盾持ちの英雄じゃ世界は救えませんか?

雨蔦

第1話英雄の死

「……ごめん、ね……ごめ、ん__」


 何度も繰り返される言葉には、嗚咽が混じっていた。

 まるで贖罪を求めるかのように。そして、縋るように絞り出される悲痛な声。


 __謝る必要なんてない……


 短い言葉。それを伝えたくても、微かな息が口から漏れるだけ。

 頬を伝う涙を拭うために手を伸ばす。しかし、見えない枷をはめられたかのように自分の腕は動かない。

 微かに震わすことのできた指が、温もりに包まれる。

 それが誰かの重ねた手だと、目にしなくとも分かる。

 それを機に意識が遠のく。

 未だに続く謝罪の言葉は耳を離れ、眼前に映る泣き顔が霞み始める。

 死に対する覚悟はできていた。それでも……


__伝えたかったな……


 胸に燻っていた感情は結局、彼女へと伝えることができなかった。

 後悔。

 その二文字が浮かぶ間も無く、襲い来る急速な眠気に瞼を下ろす。

 静かで、それでいて哀しげに、


 一人の戦士がその灯を失った。



 * * *



 大昔に邪とされた神の涙から生まれ落ちた邪竜。

 それは世に生きる者全てを恨み、憎み、忌み嫌った。

 まるで産みの親である神を虐げ、悪とした世界への復讐であるかのように。

 人に災禍として恐れられ、幾万もの軍勢を灰塵に化した死の象徴。終焉の権化。

 そんな怪物が勇者と呼ばれる一人の人間、そしてその従者四人によって滅ぼされたこの日は、後に世界共通の記念日に。邪竜と勇者一行の壮絶なる戦いは伝聞を経て、永年語り継がれる英雄譚となった。

 誰もがこれから先の未来、いつ降り注ぐかも分からなかった恐怖からの解放を喜び、祝う。

 邪竜の討伐から数日の間、人の世は絶えず祭りが開かれ、英雄譚を肴に酒が汲まれた。

 皆が浮かれていたのだ。

 小さな農村の村人から大国の王まで、すべての人が。

 だからこそ、気付いたのは祭りに引っ張りだこであった勇者が葬儀のため、命を落とした盟友の眠る棺を開いた時だった。

 防御不可能と言われた邪竜の死の息吹から勇者と仲間を守り、命を散らしたその英雄__その遺骸が棺の中から消えていることに……

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