第三話〜ミドル3〜

 時刻は夜10時過ぎ。この時間帯からは宵闇に紛れやすく、襲撃側が有利となりやすい。万が一の戦闘に備え、二人はこの時間を選んだ。

 町外れの工場地区の一角にその建物はあった。見た目はただの工場だが人の気配はない。夜の帳が降りる中、静まり返った工場の一番小さな建物へと二人は入っていく。

 一見電源が落ちているように見えたが、入り口の自動ドアは君たちを招き入れる。そして奥まった、入り口からは見えない位置にある地下へと降りる階段の先に、無機質な明かりが灯っていることに二人は気付く。


影裏:「……行こう。慎重にな」

春見:「……うん」


 二人はシーンインし、慎重に階段を降りる。その正面扉の先、一人の男が緑色にぼんやりと光るポッドを前に何かの作業をしている。こちらには背を向ける形だ。


春見:「……貴方が、プランナーの言っていた人物ですか?」


 春見が静かに語りかけると、壮年の男性は振り向く。一瞬、わずかに目を見開き、そして親しげな声を上げた。


壮年の男性:「結理、それに春見か。……久しぶりだな」

影裏:「……なに?」

壮年の男性:「分からないのも無理ないか。僕だ、及川 桃矢だ。……とはいえ、二人の知っている僕ではないけれどね」

春見:「及川、君?」

及川(?):「……ああ、そうだ。とても懐かしい顔だ」

影裏:「……何を言っている。桃矢の名を騙るお前は誰だ」

及川(?):「まあ、そうなるよな。当然の反応だ、仕方ない」



春見:確認なんだけど、春見たちが確認した顔写真と比べてどうなってるの?

GM:面影はある。髪が癖っ毛だったりの特徴はそのままだが、目つきや顔つきが似つかない。そしてなにより、年齢が釣り合わない。


及川(?):「信じられないかもしれないが、僕は未来からやってきた。京香を蘇らせる、ただそれだけのために」

影裏:「……本気で言ってるのか……? ジャームだってもう少しマシなこと言うぜ」

春見:「……私たちの誕生日は知ってる? 血液型は、得意科目は、性格は? 私達について知っている内容を包み隠さずに"話して"」


 魔眼を解放して、威嚇の意味も込めて命令する春見。


影裏:「春見、落ち着け。ここで戦闘はマズい。……だが、答えてもらうぞ」

及川(?):「もちろん、いいさ」


 命令が効いたのかは定かではないが、及川 桃矢(?)は君たちが通っていた高校での出来事を話し始めた。

 ……それこそただの思い出話だ。影裏が意外と勉強が得意、というより要領が良かったことから、春見の弁当がいつも美味しそうだったこと、小さな出来事から大きな出来事までを話し始めた。


及川(?):「そうだな、あとは──あの頃、4人の恋愛事情なんかも、僕は薄々勘付いていたんだ」

春見:「……ッ」

影裏:「……なら、俺について聞かせてもらおうか」

及川(?):「ああ。僕の憶測なら、結理は春見か京香のどちらかが好きだったんじゃないかなって思うんだ。……ただ正直、恋愛に疎い僕ではそれ以上は分からなかったよ。京香が結理に好意を抱いているのは分かったけどね」

影裏:「……OK、どうやらお前は、少なくとも桃矢の名を騙るまったくの別人じゃない。それは信じよう。もしお前が完璧に桃矢のフリをしようとするなら、あの頃の俺の内心を迷わず言い当てようとするだろうからな」

及川:「……すまない。本当に分からなかったんだ。実際どうだったのか、この機に聞いてみたい気もするが、やめておくよ」

春見:「……でも、本当に及川君なら年齢が合わない。未来からなんて、そんなSFみたいな真似……」

及川:「僕も、この時代には想像もつかなかったよ。……ブレイクスルーが起きたんだ。あるオーヴァードによってね」

春見:「ブレイク……スルー?」

及川:「技術の飛躍的進歩のことさ。そのオーヴァードは時間を手にし、好き勝手をした後に時間という概念を僕に明け渡した。──今はもう、所在すら掴めないんだけどね」

春見:「その力を使ってまで、何で今に?」

及川:「決まっているさ。この時代が、一番京香を助けるのに"適している"からだ」

影裏:「京香を助ける。プランナーも同じことを言っていたな」

及川:「あの"偽物"が……? そうか。そういう気持ちも、本当に持ち合わせていたのか。……いや、今にして思えば、確かにこの時代の僕がここにいたのでは話にならないか。とはいえ本当に──」


