幻獣のおくり人

まいこうー

幼き頃の記憶を抱きしめる

「あ、あの、本当に大丈夫なんでしょうか? 私には何が起こっているのかさっぱりで」

 太陽の光が淡く降り注ぐ森の中。

 小鳥の囀りや木の葉の揺れる音は耳に心地よく、澄んだ空気は村で吸うものよりもひんやりとし気管や肺に入る感覚が鮮明で、いつもよりもゆっくり深く呼吸を繰り返してしまう。

 何十年振りかの自然の香りにほんの少しだけ切なさが混ざるのは何故だろう。

「さぁ?」

「さぁって……」

 森の中腹にある朽ち果てた民家で、男は戸惑いの声を上げた。

 男の名はリスコッチ・タクス。

 今年で79才になり、世間一般的には老人と呼ばれる年齢だ。

 痩せこけて骨と皮しか残っていない外見のせいで、近所の子供たちからは『タキシム』と呼ばれからかわれている。

 特に復讐したい相手はいないのだけれどと思うこともあるのだが、いちいち子供の言うことに傷ついたり目くじらを立てるような年齢でもないので、本人はあまり気にしていない。

 最近では、少しかっこいいかもしれないなんて感じる時もあり、なんとなく気に入っていた。

 そのことを担当医師に話してみたところ、

【あれはかっこいいなんてものじゃないですよ。酷いものです。暫く夢に見ましたから】

 と、実に表現しにくい表情をされた。

「フェネリには関係ないもの」

 そうスッパリと切り捨てるのは、リスコッチの隣に立つ少女――フェネリ。

 年齢はおそらく十代前半。

 光を反射して眩しいくらいに輝く真っ白な髪の毛は腰までの長さがあり、くせ毛なのだろう全体を通して外側へ跳ねている。

 まるで、鳥の羽根ででも作られているかのようだ。

 整った顔とリボンやレースが使われた洋服も相まって、見た目は非常に可愛らしい。

 ただ、見た目に反して随分とサバサバした性格の持ち主らしく、必要以上の会話は好まない。

 現に、二人きりになってからというもの短文でしか返答がなく、またその返事は答として返ってこない。

 故に、リスコッチはさっきまで一緒だった人物の説明してくれた部分までしか理解出来ていなかった。

 建てられてからどれくらいの年月が経つのかわからない木造の小屋で、リスコッチはただ立ち尽くすことしかできなかった。

 眼下に広がるのは腐敗が目立つ床一面に描かれた魔法陣。

 これは横にいるフェネリが描いたものであるがその模様は複雑で細かく、リスコッチの弱り切った視力では眼鏡を掛けても白い丸にしか映らない。

 その中央にはトランク程の大きさをした古ぼけた本が置かれ、こちらに関しては分厚いことだけは認識できた。

「これからどうするんですか?」

「思い出せばいい」

「何を?」

「さぁ?」

 またこの会話。

 リスコッチは痛み出した身体を労わるように、かつて台所であっただろう場所の段差に腰掛けた。

 フェネリは相変わらず仁王立ちしたまま魔法陣を見つめている。

 魔術師のことはてんでわからないが、動かないことに重要な意味でもあるのだろうか。

 訊いてみたかったが、きっと満足な回答は得られないだろうと質問を飲み込む。

 と、割れた窓から1匹のピクシーが侵入してきた。

 好奇心旺盛な彼らがリスコッチ達が森に入ってきた時からチョロチョロと付いてきたのは知っていたが、その中の1匹が意を決して入って来たらしい。

 物珍しそうに魔法陣を観察しながら部屋中を飛んでいる。

 興味の対象はフェネリも含まれているらしく、彼女の周りをくるくると飛んでいた時だった。

 まるでボール球でも打つようにフェネリが握っていた長身の杖でピクシーをぶん殴った。

 緑の塊がもの凄い勢いで、ドアの外れた出入り口から消えていく。

 別の意味で静まり返る屋内。

 いた堪れなくなったリスコッチは、消えた人物の安否を心配することに集中した。

 微かだが、外からピクシー達の憤る声が聞こえた。


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