第21話 父たちよ、そして新しき者達よ

 「も、申し訳ございません!!! どうか、この命で償わせてください!!」

 「いや、お前の首なんて要らないし」


 毒はメロンだけに含まれており、エルキュールもカロリナも大事には至らなかった。

 メロンはテーブルに運ばれ、そこで切り分けられた。

 つまり初めからメロンの内部に毒が仕込まれていたということになる。


 「注射針か何かで混入させたんだろ。まあ、気が付かなかったのは無理ないさ。まさか、初めから中に毒が入っているとは思わないからな。以後、気を付けるように」

 「は、はい!!」


 料理長は何度も何度もエルキュールに平伏する。

 鬱陶しいので、エルキュールは手をしっしと追い払ってから……


 「さて、ガルフィス。クリストス。ルーカノス。カロリナ。……実は黒幕が誰か、心当たりがあるんだよね。誰だと思う?」


 騒ぎを聞きつけて、集まった三人とカロリナにエルキュールは尋ねた。

 三人とカロリナは顔を合わせて……


 「あのお方ですか」

 「例のあの人ですね」

 「彼でしょうなあ……」

 「あの人以外、あり得ませんね」


 名前を出してはいけないあの人……

 つまり、そう言う事だ。


 「ルーカノス、お前は毒物の混入経路を調べておいてくれ。ただ、相手に気付かれるな。そして何もするな。今回は泳がせる」

 「宜しいのですか?」

 「どうせ、辿り切れないさ」


 途中で切れてしまう紐を辿る意味は薄い。


 「エルキュール陛下!!!」


 そんな会話をしていると、女性の声が宮殿に響き渡った。

 レムリア帝国の皇帝であり、地上における神の代理人とされるレムリア皇帝を、唯一名前で呼ぶ無礼が許されている人間はこの国で一人だけ。


 「これはこれは、母上。突然の御訪問ですな。何のご用件でしょうか?」

 

 レムリア帝国皇太后。

 エルキュールの母であり、クリストスの姉に当たる人物だ。


 「エルキュール陛下、話は聞いています。……どうされるおつもりですか?」

 「幸か不幸か、犯人・・までは辿り着かないでしょうな。まあ、再発防止には尽力しますよ。死にたくは無いのでね」


 エルキュールは肩を竦めた。

 皇太后はエルキュールの母であるが……


 ハドリアヌスの母でもある。


 エルキュールとハドリアヌスは年が離れているが……同じ腹から産まれた兄弟だ。


 そして……皇太后はエルキュールとハドリアヌスでは後者の方を愛している。

 最初に生まれた息子であるし、夫であるハドリアヌス三世と共に可愛がっていたからだ。


 一方、エルキュールはハドリアヌスの教育失敗を繰り返さないために意図的に母親である皇太后から引き離され、そしてハドリアヌス三世も敢えてエルキュールと会話しようとはしなかった。


 生まれた時から賢く、手も掛からず、甘えず、優秀で、そして殆ど親子の会話をしなかった息子と、あまり優秀ではなく、手を掛けさせられ、隙あれば甘え、甘えさせてきた息子。


