第二話 武器が売れるのは凄惨な戦いの前触れ
ユエルの出店には、品物がほとんどなくなっていた。
出店といっても、布を敷いた上に品物を並べただけの簡易的なものだったが、朝見た時には布の上にあったはずの大量の品物は、わずか数時間のうちに、その大半は売り払うことができたようだ。
並べられていた品物は、主に剣や槍といった武具で、ハリーは今日中に捌けるものでもないと考えていたのだが、予想が外れたようだ。
ユエルはハリーの姿を見ると、うれしそうに飛び跳ねた。
あまりにはしゃぐものだから、頭にのせた帽子がずれて地面に落ちそうになっている。
ユエルにはこういう子供っぽい所があるのに、自分は大人だ、と口癖のように言うものだから余計に子供っぽく見えるのだ。
「見てください!もう少しで売り切れですよ!」
「そうみたいだな」
残っている品は、質の悪いロングソードが数本と、大きなカイトシールドが一つといったところで、このまま店先に座って誰かが買ってくれるのを待つには、あまりにお粗末な品々だ。
「これなら、鍛冶屋で買い取ってもらったほうがいいんじゃないか?」
「えー、できたら売り切りたいんですけど…」
渋るユエルに、ハリーは金貨の袋を取り出した。
「ほら、こいつも分けたいし、鍛冶屋に行った後は飯でも食べに行こう。たまには肉汁たっぷりのステーキでも食おうぜ」
「え?ほんとですか!?すぐに片付けます!」
ハリーの言葉にユエルは目を輝かせると、品物と敷き布を片付け始めた。まったく、現金なやつだ。
一分も立たないうちに、出店を畳み終えたユエルは、肩にかける縄がついた木箱にそれらをしまうと、背嚢のように背負った。
木箱に入りきらないカイトシールドを何とか両手で抱え上げると、ユエルは準備万端というような顔をした。
だがその姿は、腹の甲羅が取れないように手で頑張って押さえているウミガメのような恰好だ。まっすぐ歩けるようには見えない。
「さあ、行きましょう!」
「待て、それは俺が持つ」
ハリーはそう言って、ユエルの手からカイトシールドを取り上げた。見た目よりも重く、ずしりとした盾をハリーは脇に抱えた。
すると、ユエルは不満そうな顔をハリーに向けた。
「私だって一人前です。自分の商品くらい、自分で運びますよ」
ハリーは軽くため息をついた。
「お前が荷物の持ちすぎでフラフラしてる横で、何も持たずに平気な顔をしてる俺をみたら、スドゥン爺さんにどれだけ怒鳴られるかわかるか?」
すると、その光景を想像したのか、ユエルはくすりと笑った。
「ふふふ…あの大きな金づちで叩かれそうですね」
「それならまだましだ。叩いて伸ばされて、ロングソードにされちまう」
「そしたら、私が売っ払ってあげますよ。銀貨3枚ってところですかね」
「勘弁してくれよ」
ハリーは笑いながら、手で顔を覆った。その時、ふと馬車を襲った盗賊のオークたちのことが頭に浮かんだ。
彼らもこんな冗談のように、命に値段をつけられ、袋の中の金貨となった。
たぶん、自分も命に値段をつけられる時が来るのだろう。もしかしたら、知らないうちに既になっているのかもしれない。
銀貨三枚で売り飛ばされる。案外、冗談でもないかもしれない。とハリーは思った。
「そういえば、お客さんからオークの人たちの話を聞きました」
市場から鍛冶屋に向かう道中、ユエルは言った。
街全体がどこかギスギスした雰囲気だ。上っ面ではいつもどおりの日々が流れているように見えるが、その裏では誰もが疑心暗鬼になっているように感じる。
「急に狂ったようになって、人を襲うんだそうです」
「まるで病気だな」
ハリーがそう言うと、ユエルは顔をしかめた。
「お客さんもそう言ってました。流行り病かなにかとしか思えない、怖くて仕方ないって」
「突然オークに襲われたときに備えて、武器を買い込んでるってか?」
ハリーは、ユエルの店に並んだ武器が簡単に売れた理由に見当がついた。
「みんなビクビクしてるわけだ」
「そうかもしれません。でも、今まで一緒に仕事をしてきた人たちですよ?そんな…」
「バケモノを見るような目で見るなって?」
ハリーは皮肉めいた笑いを浮かべた。
「100年前の魔王侵攻の時に、先陣きって攻めてきたのはオークだと聞いたぞ」
「でも、それは魔王の力で操られていたからです。魔王の死んだ後に正気に戻ったんです。だからこうして街で暮らしているんですよ」
「なら、また正気を失ったのか、それとも疫病か…」
ハリーはユエルの不安そうな顔を見て、言葉を止めた。
「何にせよ、早く原因がわかるといいが」
「そうですね…」
話が終わった後、二人は何も話さずに歩きつづけた。ユエルの商売相手や、商人仲間には数人のオークがいる。
ユエルなりに重く受け止めているんだろう。とハリーは思った。
しばらく歩いていると、通りがかった広場で騒ぎ声が聞こえた。
見れば、そこで小さな人だかりができていた。中心にいる男が叫んでいる。
「オークをこの街から追い出すべきだ!」
そして、拳が振り上げられる。周りの人々は口では何も言わないが、その男に賛同するような小さな拍手を送っていた。男は演説を続ける。
「所詮、オークも魔物の仲間だ!奴らは一度、魔王の兵士となって我々に武器を向けた!そして、魔王死したあとはクラム王の恩赦を受けて、彼らは許された。にも拘わらず、奴らはまた人々を傷つけている!留置所を見ろ!あそこはオークで溢れかえり、留置所ではなく豚小屋になっている!いまこそ、我々は結束してオークを街から追放し、平和な街の姿を取り戻すべきではないのか!」
『たとえ、エルフであっても誰であろうと、言葉を交わし、心を通じ合わせられる。だから彼らのすることは間違っているのだ』
演説の声と重なるように、師匠の声が頭の中で響いた。エルフと群衆の衝突でコモン村が燃えゆく中、師匠が紡いだ言葉には悲しみに満ちた響きがあったことを思い出した。
その時、自分は泣いていたはずだ。村が燃えるのを黙ってみていることしかできないまま。
「ハリーさん」
数年前の追憶から引き戻したのは、ユエルの言葉だった。
「行きましょう。じきに衛兵が対処しますよ」
どうやらユエルには、自分があの演説を止めるべきかどうか迷っているように見えたようだった。
「……ああ、そうだな」
二人は、広場を通り過ぎた。後ろから、更に大きくなった演説の声が聞こえてきた。
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