第18話 カレー
ある時、エルキュールは思った。
カレーが食べたい。
カレーとは様々な種類の香辛料を用いて味付けされた料理である。
よく、インド人は毎日カレーを食べていると思う人がいるかもしれないが……
それは半分正しく、半分間違いである。
まず、日本人の想像するカレーとインドのカレーは違う。
日本のカレーはインドカレーをイギリス人が改造し、それをさらに日本風に改造した料理だからだ。
では、インドカレーとは何ぞや?
と思うかもしれないがそもそもカレーという料理名はインドに無い。
インドカレーは存在しないのだ。
我々がインドカレーと認識しているのは、インドの香辛料を使った煮込み料理であり、それぞれに固有の名前がある。
インドにおける香辛料は、日本における味噌醤油のようなモノ。
だから、香辛料の使われていない料理は殆ど存在せず、インドの料理は殆ど『カレー』ということになる。
だから、インド人はいつもカレーを食べている。
という認識は半分正しく、半分間違いなのだ。
さて、問題はどうやってカレーを食べるかである。
生憎、エルキュールはの前世の男はハウスバーモンドカレーのカレールーを使ってカレーを作ったことはあるが、香辛料からカレー粉を作ってカレーを作ったことは無い。(といより作ったことがある人間の方が少数であろう)
さて……
どうするか……
そこでエルキュールは思い立った。
そうだ、料理人ごと連れてくれば良いじゃない。
エルキュールの世界は前世の世界と地形が似通ってはいるとはいえ基本的に全く違う世界である。
前世の世界には悪魔も精霊も魔法も魔術も長耳族エルフも獣人族ワービーストも存在しない。
しかし、この世界には前世の世界と殆ど同じ動植物が存在する。
香辛料も同様である。
そして香辛料の産地は熱帯の暖かいところ。
つまり……
「インドは無くても、インドっぽいところなら確実にある。ならば、カレーもあるに違いない」
と、エルキュールは考えた。
善は急げ。
エルキュールは早速、商人に香辛料の産地から料理人を連れてくるように命じた。
そして……
「料理長。彼が新しい料理人、シンディラ人のクナーラ君だ」
「ヨロシクおねがいシマス」
「こ、これはご丁寧に……えっと……なんですか?」
全く聞かされていなかった料理長は、突如現れたクナーラ君に困惑の表情を浮かべる。
尚、インド人はターバンを巻いて象に乗っているイメージがあるかもしれないがクナーラ君は別にターバンを巻いてもいなければ、象にも乗れない。
彼の特技は料理を作ることだけである。
カレー(彼)だけに、なんちゃって。
「いや、ほら。シンディラ料理が食べたくて。善は急げと思って、本場の料理人を連れてきた。言っておくが、無理矢理じゃないぞ? なあ?」
「ワタシ、ガンバリマス!」
たどたどしいレムリア語を使いながら、クナーラはガッツポーズをして見せる。
ちなみにクナーラは元々割と高い地位の人間だったのだが、戦乱に巻き込まれ、奴隷階級と間違われて奴隷として売られたという不幸な過去を持つ。
現在はエルキュールに購入され、メシア教に改宗してから解放されたので自由民だが。
「陛下……私にも料理長として、このレムリア宮殿の料理を預かる者としてプライドがあります。それに毒殺の心配もあるでしょう。どこの馬の骨か分からない人間を、厨房に入れるわけにはいきません。……まずは料理の腕を見させて貰ってから、判断しても宜しいですか?」
当たり前だが、宮廷の人事は皇帝の匙加減一つであり、いくら料理長とはいえそれに意見することは普通はできない。
料理長のこの発言は、エルキュールへの無礼以外の何物でもなく、手打ちにされても仕方がない。
とはいえ、エルキュールは割と寛大な方であるし、料理長の気持ちもよく分かる。
「よし、分かった。というか、俺も早くカレー食いたいし。クナーラ君、早速作ってくれ」
「ハイ!!」
「かれーって美味しいんですか?」
「どうかな? 俺も初めてだし。でも、今まで食べたことが無い味だと思うよ」
「本当ですか? 楽しみです!」
カロリナは嬉しそうに笑う。
割とカロリナは色気より食気のタイプなので、エルキュールが『シンディラ料理食べない?』と誘ったところすぐにやって来た。
「楽しみですなあ。シンディラ料理など、食べたことありません」
と、ガルフィス。
「私は昔、食べたことがありますな。中々刺激的な味でした」
と、クリストス。
「香辛料を大量に使った料理……うーん、司教として贅沢はあまり推奨できませんが」
などと言いながらも、何だかんだで食卓にやって来たルーカノス。
そして……
「ふん! 不味かったら承知せんぞ!!」
特別に同席することを許された、料理長。
以上、エルキュールを入れて六人が審査員である。
しばらくすると、香辛料の良い、食欲のそそる匂いが漂ってくる。
エルキュールの口から唾が溢れてくる。
「オマタセしました」
クナーラが厨房から姿を現す。
クナーラの指示に従って、メイドたちがテーブルに料理を乗せる。
「「「おおおおお!!」」」
見たことのない、色合い、匂いの料理を見てカロリナたちは感嘆の声を上げた。
カレーは黒っぽい茶色。
中には大きな肉がいくつか入っている。
付け合わせは大きなナンだ。
「この肉は何だ?」
「羊肉マトンデス!」
マトンって何ぞや?