 前者よりも、後者を愛するのは母親として当然であろう。

 もっとも、後者が人間としてダメになり、前者が親を愛さないのもまた自明であるが。


 「では、何もしないということですか?」

 「まあ、今回は何もできませんね。しかし、私も皇帝・・としてこのまま放置するわけにはいきません。近い内に、ふるいにかけるつもりですよ」

 「……ふるい、ですか」


 エルキュールの言う、ふるいが何なのかは皇太后には分からない。

 だが、その『ふるい』によってもう一人の息子が死ぬという事だけは何となく理解出来た。


 「どうにかなりませんか?」

 「私にはどうにもできませんよ。あちらの方がどうにかして貰わないとね」


 エルキュールは肩を竦める。

 皇太后は手を強く握りしめた。


 「どうか、出来得る限りのお情けを」

 「ええ、心がけますよ。出来れば、ね」


 皇太后は理解してしまう。

 エルキュールの、その返答に込められたエルキュールの意図を。


 「エルキュール陛下、私は修道院に入ろうと思っています」

 「修道院、ですか?」

 「ええ、神に祈る生活をするつもりです。……夫の冥福と、息子たちの罪、そしてその罪を止められない自分の罪への償いのために」


 皇太后の言葉に、ガルフィス、クリストス、ルーカノス、そしてカロリナがギョッとした顔をする。

 いくら皇帝を産んだ母とはいえ、言って許される発言と許されない発言がある。


 皇太后の……息子たち・・の罪という発言は看過できない。


 しかしエルキュールは幸いにも気にしなかったようで、苦笑いを浮かべただけだった。


 「まあ、母上がそうお決めになられたのであれば私から何も言う事はありません。……すでに、場所はお決めに?」

 「……ええ、では皇帝・・陛下。さようなら」


 皇太后はエルキュールに対して、深々と頭を下げてその場を立ち去った。

 辺りを沈黙が支配する。


 「可哀想なお方だな。本当、可哀想だ。実に御気の毒だ」


 エルキュールは心底同情するように言った。 

 しかし、その声は平坦で、どこか他人行儀であった。


 四人の家臣たちは、そんな崩壊してしまった家族を気の毒そうに見つめていた。







  後日、エルキュールは元老院を招集した。

 元老院。

 かつて、レムリアが共和制だった時に国権の最高機関として機能した組織である。


 現在では何の実権もない、ただの名誉職であり、お飾り組織であるが……

 それでも多くの要職についている貴族が列席する場所。その影響力は計り知れない。


「父たちよ、そして新しき者達よ。諸君らの中には私に対して不信感を抱いている者がいることはよく分かっている。しかし今、重大な国家の危機が訪れている。この危機を看過すれば、我が国に待つのは滅びのみだ」


 エルキュールが元老院を招集したのは、即位の時以来。

 突然の招集と、この発言に元老院議員は困惑の表情を浮かべながらも、エルキュールの話に耳を傾ける。


 (一先ず、掴みは出来たか)


「危機とは何か、それは言うまでもない。我が国を取り囲む、野蛮人、異教徒、異端者共である!! 獣人族ワービースト共は図々しくも、我らの祖先が征服し、耕し、切り開いた土地に居座り国家を建設している。神の子は人などと、妄言を吐く野蛮人たちは今でも虎視眈々と神の国である我が国の領土を狙っている」


獣人族ワービースト……

 かつて、レムリア帝国外に広がる大森林地帯に住んでいた種族。

 大規模な民族移動を起こし、レムリア帝国内部に侵入してレムリア帝国の衰退を決定的にした種族だ。

 その戦闘能力と凶暴性は長耳族エルフに引けを取らない。

 そして何より……


 同じメシア教徒ではあるが、違う教義を信じている……異端者である。


「北からは忌々しいブルガロン人共が毎年のように貢納金を要求し、我が国の領土を侵し、国民の財産を奪い、婦女子に暴行を加えている。これは看過できるモノではない!!」


 遊牧民であるブルガロン人には、常識は通用しない。

 彼らにとって、略奪は当たり前の事だ。しかし、略奪される側は堪ったモノではない。


「そして、我が国最大の敵であるファールス王国!! 邪教を信じ、邪神を信じる異教徒共!! 

彼らは日に日に数を増やし、そして我ら神の徒であるメシア教徒を滅ぼそうと画策している!!!」※別に画策していません(by聖火教)


 具体的な脅威を一つ一つ上げていく、エルキュール。

 それらの脅威は誰もが分かっていたことで……そして誰もが考えようとしなかったことである。


「我らは神の徒として、戦わなくてはならない!!」


 そうだ! そうだ!!

 元老院議員たちはエルキュールに賛同を示す。


 エルキュールに賛同を示しているのは、元老院の議席を与えられた教会の司祭たちだ。

 彼らからすれば、悪魔に等しい異教徒や異端者から、神の国であるレムリアを守るのは皇帝の職務であり、そしてそれを支えるのが元老院なのだ。


「我が国はここ数百年、敵に領土を奪われ、畑を蹂躙されてきた。諸君らの中にも、苦い思いをした者もいるかもしれない。……確かに、私は諸君らの土地に多額の税を課した。だが、そうしなくては今ある土地すらも、いずれは蹂躙され、奪われてしまうだろう。そうなれば、我らの手に残るのは土地を失い、住む場所を失った民と飢えて死に耐えた屍だけである!」


 税金を引き上げたのは仕方がなかったと説く。

 そして、そうしなければそれ以上の損害を被るだろう。とエルキュールは主張する。

 これには説得力があった。


 事実、貴族たちの土地は年々月日が経つとともに奪われ、荒廃しているのだ。

 多くの大貴族たちが、うんうんと頷いて見せる。


(まずは信仰に訴え、そして次に実利に訴える。ここまでは問題無い。あとは……)


「我々は戦わなくてはならない。レムリア帝国を守るために。そして我らの父祖たちが血を流して得た土地を取り返さなくてはならない!! 我らの故郷を、我らの故地を!!!」


「「おおおおおお!!!!」」


 一部の元老院議員たちが歓声を上げる。

 中には涙する者もいた。


 彼らは長耳族エルフ炭鉱族ドワーフの貴族たちである。

 寿命の長い彼らの中には、かつて蛮族に奪われた領土で幼少期を過ごした過去のある者もいる。

 先祖代々の墓も、レムリア帝国の西側にある。

 しかし、今は蛮族が割拠して訪問することもできない。

 彼らにとって、蛮族を駆逐して故郷を取り戻すことは悲願である。


 エルキュールは元老院に大きな影響力を持つ、老人たちの感情に訴えたのだ。


(流れは掴んだ。あとは……)


