えっちがしたいネコ希望のタチとえっちはしたくないお姉さん
@papporopueeee
上
陽気に急かされ起きてみれば、枕元の時計は十一時半を指し示していた。
最初に起きたときは六時半を示しており、その次は八時。九時を見た覚えもあるので、都合四度寝をしたことになる。
遅く起きたからといって何か問題があるわけではない。このまま生活習慣が崩れると休日明けの午前講義が辛いが、大した内容でもないのでやっぱり困らない。
「あっついなぁ……」
そろそろ寝具を夏仕様に代えろとせっつくように、起き抜けの体はじっとりと汗ばんでいた。
首筋に張り付いた髪をかき上げ、部屋着に着替えるためにベッドを立つ。
汗を吸った衣服を脱ぎ捨てるとなんとも気持ちがいい。このまま全裸で過ごしたい欲求もあるが、つくしがまたうるさいことを言いそうなので我慢しよう。
「……誘ってみようかな」
一度手に持った部屋着を片付け、勝負服を手に取る。背中が大きく開いたキャミソールと、丈の短いホットパンツ。水着とほとんど変わらない露出度で、買ったものの着ることができずタンスのこやしになっていた服だ。
今日は外出予定がないからこの格好を見るのはつくしだけであり、何より暑い。考えてみるとこれ以上ないくらい着るタイミングが良いのではないだろうか。
リビングに向かう前に洗面所で身だしなみを整え、自室に戻りメイクをする。
最後に鏡でチェックをすると、いかにもこれからデートに向かう女子という風体の自分が立っていた。
「……よし!」
気合をいれ、リビングのドアを開ける。
艶のある長い黒髪を翻しながら、つくしがこちらに振り返った。
「おはよー、つくしちゃん」
「おはよう、あいかちゃ……ん」
「どうかした?」
「……ううん、ちょっとあいかちゃんが可愛くてびっくりしちゃった」
「ほんと? えへへ、嬉しい」
「でも、ちょっと肌を出しすぎじゃないかしら……。お出かけするなら何か羽織った方がいいと思うのだけど」
「どうして?」
「その、男の人から変な目で見られるんじゃないかって心配になっちゃって」
「つくしちゃん、六歳しか違わないのにお母さんみたいだね」
「え、お、お母さん!?」
「大丈夫だよ、安心してつくしちゃん。この格好は、つくしちゃんのためにしたんだから」
「そ、そうなの?」
「うん。今日は出かける予定もないし、外に出る気もない。つくしちゃんに見せたくてちょっと張り切りすぎちゃったの」
「そうだったんだ……ふふ」
「どうしたの?」
「あいかちゃんが私のために服を選んでくれたって思うと頬が緩んじゃって……。ありがとう、あいかちゃん。とっても嬉しい」
幸せをそのまま形にしたような顔でつくしは微笑んでいる。相変わらずだ。彼女はこんな簡単なことで喜んでくれる。こんな簡単なことで、あたしからの愛を感じてくれる。本当に羨ましい限りだ。
しかし今はもっと大事なことがある。あいかはつくしをセックスに誘うためにこんな露出の高い格好をしているのだ。
「……つくしちゃん?」
「なーに? あいかちゃん」
見つめるだけでは伝わらないらしい。わかるように服を強調してみる。
「うん、とっても似合ってる。あいかちゃんはセクシーで可愛い服も着こなせちゃうんだね。小悪魔系ファッション、って言うんだっけ? そういうのって」
「……ありがと」
まあ、褒められて悪い気はしないからいいか。つくしがこうなのはいつものことだ。
「そうだ、ご飯食べるよね。テーブルで座って待ってて、すぐに用意しちゃうから」
食事後、おうちデートとしていっしょに映画を見ることになった。すでに同棲をしているのにおうちデートなんてする意味があるのかはわからないが、イチャつくことに関しては賛成だ。特に映画は見た後にセックスに持ち込みやすいと言われているからなおさらだ。
「あいかちゃん、見たい映画はある?」
インターネットレンタルの新着映画を物色しながらつくしが訊ねる。
もちろんある。こういうときのためにセックスに持ち込みやすそうなネタは日々仕入れているのだ。
「あ、それなんてどう? なんかタイトルが面白そうじゃない?」
「えーっと、この洋画かな? じゃあこれにしてみよっか」