 及川はまるで一人の世界に入ってしまったかのようにぶつぶつと考え始める。


影裏:「……正直、訊きたいことは山程ある。けど、そちらにも言えない事情があるんだろ?」

及川:「──あ、ああ。その通りだ。今はただ……」


 背中を向けて緑に淡く光るポッドを見上げる。その中には──



及川:「京香を、一緒に助けてほしい」



 少女が、影裏たちの知っている都築 京香が眠っている。その身体は損傷が激しく、とてもではないが生きているとは思えない状態だ。


春見:「……命をそれで繋ぎ止めているの?」

及川:「ああ、そうだ。なんとか繋いでいる状態だ。ポッドから出せば、間違いなく死ぬだろう」

影裏:「……そうか。……それで、俺たちに何をしろって言うんだ」

及川:「命を助ける手段は揃っている。だが、その方法を取ると京香は暴走しジャームになってしまう」

影裏:「……覚醒させる気か?」

及川:「そうしなければ、京香は死ぬんだ」


 苦虫を噛み潰したような顔で声を絞り出す。


及川:「そうならないために、結理の力が必要なんだ。結理の"ウロボロス"の力が」

影裏:「ウロボロス? 何だ、それ」

春見:「……結理君のシンドロームはサラマンダーだよ?」

及川:「そうか、この時代には本来無いはずの力だものな。無理もない。……結理は炎を操るサラマンダーではない。影を操り、自身のレネゲイドを適応、進化させるウロボロスシンドロームだ。その中でも、レネゲイドを押収する性質が特に強い」

影裏:「ウロボロス……シンドローム」

及川:「言ってしまえば、僕もウロボロスシンドロームなんだ。この時代には存在しないはずなんだけど……いや、それについては今はいいんだ」



影裏:オメーもウロボロスなの!?

春見:らしいね。

GM:うんむ。



及川:「京香の身体をレネゲイドで再構築しポッドから出した時、京香は間違いなく暴走する。なんとか鎮圧できても、身体を構成するレネゲイドの侵蝕を受け、ジャームとなってしまう」

影裏:「……これだけ損傷が激しければ、間違いなくそうなるだろうな」

春見:「待って。及川君もウロボロスなら、それは及川君でも出来るんじゃないの?」

及川:「残念だが、それはできないんだ」

春見:「どうして?」

及川:「さっき、レネゲイドで身体を再構築すると言ったね。その再構築に、僕のウロボロスは適していてね。そちらに力を使う必要があるから、僕は一時的にウロボロスの力を使えないんだ。それに、他にも理由がある」

影裏:「……聞かせてくれ」

及川:「未来で、僕は結理と戦った経験がある。その時に直接見たけれど、結理のレネゲイド押収力は、他のウロボロスよりも群を抜いている。世界的に見てもトップといって良いだろう」

影裏:「未来の俺と、戦った……!?」

及川:「普通では考えられないほどの能力だ。だからこそ、未来では……。いや、すまない」

影裏:「……それも"言えないこと"か」

及川:「言えなくはない。ただ、"伝えたくない"ことだ」

影裏:「……なるほどな。なら、今は聞かないでおくよ」

及川:「すまない。助かるよ、結理」

春見:「……私は。私は、何で呼ばれたの? 私だって都築さんの助けになりたいけど、そんな能力は……」

及川:「いや。春見の存在も必要だったんだ。京香は、あの事件からずっと秘匿され続けていた。だからこそ、絆を持つ人間が極端に少ない」

春見:「……こちら側の楔役、という事?」

及川:「そうだ。この3人なら。僕たち3人だけは。京香のジャーム化を食い止められる」

影裏:「……なあ、訊いていいか。桃矢は、タイムスリップが出来るんだよな?」

及川:「ああ。そうだ」

影裏:「そして、目的は京香を助けること。だったら……」

春見:「……」

影裏:「だったら、どうして直接助けに行かないんだ? わざわざ京香が死にかけてからじゃなくても、もっと過去、事件の前にでも飛べば……」

及川:「残念だけど、それはできない。歴史を変えるというのは、地球──ガイアの記憶の縺れ(もつれ)を誘導することだ。その縺れが、あの事件の前後は別の部分に集中している。だから、そこに僕が直接飛んでも助けられないんだ」