「幸いにも、戦費は確保してある。私が求めているのは、諸君らの祖国と神への忠誠である! 再び我が国が蛮族に、異端者に、異教徒に蹂躙されるのを看過するか、その前に敵を叩き潰し、我らの故地を取り戻すか!!」


 貴族たちの負担は少ないと主張し、貴族たちの支持を得る。

 その上で、祖国と神への忠誠という、非常に『否定し辛い』ことを要求して強引に賛同に持ってくる。



「流石は陛下ですね。あの気難しい貴族たちをその気にさせている。普段からあのやる気を見せてくださればいいのですが……」


 演説するエルキュールと、それに聞き入る貴族たち。

 それを傍目で見ながら、カロリナは感心したように言う。


「まず脅威を訴え、そして信仰に訴え、実利を説き、感情に訴えてから、決断を二択に迫る。賛同しないモノは祖国と神への忠誠が足りないと、烙印を押されるわけですな。いやはや、恐ろしい才能だ」


 自らも元老院議員の議席を持つガルフィスは、エルキュールの演説を高く評価する。

 元老院の空気は完全にエルキュールに支配されている。


「はは、イケメンで、政治の天才で、軍才も持ち、そして演説もピカイチ? 神は二物を与えないというが、嘘みたいだな」


 ダリオスは苦笑いで呟く。


「しかし、まだだ。まだ、貴族たちの賛同は得られない」

「そうですね。あともう一押し、必要でしょう」


 一方、クリストスとルーカノスは厳しい表情を浮かべている。

 人は利だけで動く生き物ではない。これだけではまだ押しが足りない。

 はっきり言ってしまうと、『言う』だけならば簡単なのだ。

 大切なのは、それが『出来るか』どうか。

 出血を強いて、敗北すれば骨折り損にしかならない。

 そして、そう考えていたのはエルキュールも同様で……



「勝算は十分にある!! 我が国には従来の精強な騎兵、そして弓兵。新たに組織した歩兵。強力な常備軍を持っている。厳しい訓練に耐えた精鋭たちだ! 蛮人どもに本当の戦争を教えてやるのだ!!!」



「陛下がおっしゃると説得力がありますな」


「まあ内心でどう思っていらっしゃるかは分かりませんがね。とはいえ説得力は十分でしょう。陛下には傭兵隊長ダリオスを討ち取ったという……失礼、生きていらっしゃいましたね」


「勝手に殺すなっての。というか、皇帝陛下の事だ。最初からこの演説するつもりで、俺を倒しに来たな? 俺は出汁された、ってことか。名誉なことだな。はあ……」


 クリストス、ルーカノス、ダリオスが口々に言う。

 ルーカノスの言葉の続きを、カロリナが言う。

 そして……家臣たちが見守る中、エルキュールは最後の仕上げに入る。


 

「かつて世界を征し、世界平和パクス・レムリア―ナを実現した我々が、文明を知らない野蛮人や異端者、そして邪神を奉じる異教徒共に後れを取って良いはずがない!! このままでは我々は父祖に申し訳が立たないではないか! 諸君らは恥ずかしくないのか!! 私は恥ずかしくて夜も眠れない!!」※ぐっすり寝てます。


 エルキュールは自分たちの先祖と過去の栄光を語る。

 そう、それはレムリア人にとっての誇り。決して、失ってはならないモノ。


 レムリアは、最後の審判が訪れるまで、地上に存在し続ける最後の楽園、神の国でなくてはならない。世界帝国でなくてはならない。

 そして……


「私はこれよりレムリアの強さを蛮族共に見せつけ、我らの領土と民を取り戻す戦い……『国土回復戦争』を。今。ここで。宣する!!!!」



「最後にレムリアのかつての栄光、そしてこの演説の目的を……」


 思わず聞き入ってしまったカロリナは、感嘆の声を上げる。

 政治に疎い、カロリナでも分かる。この演説が、計算尽されたモノであるという事が。


「さすがは皇帝陛下です。ご覧ください、あの貴族たちを」

 ルーカノスは貴族たちを指さす。

 そこには……


「うおおおお!!!」

「レムリア万歳! 皇帝陛下、万歳!!」

「神の敵を討つのだ!」

「我らの故地を、故郷を!!」

「レムリアの勇猛さを蛮族共に教えてやろう!!」


 そこには、重税に文句を垂れていた貴族たちの姿は無かった。

 この日の演説で、全ての長耳族エルフ貴族の支持を。


 そして殆どの非長耳族エルフ貴族の支持をエルキュールは得た。


 ハドリアヌス派に組していた一部の貴族や、エルキュールとハドリアヌスの間で揺れ動いていた貴族の殆どは完全にエルキュール派となったのである。


 斯くして、最初のふるいは成功し……ハドリアヌスの支持者は元の三分の一にまで減少した。


 後日、エルキュールは市民たちの前でも同様の演説をすることで平民の支持をも得た。

 そして最初の『国土回復戦争』の舞台として、レムリア帝国領内で蛮族が居座って建国した小国、

トラビゾス公国への侵攻を宣言したのである。

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