どうやらつくしはその映画を知らないらしい。あいかも詳しい内容は知らないが、評判だけは知っている。
その映画は女性同士の恋愛を取り扱ったものであり、一般的な評価はあまりよろしくない。というのも、あまりにもラブシーンが多いのだ。まるで無理やり尺を埋めるかのようにキスシーンがあり、大した心理描写もないままにベッドシーンを乱発する。題材とかそういうことではなく、構成が問題視されている低評価映画。
しかし、一部の界隈での評価は高い。もちろん、一部の界隈というのは私みたいな人たちのことだろう。
要は、女性を発情させてえっちに持ち込みたい女性が使う映画だ。決してその内容を楽しみたくて見るものではない。
部屋を暗くし、ソファに並んで座る。目の前のテーブルにはお菓子とジュース。ソファの下には念のためローションやおもちゃを保管している箱を忍ばせておいた。もちろんあいかの私物だ。
「あ、始まるよあいかちゃん」
それは予想よりもひどい映画だった。ひどい、という感想が褒めているのか貶しているのかはあいか自身にも定かではない。それでもやはり、この映画はひどいと思う。
映画を見始めて一時間。あいかとつくしは主演女優たちの情事をもう十回は見ている。
その評判に違わず、映画の冒頭シーンは主人公の女性ふたりのディープキスから始まった。そのシーンを見たつくしの目が大きく見開いていたのをよく憶えている。その後も事ある毎に彼女たちはキスを繰り返すのだが、それが一々長く情熱的だ。ただでさえ同性の恋愛だというのに、こう何度も理由もなく見せられるのでは一般人の評価は落ちて当然だろう。
そして極めつけのベッドシーン。なぜこの映画はR18ではないのかと不思議に思うほどに濃厚で、そしてやはり何度もある。現在も絶賛まぐわい中だ。
映画の選択を間違えた。これはどちらかというとギャグの部類だ。えっちしすぎだろと、監督がえっちさせたかっただけだろと、友人たちと突っ込みを入れながら見る映画だと最初のうちは選択を悔やんでいた。
しかし不思議なものでと言うべきか、当然のことと言うべきか、人のセックスを見ると人は興奮するのだ。
「は……っ」
熱を帯びた呼吸音が微かに聞こえる。つくしの声だ。瞳は食い入るように画面を見つめており、うるうると濡れている。口は切なそうに呼吸を繰り返し、時たま太ももを擦り合わせている。
それはどう見ても発情している姿であり、あいかも同じような状態であった。
頃合だ。誘うなら今しかない。何より、あいか自身がもう我慢できそうにないのだ。
つくしの方には目線を向けず、掌を重ねるように左手の上に右手を置く。
「ぁっ……」
指を絡ませるようにして握ると、しばらくしてからつくしも握り返してくれた。
これはつまり、そういうことだろうか。つくしもあいかも発情していて、つくしはあいかの手を拒まなかったのだから、つまりそういうことでいいのだろうか。
ついに、つくしはあいかを受け入れてくれようとしているのだろうか。
「ねぇ、あいかちゃん……」
「……なに、つくしちゃん」
「エリーとミラーはきっと、愛が欲しいんだね」
「!?」
エリーとミラーというのは今見ている映画の主人公ふたりだ。ちなみに今はエリーがミラーの首を責めている。
「何度も何度も体を重ねるのは、きっと愛されているかどうか不安だから。求めて、求められて、それでやっと互いの気持ちがわかる。でも次の日にはやっぱり不安になって、また求める。隣にいるだけじゃ不安で、キスだけでは確証が持てなくて、だからまた体を求める。この映画は臆病な女の子たちの、ひとつの恋の形を描いた話だと思うの」
驚いた。つくしは映画のベッドシーンにあてられ発情しながらも、しっかりと映画の中身を楽しんで考察していた。これにはきっと監督も大喜びだろう。でもそんなことはどうでもいいから、早く私たちもエリーとミラーのように愛を確かめ合おう。
「私もこのふたりの気持ちがよくわかる。確かに女の子同士だと、自分が本当に愛されているのかとても不安になる。だって、普通じゃないもの……。自分は相手に愛されているなんて自信を持てるはずがない。他のみんなは男女で……異性同士で交際することが普通なんだもん。……私ね、あいかちゃんに告白する気なんて最初はなかった。誰にも言わないで、片思いで終わらせるつもりだったの」