とエルキュールは思ったが、まあ旨ければどうでも良いかと思い、早速料理に手を伸ばそうとして……
「お祈りをしていなかったな」
これでもエルキュールはそこそこ敬虔なメシア教徒である。
食事前のお祈りは欠かさない。
日頃の恵み、ありがとう! 神様!!
的なニュアンスのお祈りを終えて、エルキュールは早速ナンに手を伸ばす。
左手で押さえ、右手でナンを引きちぎる。
カロリナたちも、普段パンを食べる要領でナンを引きちぎる。
そんな彼らの姿を見ながら、クナーラは内心こう思った。
こいつら、なんで不浄の手で平気でナンに触ってるんだよ。
とはいえ、敢えて口に出すことは無い。
文化の違いであることはクナーラも理解している。
さて、カルチャーショックを感じているシンディラ人を余所に、エルキュールはナンでカレーを掬うように口に入れた。
「うん、旨いな。素晴らしい」
鼻を通して伝わる、刺激的な香辛料の香り。
口いっぱいに広がる、程よい辛み。
何かよく分からない肉……おそらく、羊肉は柔らかく煮込まれていて、口の中でほろほろと溶ける。
それがほんの少し甘いナンと調和する。
素晴らしい……
でも……
「俺はもう少し、辛い方が好きだな」
「モウシワケありまセン。カラスぎると、タベレナいかとオモイまして」
「まあ、確かに辛すぎて食えないよりはマシだな。お前の気使いは理解している。次回・・からはもう少し辛くしてくれ」
「ワカリマシタ!!」
次回から。
つまりエルキュールに味が認められたという事だ。
料理人として、これほど嬉しいことは無い。
「まあでも、合格点には達しているが満点には程遠いな。星一つだ。星三つ目指して、頑張ってくれ」
「ショウジンします!!」
エルキュールはそう評価してから、カロリナたちに尋ねる。
「どうだ、カロリナ」
「美味しいです。ナンで中和されるから、辛いけど食べれますね。……私としてはもう少し辛さを抑えた方が好きですけど」
「まあ、それは人それぞれだな」
料理に正解は存在しない。
人それぞれに、好みがあるのだから。
「お代わりはありませんか?」
「私もお願いします」
「全く……香辛料を大量に使うなど……なんと罪深い。あ、お代わりお願いします」
いつの間にか完食し終えたガルフィス、クリストス、ルーカノスがお代わりを要求する。
三人とも、レムリアではお金持ちの部類だが、これほど大量に香辛料が使われた料理は滅多に食べれない。
カレーを作れるのは、エルキュールの財力のおかげでもある。
だからこそ、三人とも食える時に食っておこうと、お代わりを要求しているのだ。
どうせ、痛むのはエルキュールの財布である。
「料理長、どうだ?」
「私もお代わりをお願いします」
料理長、あっさり陥落。
斯くして、クナーラの就職が確定した。
余談
「なあ、クナーラ君。君、象に乗れない?」
「ノレマセン」
「ターバン被らない?」
「カブリマセン」
「ヨガとかやらないの?」
「ヤリマセン」
「釘とか体に打って苦行とか」
「イタイのニガテデス」
「おかしいな……俺の知ってるシンディラ人は象に乗ってトラと戯れて、ターバン被りながらヨガで苦行して、毎日カレー食ってるんだけど」
「イロイロ、マザリすぎデス!」
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