ジュソ祓い.五
「わぁーお姉ちゃんきれー」
「きれー」
全身を装身具で飾った紗千の姿を見て、ヒノトとツヅミが目を輝かせ感嘆の声を漏らす。
まだ幼いとはいえ、女としてそういったものに興味を持たずにはいられないのだろう。
わたしも少しは見習った方が良いのだろうか。不意にあの川のほとりでキョウに言われた言葉を思い出す。
「あ、あんた達みたいなガキに褒められたって嬉しかないわよ」
そう言うが、紗千の表情は満更でもない様子だ。嘘が苦手な性分なのだろう。
「ねぇねぇお姉ちゃん。あっちで遊ぼうよー」
「あそぼーあそぼー」
「ちょっちょっとぉ! あんた達離しなさい! 着物が脱げちゃうでしょぉ!」
子供達の声を鬱陶しそうにしながら寝そべっているキョウを横目に、わたしは雷華の姿を探した。雷華は一人縁側で膝を抱え込み、座っている。
紗千と出会ってから雷華はずっとこんな調子であった。
「あっちで紗千とヒノト達が遊んでるぞ? お前も加わらないのか?」
「いいんです」
そう言う雷華の横に、わたしはそっと腰掛ける。
すると雷華はぎゅっと体に力を入れ、すくめるように小さい体をさらに小さくした。その幼く小さな手は緋色の袴を強く握り締めている。せっかくの綺麗な袴がしわになってしまわないだろうか、心配だ。
「まあ、気に病むな。わたしがお前くらいの時はお前程強くはなかったぞ? 一人でジュソに挑もうなどと考えることもできなかった」
少し間を置いてから、ようやく雷華は重苦しい沈黙を破った。
「でも紗千は一人でジュソを倒してました。ぼくと同じ歳なのに」
ふと雷華に慰めの言葉を掛けようとしている自分が滑稽に見える。
わたしにはそのような資格があるのであろうか。方向は違えど、わたしが抱えているものと、この娘の抱えているものとの間には、わたしが偉そうに物申せる程の大差があるのであろうか。あの時のわたしは、ジュソと戦える力を持っていなかったあの時のわたしは、果たしてこんな慰めの言葉を欲したであろうか。
考えなしに雷華に話し掛けてしまったことを少し後悔した。
雷華の表情を窺う。
何か言わねばと思うがけれども言葉が見つからない。
言葉を探すそばから、探している言葉が頭から抜け落ちていくようであった。もどかしく思う。必死になればなる程上手くいかない。
話し掛けるまではきっと上手くいくと、わけも知れずありもしない自信を抱いていたのだが、甘かったようだ。反省しよう。
やはり、成れないことはするものではない。
「確かに紗千は凄かった。あれはなんだ? 札を張り付けてなにやら言葉を言い連ねていたが」
情けないことに結局、話を逸らすことしかできなかった。
「あれは
「ほう、わたしはてっきり鬼の家柄に伝わるなにか特別なものかと思ったよ。それではわたしが覚えてもジュソを祓うことができるのか?」
鬼がジュソを祓っていることは小さい頃から知っていたことではあったが、実際に見たのは初めてであった。
「残念ながらできません。あれはそういった力がある者が使うから意味があるのであって普通の人が使ってもおまじない程度にしかなりません」
「そうか……それは残念だな……」
少し期待してしまった。有効ならば是非教えて貰いたいと思ったのだが。
「あの詞は穢れを祓う為に唱えられるんです。あ、いや、そうは言っても穢れとはジュソのことではありません」
一瞬だが、雷華はわたしの後ろで正座をしていたヒナに視線を向けた。つられてわたしもヒナを見ると、ヒナはどこか悲しそうに目を伏せていた。雷華の「穢れ」という言葉に反応してだろうか。雷華の心遣いに感謝した。
「ここでいう穢れとは、ジュソが生前に受けた罪のことです。恨みの対象である、人の人を殺めるという罪を消し去ることで、そのジュソの存在意義を否定するんです。ああ、でも心配しないで下さい。札で対象を限定しますのでヒナちゃんには影響ありませんから」