「つくしちゃん……」
「普通じゃないから、おかしいから、異常だから。私が告白したって、そんなのあいかちゃんが離れちゃうだけだって。嫌われる。怖がられる。今までの思い出もトラウマに変わってしまう……そう思ってた。だからね、あいかちゃんが受け入れてくれたとき、とっても嬉しかった……。嬉しくて、嬉しくて、今度はこの幸せがいつまで続くのか不安になった」
「……」
「エリーとミラーもそう。想いが伝わって、結ばれて、だからこそ臆病になる。だからこそ、あんなに焦りながら互いを求めてる。なんて情熱的で、切ない、衝動的な恋の映画」
大絶賛である。深読みをしすぎなのではないかと思うほどに、つくしはこのポルノすれすれの映画に感動している。ここまで語られてしまうと、世間の評判が間違っているのではと思えてきてしまうほどだ。
しかし今回の本題はあいかとつくしのセックスである。どれだけ感動的な流れになろうと、あいかは目的に向かって進まなければならない。というか、進みたい。つくしとえっちがしたい。
「ねえ、つくしちゃん――」
「でもね、私はこの映画で描かれていることが全てじゃないって思うの」
「え?」
「だってほら、私たちも今こうやって繋がってる」
つくしに握られた手がぎゅっとしめつけられる。
「あいかちゃんが手を握ってくれるだけで、私は満たされる。あいかちゃんが愛してくれてるって感じる。焦る必要も、理由もないの。あいかちゃんが傍にいてくれるだけでいい。たまに手を握って、好きって言ってくれるだけでいい。私ね、今のこの関係がとっても気持ちいいの。私がずっと欲しかった理想が、ここにあるから。きっと、これが本当の愛なんだって」
「……」
「あいかちゃん?」
「……は?」
今つくしはなんて言った。本当の愛と聞こえた。手を握るだけで満たされて、傍にいてくれるだけでよくて、好きと言われるだけで気持ちよくなれるのが本当の愛だと、つくしは言ったのだろうか。
それじゃあ、あたしの愛はなんなのだ。エリーやミラーのように、つくしに抱いて欲しいと願う愛は偽物だと言うのだろうか。
それは、つくしはあいかを抱きたくないと、あいかを愛したくないという宣告と何が違う。
逆転する。体の熱は冷め、思考は冴え渡り、感情は愛情から憎悪に変転する。
やっぱりだめだった。この人は何もわかっていない。あのときから何も変わっていない――
「つくしちゃん、今、なんて言ったの? 本当の愛? そばに居てくれるだけで幸せなのが本当の愛って言った?」
「う、うん。あいかちゃんも、手を繋いでるだけで嬉しい気持ちに――」
「なったよ。つくしちゃんが手を握り返してくれたときは心の底から喜んでた。だってあのつくしちゃんが、滅多に手も握ってくれないつくしちゃんが強く握り返してくれたんだもん。つくしちゃんがついに私に歩み寄ってくれたって勘違いするくらいに」
「私はいつだってあいかちゃんの味方だよ? あいかちゃんのためなら何でもしてあげたいし、あいかちゃんが喜んでくれるだけで私も幸せだから」
「じゃあ抱いてよ。今すぐ、私とセックスして」
それはつくしと付き合い始めてから、何度も懇願したあいかの望み。
それをつくしは、当たり前のように拒絶した。
「そ、そんな、急にそんなこと言われても……」
「急じゃない! 知ってるだろ! あんたは、あんたはずっと前からあたしの気持ちを知ってるだろっ! なのに、なのにっ!」
「お、落ち着いてあいかちゃん」
「落ち着いてだって? あんたがそれを言うの!? 他の誰でもない、あんたが私にそれを言うの!?」
「ご、ごめんねあいかちゃん。そうだよね、私が悪いんだよね。私があいかちゃんを怒らせちゃったんだよね。本当にごめんね」
気に入らない。どれだけ言葉をかけても、どれだけ優しい声色でも、つくしはけっしてあいかを抱こうとはしないのだから。
「あたしたち恋人だよね? 付き合ってるんだよね? だったら、あたしとつくしちゃんがセックスするのは何もおかしいことじゃないよね? それに、あたしが抱いてほしいって言ってるんだよ? ねえ、つくしちゃん……!」
