10
幾度となく繰り出される斬撃を交わし続ける。斧が右から、左から。上から振り下ろされたと思えば、下から振り上げる動きも見せる。スイングスピードが速いため、回避行動はどれもギリギリだ。僕は回避速度を少しでも速めるためにヘルムと盾を捨てていた。こうして回避に専念することで、相手のスタミナ切れを期待したかったが……。
「埒が明かない……」
化物の体力は衰えを見せることはなかった。それどころかこちらが一方的に消耗していくだけである。反撃を、というのは分かってはいるのだが、間断なく続けられる攻撃を前にどうすることも出来ない。それに別の大きな問題もある。これはゲームでないということだ。攻撃を受けて死んでしまってリトライ可能なゲームと違いこれは現実だ。一撃でも攻撃を受けようものならたちまちにこの命は散ってしまうだろう。まさにセーブ不可能、残機一の超ハードコアモードだ。
と考えているところに左からの斬撃。その場で姿勢を低くし、攻撃を躱す。頭上をかすめていく斧が空を斬る音が聞こえる。振りを制止することが出来ずに壁に衝突する音が続く。
「オオオオオオオオオオオオオ!」
化物が吠える。顔を上げると、巨斧が岩壁に突き刺さったまま抜けないでいた。化物はけない斧をどうにかしようと悪戦苦闘している。
「チャンス……!」
低くしていた体を起こすと、一気に駆け寄り距離を詰める。跳躍。体が宙に浮き、自分でも驚くほど高く跳んだな、なんて思った。体が浮いたその転瞬、時間が止まったような感覚に襲われたのだ。僕は両手に握った剣に渾身の力を込め、化物の首元めがけて振るう。僕の斬撃が化物の首を斬り裂いたのが視えた。
全身に強い衝撃が加わり、世界が一気に暗転する。
「うっ……」
体中に激しい痛みが走る。何が起こったのかを把握しようとするが視界が定まらない。加えて脳も頭蓋骨に叩きつけられて軽い脳震盪を起こしているようだ。思考もまとまらない。ハッキリと分かるのは化物の咆哮のみ。
「化物……?」
それはさっき僕が斬り殺してやったはずなのに。もしかして苦痛に悶えて……。
胸に抱いた微かな期待も視界が鮮明になると、それがただの願望であったことに気づく。化物は傷を一つも負ってはいなかった。むしろ、傷を負い重傷なのは僕の方だ。
「何が……」
ここで何が起きたのかを思い出す。僕は勢千載一遇を逃すまいと勢いよく斬りかかった。ここまではよかった。化物は僕の行動を見るや否や、抜けない斧から手を離すと、強烈なパンチを僕の顔面へと喰らわせたのだ。僕の体はいとも簡単に後方へと飛び、岩壁に叩きつけられたのだ。後頭部を触ると血がべったりとつく。
「結局こうなるのか……」
僕は絶望の深淵に落とされた気分であった。
環境が変われば、困難に立ち向かえば自分は変わる。なんて言うのは甘い話以外の何もでもなかったのだ。自分の望み通りの展開を期待し、ただひたすらに変化を待つ。受動的な人間のところに変化なぞ訪れるはずもない。
化物はどうにか斧を引き抜くと、巨体を揺らしながらこちらに近づいてくる。それを見た僕はどうにか痛みに堪えながらも立ち上がり逃げようとするが数歩歩いたところで倒れてしまう。剣が右手から滑り落ち、玲瓏な音が洞窟内に響く。化物が確実に近づいてくる。
「ヒッ……」
這って逃げた。逃げようとした。けれど今更に足掻いたところで無駄なのは明白だ。
不意に隣で横たわっている死体と目が合う。体は真っ二つに切断されており、顔は恐怖に怯えたまま固まっていた。それは数秒後の僕の姿だ。そう直感したのも無理はない。
「オオオオオオオオオオオオオ!」
化物が勝ち誇ったような叫び声を上げ、斧を振り上げる。
僕はせめて死を視ることだけでも避けるためにそっと目を閉じた。
洞窟全体を振るわすほどの大きな音が響く。
ハッと目を見開くと、化物の巨大な斧が彼の僅か数センチ右を叩きつけていた。化物は、どうして自分が外したのか分からないといった不思議そうな顔をしている。いったい何が起こったのか。それは僕にも化物にも把握が出来ていなかった。
化物は何度か頭を振ると、斧を持ちあげて、もう一度大きく振りかぶる。僕は諦観を含んだ笑みを浮かべる。もとより勝てない勝負だったのだ。もう抵抗するつもりはない。最後くらいは楽に殺してほしい。
「痛っ……!」
唐突に頭部に強烈な痛みが走る。内的な痛みだ。その痛みはまるで僕が諦めて死ぬことを許さないとでも言っているようだった。痛みは次第に明確なメッセージへと変わる。
「自分を変えろ、今ここで」
そう脳内で反響する。何度も、何度も、何度も。まるで暗示でも掛けるように。死に抗えとでも言うように。
「変わらなきゃ……」
フラフラと立ち上がり、虚ろな視線で化物を見つめる。
「オオオオオオオオオオオオオ!」
化物が咆哮を合図に巨斧が振り下ろす。
僕は落ちていた剣を鷹揚に拾い上げると、強烈で重い一撃を跳ね返した!
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