「存在を否定……か。なんか……、なんとなくだが、悲しいな」
それは間違ってもジュソに対する感情ではない。存在を否定するという言葉そのものに向けたものだ。
「はい……、でも結局そんなものはまやかしですしね。人の罪がそう簡単に消える筈もありませんし。ぼくたちが祓詞を使うということは、ジュソを、人の感情を騙しているということです。お前の恨むべきものは存在しなかった。だからお前も存在してはならない。あの詞を唱えるということは、平たく言えばこんなふうにジュソを騙しているのと同じなんです。それでもジュソにとっては苦しい筈なんです。人の感情が元である以上、存在を否定されることはとても苦しいこと……なんです」
何かを思い出したかのように、話す雷華の口調は、だんだんと弱弱しくなっていった。
「…………」
「…………」
興味深い話ではあったが、それも終わってしまっては間が持たない。こんな話をしたからといって、雷華の気が紛れるわけもない。
だがこんな姿の雷華を見るのは、わたしにとっては辛いのだ。
「雷華の気持ちは……何となくだが、わかるなぁ……」
次に出た言葉、自然と口から毀れた言葉、それは気休めや慰めの言葉ではなく、紛れもないわたしの本心であった。元々わたしは気休めなんかで言葉を選ぶのが苦手というか、まるでできない人間だ。正直、言ってしまってから自分で驚いてしまった。
「もっとも、わたしの立場は雷華とは正反対なんだがな」
「え? それってどういう……」
言葉の意味を理解しかねた雷華が顔を上げた。
いけない、いけない。自分から話し掛けておいて勝手だが、話すつもりもないことを口走ってしまった。
「おっと、そろそろ風呂が沸いたかな? 雷華、一緒に入ろうか。背中を流し合おうじゃないか」
咄嗟に誤魔化しの言葉を挟む。
「子供扱いはやめて下さい!」
雷華は顔を赤くすると、そそくさと行ってしまった。
話を終わらせることには成功したが、しかし、一人で入る風呂は寂しいものだということは紛れもない本心だ。ヒナは風呂に入らないし。いつもならヒノトとツヅミを誘うところなのだが、楽しそうに戯れている二人に声を掛けるのも憚られる。さて、どうしたものか……。
「それではキョウ、一緒に背中を――」
「お前、あまり突拍子もないことを言ってると、仕舞には怒るぞ」
その口調が既に怒っているのではないかと言いたいところではあったが、ここは潔く止めておいた。 キョウの言っていることが本当ならば、怒った時にはそれはそれは怖いのであろう。
しょうがない、一人で入るとしようか。
寝床の事情を知って、紗千が今日一番の高ぶりを見せたのは言うまでもない。
無論、わたしは引くつもりはないのだが。
「ことあるごとに大げさな反応を示す奴であると思っていたが、今回ばかりはそれを咎める気にはならんなぁ。常人であるならば正しい反応だ」
キョウは何やら感心した様子だ。
「雷華ぁ! こんな男と同じ部屋で寝てただなんて、大丈夫なの!? 何か変なことはされてないの!?」
「おい」
「だ、大丈夫……、まだ……されてない……」
「〝まだ〟って、おい」
そしてこの後、横一列で寝ると言って聞かないわたしとしつこく食い下がる紗千との論争が続いたのだが、結局、紗千が一番壁際、キョウから一番遠く、わたしと壁に挟まれるような位置にすることでなんとか落ち着いた。
「ふふふふ」
自然と笑いが込み上げてしまう。
だがやはり良いものだ。こうして眠るのは。
今だけ……今だけ……。だから……。
「ちょ、ちょっと、何!? この女怖いんだけど! ねえ!」
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