「そ、そうだけど……」
「……」
つくしをじっと見つめる。つくしもあいかの瞳をまっすぐ捉え、そして逃げるようにその目は伏せられた。
「で、でもやっぱり」
「ふざけんなよ!」
あいかの右足がつくしの顔を蹴り上げる。つくしはソファから転げ落ちて、痛みに顔を歪めて、それでもあいかを非難するようなことはしない。その態度があいかの神経を逆撫でしていることを、つくしは理解しているのだろうか。
「あんたはいつもそうだ! いつも、いつもいつもいつも! 私が、私がどんな思いで……! まるでセックスが悪いことだとでも、間違った行為だとでも言うように、あんたはあたしを否定するんだ!」
「そ、そんなことないよ? あいかちゃんが悪いだなんて一言も私は――」
「だったら抱いてよ。悪いことじゃないんでしょ? あたしのことが好きなんでしょ? 愛してるんでしょ? ……あたしは、抱いてもらいたいの。抱いてもらわないと、愛されてるって思えないの……」
「あいかちゃん……」
「本当の愛ってなによ。つくしちゃんはいっつもそう。まるでプラトニックラブが正しいみたいに、あたしのことを拒絶する」
涙がこぼれた。泣きたいわけじゃない。だって悲しくなんてないし痛くもない。つくしが抱いてくれないのはいつものことだ。それは知っていた。今回だって抱いてもらえるなんて期待していたわけじゃない。つくしがあたしの愛を否定するのも慣れたことだ。だから、悲しくなんてない。
「ごめんね、あいかちゃん。私があいかちゃんの気持ちを蔑ろにしちゃったんだね。だからどうか泣かないであいかちゃん」
優しい言葉、優しい態度、優しい表情。つくしは口元から垂れる血も気にせずに、あいかのことを見上げながら気遣っている。
それは上っ面だけの愛。どうしてつくしはここまで言っても抱いてくれないのだろう。どうしてキスをしてくれないのだろう。どうして抱きしめることすらもしてくれないのだろう。どうして、被害者面の笑顔で微笑んでいるのだろう。
「――っくそが!」
あいかはつくしを踏みつけた。何度も、何度も何度も何度も何度も。肩を、腰を、腹を、腿を、頭を、脇を、感情のままに踏みつけた。
つくしは小さなうめき声を上げるだけで、何も抵抗しない。これも、いつものことだ。
「はぁっはっ……はぁっ」
「……あいかちゃん」
やがてあいかの息が切れると昂ぶっていた感情も治まり、次第に罪悪感が沸き始めた。
「……ごめん、つくしちゃん」
「ううん、いいの。私こそごめんね」
つくしの顔面には青あざができていた。おそらく体中にもできているだろう。痛みも強いのか、こめかみが小さく痙攣している。それでも、つくしは笑っていた。子供のいたずらを許す母親のように、愛情を含んだ笑顔をあいかに向けている。
でも違う。誰もがつくしを被害者だと勘違いし、あたしを加害者として罰しようとするだろう。けれどそれは逆なのだ。あたしは被害者で、つくしは加害者だ。許しているのはあたしのほうなのだ。
いや、本当は許すことだってしたくない。許せるはずがない。それでも、暴力を振るってしまったあたしは、つくしを許さざるをえない。
「手当て、あたしがするね」
「ううん、自分でするから大丈夫。あいかちゃんはゆっくりしてて」
「お願い、あたしにさせて」
「……じゃあ、お願いしちゃおうかな」
鉛のように重い体をなんとか歩かせる。体力も、感情も使い果たした。残っているのは、つくしのことを踏みつけた感触だけだ。
救急箱を取りに部屋を出る直前、何気なく振り返るとつくしと目が合った。つくしは笑顔で微笑むと、のん気にこちらに手を振る。
あいかはつくしのことが好きだ。
あいかはつくしのことを愛している。
あいかはつくしに呪われている。
あいかはつくしから離れることができない。
いつからこうなってしまったのだろう。出会ったときか、付き合い始めたときか、捨てようとしたときか。
視界の端では映画のエンドロールが流れていた。
結局、エリーとミラーがどうなったのかを知ることはできなかった。
多分、これから先も知ることはないのだろう。
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