影裏:「……使っているシステム的に不可能だ、という理解でいいか」

及川:「ああ。今はそれでいい」

春見:「結理君。どうする?」

影裏:「……俺たちにしか、出来ないこと、なんだよな」


 影裏はポッドを見上げ、呟く。その眼差しは京香を見つめている。


及川:「ああ。そうだ。僕たちにできなければ、世界中の誰にも出来ないことになる」

影裏:「……春見、俺は──」

春見:「……うん。言って、結理君」

影裏:「──助けたい。俺に出来ることが……いや、俺にしか出来ないことがあるのなら」


 胸ポケットから、影裏は一枚の写真を取り出す。それは4人の在りし日を記録したものだ。そして今、それを持っているのは自身の右手──多くの血に塗れた右手だ。


影裏:「あの日常を、取り戻すことができるなら。俺は、自分に出来る全力を尽くしたい。それが今、俺のやるべきことなんだ。だから──」


 振り返り、春見を──これまで幾度となく背中を預けた存在を──真っ直ぐに見つめ。


影裏:「春見、頼む。俺に力を貸してくれ」

春見:「うん……うんっ、わかったよ。私、結理君をお手伝いする。それが……きっと結理君のためだと思うから」

影裏:「……ありがとう。春見。……話は決まったぞ、桃矢。俺たちはお前に協力して、京香を助ける」

及川:「よかった。ありがとう、二人とも。本当にありがとう。準備が出来次第、すぐにでも取り掛かろう。戦闘になるだろうから、しっかり準備しておいてくれ」

影裏:「その前に……なあ、桃矢。少し訊きたいことがあるんだが、いいか」

及川:「ん、なんだい?」

影裏:「……春見、すまない。少し桃矢と二人にしてほしい」

春見:「……わかった。済んだら呼んでね」

影裏:「悪いな。すぐに済ませる」


 席を外した春見を見送り、桃矢に向き直る。


影裏:「それで、だ」

及川:「ああ」

影裏:「訊きたいことは他でもない。春見のことなんだが。知っていればで構わない。あいつの目が、未来でどうなっているのかを知りたい。"言えない"ならそれでも構わない。だが、"伝えたくない"は無しで頼む」

及川:「……すまない。春見の目に何か問題があるのか? 先ほどの力と何か関係があるのだろうか」

影裏:「……そうか、知らないか。いや、こっちこそすまない。忘れてくれ。代わりに、もうひとつ訊きたい。

及川:「ああ。なんだい?」

影裏:「……未来の俺は、どんな戦い方をしていた?」

及川:「──。……参考にするつもりならやめたほうがいい。あれは……人間に出来るような動きじゃない」

影裏:「……それは、どういう……」

及川:「言葉通りの意味だ。……先ほど、この時代が京香を助けるのに一番適していると言ったね。あれは──」



「結理が、人としての理性を保っている時代だからだ」



影裏:「……そうか……俺は、堕ちるんだな」

及川:「……結理の押収力は強すぎるんだ。そのレネゲイドをどこかに発散できなければ、いつか必ず迎える終焉だと。結理自身も知っていたはずなんだ」

影裏:「……そうか。そうだったか」

及川:「…………すまない。やはり言うべきではなかった。──話はこれだけか?」

影裏:「ああ……聞けてよかったよ。ありがとう、桃矢。悲しいけど、希望はあった」

及川:「……?」

影裏:「お前だよ、桃矢。堕ちた俺と戦って、かつ五体満足で生き残っている。──勝ったんだろ、俺に」


 その言葉に、及川は目を見開く。


及川:「……あ、ああ。一応は、な」

影裏:「辛い役目を負わせてすまない。それでも……俺は、最期に親しい人の手で葬られた。それが救いさ」


 そう言って笑う影裏は、まるで死に場所を探しているように見える。人を殺し続けた自分にとってはそれが上等な最期だと。そう言っているようだった。

 及川はその顔を直視できず、目を逸らした。


影裏:「さて、長いこと話し込んじまったな。春見を呼んでくるよ」

及川:「ああ。頼む」


 影裏が春見を呼びに行った後、小さな声で呟く。


及川:「結理。その結末は、決して良いものなんかじゃないぞ。身体が無事だろうと、痛みを感じる場所があるのだから」


春見:「……お話はできた?」

影裏:「ああ、おかげでな。ありがとう」

春見:「ならよかった。そう、及川君」

及川:「なんだい?」

春見:「私たち……誰と戦うことになるの?」


 寂しげな目で、その答えを待つ。


及川:「……暴走した、京香本人とだ」

春見:「……そっか。じゃあ頑張らなきゃだね」

「(奏さんが言っていたのは……この事だったのかな。でも、私は……結理君が決着を付けるまで、絶対に──)」

影裏:「……ああ、気合い入れていこうぜ。後悔しないようにな」

春見:「うん」

「(絶対に、この人を──守るんだ)」


 3人はそれぞれの思いを胸に、決意する。


 ──失ったあの日々を、取り戻すために。


 ──守るべきこの人を、守り抜くために。


 ──想い馳せた少女を、蘇らせるために。

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