夜.三
ミは野菜やら農機具やらを積む為の荷車の淵に腰掛け、鼻歌交じりに足をぱたぱたと揺らしながらこちらの様子を眺めている。足を前へ投げ出すように動かしている為、時折草履を下へ落としてはそれをわざわざ降りて拾い、また足をぱたぱたとさせていた。
余程レンさんの畑の野菜が美味しいのだろう。霧乃園で食べる時もいつもあんな感じだ。遠くから眺めるとそれが一層間抜けだった。
だが、問題はそこではない。ミの格好、それは恐らく動き易いからであろう、いつもジュソを退治しに行くのと同じものであった。あの異様に丈の短い着物。
つまりは、そんなはしたない格好でそんな動作をされては何と言うか…………、はしたない。
「おい、レンさん……あれ……」
俺はどこか迷惑がるような口ぶりでレンさんの視線を促した。
「ん? ああ……危ないわね」
俺の言わんとすることを察したのか、レンさんはそう呟いた。
そしてミに向かって大きく叫ぶ。
「みーちゃーん! 危ないわよー! 鎌とかもあるから後ろにひっくり返ってお尻に新しい穴をこさえないようにねー!」
「だいじょーぶー!」
ミの間の抜けた叫び声が聞こえてきた。
駄目だ、まるで伝わらない。
まあいい、俺達を除けば近くに人もいないことだし。俺は早々に諦め、作業を再開した。
今日の日差しも容赦がなく、早くも汗が滴っていた。
喉が乾き、採っていた赤茄子の一つを徐にかじる。口いっぱいに甘酸っぱい汁が広がる。これはレンさんから許されていることであって、一々目を盗んでやることではない。
「どう、おいしい?」
堂々と食べるので当然、レンさんの目にも入る。俺の手にある食べ掛けを見てレンさんが訊いてきた。だが、先程ミがいた時とは違って、とても静かな声色だった。
「まあ……、普通だ」
「…………」
「ふ、普通にうまい」
無言の重圧に耐えかねて、慌てて言葉を付け足した。
「そう、よかった……」
レンさんは微笑んだ。まるで童女のように。
だが、その表情もすぐに曇る。
少し間があって、
「ねぇ、キョウ。どういうことなの?」
「は?」
言葉の真意を掴みかねるが、レンさんの返事を待たずとも薄々とわかってきた。レンさんの視線がまたあの荷車の方へ向けられていたからだ。
「あの子がうちへ帰ってきて、キョウもいて、これで少しは安心できると思ったんだけど」
レンさんの声は除々に力を失っていくようであった。ここからではミに届く筈もないのだが。
「どうしてあんな怪我をして帰ってくるのよ。森に籠ってた頃だってあんな怪我、したことなかったのに」
知らん。
とは、言えなかった。
いつも通りそれで済ましてしまえば楽なのだが、言わない方が自分の為でもある、という時もある。
だが、どうしたものか……。俺は何と返せばいい。
何と返せばレンさんのその表情が元に戻る。
「レンさんはジュソを恨んでいるか?」
「当たり前じゃないの。ヒノト達に何故父親がいないのか、前に話したでしょう」
「そうだったな」
レンさんの夫の話は以前聞いたことがある。確か、不器用で馬鹿なところが俺と似ていたと、遠巻きに罵られたことに腹が立ったので、よく覚えている。勿論その最期も。
「だからってあの子が化け物を退治する為に傷ついてるのを見過ごせないわよ。いい? この島の人間は遅かれ早かれ皆化け物にやられて死ぬの。それは決まった事なの。そういう呪いなんだから。しょうがないでしょう? ご先祖様達がそれだけ悪いことしちゃったんだからさ」
この島は監獄。
何かを諦めるような口調でレンさんは言う。
「…………」
「わたしはね、恨んでるものに復讐することが悪いことだと思わないの。わたしだってそんな力があればやってやりたいわよ。とても綺麗な気持ちだとは言えないけれどね」
復讐は悪いことじゃない。
レンさんみたいな人が母親だったら、もっと楽に恨むことができる人間になっていたかもしれない。そんな下らない冗談めいたことを考えてしまった。
「でも復讐の為に自分が傷つくなんて……、何か悲しいじゃない。見てられないじゃない。特にわたしみたいに、あなた達を遠くから見ていることしかできない人間にとってはね」
そう言うとレンさんは遠くに目を遣る。遠く。少し遠くの荷車へ。
「ほんとに遠くよ。遠い……。それでもあなた達は近くにいるの。わたしのとっても近くに」
どこか物悲しい、それでいて愛おしいものを見る、そんな目で。
「だからお願いよ……」
俺だって、あそこでミが傷を負うとは思っていなかった。
あの時、森で取り逃がしたジュソをあえて紗千に討たせたのも、あいつら鬼というものの戦い方を知る為でもあったのだが、成長したジュソにあそこまで力の格差があるとは思わなかった。紗千が討ったあの時のジュソ、あれは弱っていたとはいえ、紗千の攻撃を受けてほとんど動くことができなくなったというのに。
こうなるのなら紗千が札を張り付けたあの時間髪入れず、いやそれよりも早く、あのジュソを切ってしまえば良かった。今まで通り、すべて一人でやってしまえば。
どの道これ以上あいつらにさせるつもりはない。この先、目の前に現れるジュソはすべて、俺が一人で斃す。そう決心すればする程、どこか不甲斐ない気分にさせられた。
今回のことだって変な気まぐれさえ起こさなければ、最初から俺一人でやるつもりだった。布団の中でミに言ったことの半分は本当だったのだ。
「ま、いつもってのは無理だろうけど、それでも守ってあげてよ、あんた男なんだからさっ」
少し間があって、レンさんは何かに気が付いたかのようにハッとすると、急に語調を変えた。
「一番良いのはあの娘が化け物退治だなんてもんをやめることだろうけど、それはあんたがこの島に来る前から散々言って駄目だったことだしね。ほんとにわからずやだわ。それと雷華ちゃん。キョウ、本当ならあんたもよ? まったく、揃いも揃って困った子達」
「知らん」
結局言ってしまった。
「…………」
案の定、レンさんは不機嫌そうに眉を吊り上げた。子供のように頬を膨らませて、見るからに立腹だ。
だが、曇った表情を見るよりかは幾分ましに感じた。
「キョウっていつもそう。その口癖、止めた方がいいわよ」
そしてやはり子供のように口を尖らせ、拗ねて見せる。
「……知らん」
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