第29話「一定のリズムから釣り上げた魚は?(最後の一投です)」

 少しばかりが風が吹いてきた。海から吹く、春の夜風が少しばかり肌寒い。

 ゆっくりのスピードで、一定のリズムを刻みながらアクションをつける由紀。

 悠は何もアクションをつけずに、ゆっくりとリールを巻いている。竿を下げながら、ゆっくりと。由紀はちらりと悠を見る。

「やっぱり下層にいるのかな?」

 悠はコクリと頷く。竿先を見つめながら、口を開ける。

「そうかもね。もう適温じゃないのかも」

 悠が言ってるからそうなのだろう。由紀は「はー」と息を吐いた。当たりすらない時間、さっき吐いた息は、悠にはため息に聞こえてしまっただろうかと心配になってくる。


 悠はワームを海から陸に引き上げる。

「やっぱりもう居ないのかな?潮も引いてきてるし、やっぱり……」

 悠からまさかのネガティヴ発言。これはもうすぐ撤退なのかな?

 由紀もワームを海から陸に引き上げる。アヒル口になりながら、ピンクのワームをジッと見つめる。

 悠の顔をチラ見をして、

「ちょっと待って。最後の一回、一回だけ投げさせて」

 由紀は悠の意見を聞かずに、ワームを海に投げ込んだ。悠は「構わないよ」と言う声が聞こえた。

 由紀は周囲を見渡すと、既に夕焼けは無く、真っ暗だった。夜空に輝く、星たちがキラリと光る時間帯。

 流石に悪い気がしてきた。もうこの一投に賭けるしかない。

 手の指先からブルブルと振動が伝わる。何かがワームを食べた感覚だった。


「…………、これで釣れなきゃ、ボウズ。それだけは嫌なの!」

 由紀は竿を上に上げた。すると竿先がしなり、なにかがヒットしたようだ。

「よっしゃあああああああ、なにか釣れたわ!!」

「やったね。由紀ちゃん。最後の一投でアタリを引くなんて凄い!頑張ってよ」

 由紀は竿を立てらしながら、リールを巻く。高騰している気分とは裏腹にその姿はひょっこり現れた。

「…………、なにこれ?」

「うーん小フグだね。ワームを食べちゃう子だよ」

 さっきまであんだけ一緒に喜んでくれてた悠が目を合わせてくれない。確かに小指ぐらいの小さなフグ。はしゃいでいただけあって、悠は気の毒すぎて何も言えないのだろうか。そっちのほうが傷つくのだけど。

 ただ、ボウズは回避。結果オーライって事で。いいよね?いいよね!


「つ、釣れたんだから文句ないでしょ」

 由紀は頬を赤らめて、プイッと顔を背けた。

「ははは、確かにね。ボウズではなくなったね」

 悠は由紀の姿を見てクスクスと笑った。

 由紀はフグの小さな口からワームを取り出し、釣りあげたフグを海にリリースする。悠は竿を片付けながら、由紀に提案する。

「それじゃもう帰ろっか。もう遅いし」

「そだねー。帰ろう。悠、このメバルはゆんに持っていくんだよね?」

 由紀は悠が手に持っているメバルに目線を向ける。

「持って行くって言ったからね。まあ家に寄ってから帰るよ」

 悠はコクリと頷いた。少しばかり目がトロンとしていて、「ふぁ〜あ」とあくびをしていた。

「眠たそうだね。だったら私がゆんの家に持って行こうか?どうせ帰り道だし」

「そんな、悪いよ……。うーん。でも帰り道ならお願いしようかしら」

 由紀の提案に悠はほっぺに手を置いて、少し考えてから言った。

「うん。それに悠の家だったら、ゆんの家と逆方向だしね」

 由紀は悠にそう言うと、手を悠に差し伸べた。悠は「ありがとう」と言いながら、手に持っているメバルの入った袋を渡す。

「それじゃお願いね。由紀ちゃん、大丈夫だと思うけれど、渡すのを忘れないでね。魚が傷んじゃう。釣った魚は美味しいうちに食べるのが釣り人のマナーなんだからね」

 悠は微笑み、ニコリと由紀に顔を近づける。由紀は「そうだね」と一言だけ言った。

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