俺、行くよ」



 二人の目を、そっと、閉じた。



影裏:ここで『過去』にロイスを取得する。感情は執着と恐怖。ポジティブが表だった。即座にこれをタイタス化する。


 過去に縛られるのは──もう、終わりだ。


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