epi 2. 上へ前へと進む話

 俺たちが信じていたものは幻だった。


 そう、気がついたのは全て終わった駅のホームでだった。


 今日が納期の仕事。上が取ってきたのは、通常のほぼ半分という短い期間で仕上げなければならない仕事だった。ここ1週間に至っては泊まっての徹夜、家に帰るのすら惜しく近くのネカフェでシャワーを浴び、2時間弱仮眠をとって出勤する生活。

家に帰るのは、かなり久しぶりな気分だった。


 やっと仕上げた仕事に達成感を抱き、家へ向かう最中。仕事仲間のSNSには上司が全て自分の手柄にして祝杯をあげる写真。


「上を目指すのは無理か……」


 ″無理じゃないよ″


 突然脳内に響く声、遂にもう一つの人格が生まれたのか。乾いた笑いが漏れる。


「ははっ。ならどうしたらいい?」


 ″簡単だよ、前へ進むだけさ″


 そう言って背中を押す声に、


「そうか」


 と頷いて、一歩踏み出した。



 --ホームに一人の男が居た。


 彼の見つめるレールは心なしか青みがかり、光の反射が常よりも華やかだった。


「あーあ、やっぱり粉々か」


男は呟く。


「もし無事なら、ムスカリのような濃い紫と鮮やかな青色の方解石に似た断面のカケラだったろうなぁ。」


 彼の残念そうな声色は電車の音にかき消され、その後周囲は騒めきに包まれた。

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