ジュソ祓い.二

 竹藪を掻き分けながら森の中を進む。

 以前までのキョウは、自分の目の前に邪魔な竹や木々があると迷わず切っていた。だが、わたしがある時、「草木が可哀想だ」と言ったからなのか、「うるさい」だの「黙れ」だのと散々文句を言ってはいたが、その時以来キョウは刀を収めて森を歩くようになった。

 恐らく、キョウは自分で主張する程、冷たい人間ではないのだろう。本人は宿の為、嫌嫌だと言うが、ヒノトやツヅミと戯れている時の表情からは、その口から出る粗暴な言葉とは裏腹に、どこか温和な様子を垣間見ることができるし、小屋の修理を手伝ってくれた時だって、かまわないと言ったわたしに対し本人は、レンさんから言われたことだから仕方なくと漏らしていたが、それでもやはり、それだけの理由ではないような気がする。

 雷華に初めて出会った時の物言いも、本当にジュソの恐ろしさをわかっていたからこそ、不器用なりに雷華をジュソから遠ざけようとした結果なのだろう。

 小屋が直った後も度々、わたしはキョウと行動を共にしていた。

 一人よりも二人の方が危険も少なく、効率が良いからと、半ばわたしが押し切る形でのことであったが、嫌がりこそしたものの、キョウはそこまで頑なには拒絶しなかった。それでも、ジュソを相手にする時は自分一人でという嫌いがあることに変わりはないのだが。

 キョウは強かった。わたしも負けないくらい場数を踏んできてはいるが、そんなわたしから見てもキョウの強さは並々ならぬものがあった。これで成長したジュソを相手にしたのは、つい先日、あの川のほとりでわたしと出会った時の一度だけというのだから驚きだ。  

 それだけでこの男が、これまでどれだけの鍛錬を積んできたのか窺い知ることができる。これでもし、わたしと同じくらい場数を踏んでいたらと想像すると、急に恐ろしく思う。

 初めてキョウと会った折、虚勢を張ってはいたものの、あのまま邪魔が入らなければわたしは本当に真っ二つになっていたのかもしれない。

 雷華はというと、あれ以来すっかり落ち込んで、レンさんの家に籠りっぱなしになっていたが、このままではいけないと気を取り直し、今では自分なりの修行に励んでいるようだ。しかし、いずれまた雷華がジュソに立ち向かう時のことを思うと、不意に複雑な気持ちになる。この島の者の大半には〝家〟というものを持つことを許されていないのだが、  

 家柄もまた、残酷なものだ。

 ふと、空を見上げる。 

 日の光が風に揺れる葉の隙間から、ちらちらと覗いている様子がまるで万華鏡のようで、とても綺麗だなと思った。空の青と葉の深緑。光は白く、葉を透かしては鮮やかに輝かせる。

 あまり、上ばかり見上げていれば、キョウからまた阿呆呼ばわりされそうなので程程にしておく。しかし、森の中は朝と夜では全く違った顔を見せるから不思議なものである。

 キョウは暑いと嘆いていたが、夏であってもやはり、天気は良い方が気持ちが良い。

 雷華を含め、わたしたち三人はあの森まで来ていた。

 今日はジュソ退治がてら、山菜を取ろうという魂胆である。

 勿論、キョウや雷華にも手伝わせて。

「ふざけるな、阿呆女。何で俺がお前なんかの為にこんなことせねばならん」

 案の定キョウは嫌がった。まあ、すんなりと従ってくれれば、それはそれで奇妙というか、こう言っては悪いが、気持ちが悪いかもしれない。キョウの性格を思えば。

「だって、ジュソを退治するのはいいが、見つけるまで時間がもったいないだろう。山菜を取りながら探せば、後々美味い飯にも有り付ける。一石二鳥とはこのことだ」

「それはお前が作る飯が本当に美味かったらの話だがなぁ」

「ミさん、ミさん。これで良いですか?」

 雷華が嬉しそうな顔でこちらに駈け寄って来る。

「おお! そう、それも食べられるやつだ。雷華は覚えるのが早いなぁ」

 そう言うとわたしは雷華の頭を撫でてやる。角に触れられるとこそばゆいのか、雷華は小さく身動ぎをした。

「なにを、大げさに。その辺の草を取ったくらいで」

 その様子を見ていたキョウはそうあきれるように言葉を吐くと、足早に進もうとする。

「いやいや、雷華は覚えるの早いよ。多分キョウよりもな。キョウには食べられるものとそうでないものを見分けるような、そんな繊細な作業はできなさそうだし」

 わたしの言葉を聞き、キョウはぴたりと足を止めた。

 半目でこちらを睨んでいる。

「馬鹿言え! この馬鹿。俺の方が上手く見つけられるに決まっている。そのガキよりも多く採れる」

「そうか、でも口だけでは何とでも言えるからなぁ。ほれ、現に今は雷華の方が多く採っているのだし」

 この時のわたしの表情は、どこか意地の悪いものになっていたかもしれない。

 しかし、事実は事実なのだからしようがない。そもそもキョウの採った分は一つも無い。ぶつぶつと文句を言いながら歩くだけで、下を見ようともしなければ当然だ。

「言ったな、お前」

「ああ、言ったな」

 喧嘩腰のキョウをわたしは軽くあしらう。

「よし、見てろよ」

 そう半目を見開くや否や、キョウは向きになって山菜を探し始めた。

「ぼ、ぼくだって負けないです!」

 雷華も今まで以上に一生懸命になって探し始めた。

 わたしの目論見もここまで上手くいけば気持ちが良いものである。おばあさんの気持ちが少しわかった気がした。

 キョウは足場の悪い岩の上や、急な斜面も構わず進んで行く。刀を抜いた時の軽い身のこなしを思えばいらぬ心配なのだが、あまりに夢中なので、落っこちて怪我でもしたらと思うと冷や冷やする。足元が見えていれば良いのだが。時折、念の為に注意を促したのだが、案の定、「うるさい!」と怒られてしまった。わかっているならば指図するのを止めておけば良いのだが、ともすればうっかりと口を衝いて出てしまうのである。我ながら間抜けなことである。

「違う違う、キョウ。その茸は食べられないやつだ。食べたら体が痺れるぞ」

「知るか! ならばお前が食え! お前は鈍感だから毒も効かんだろう」

 それにしても酷い言い様だ。



 やがて、わたしの小屋の近くまでやってきた。微かに川のせせらぎが聞こえる。

 キョウの山菜探しとその手つきは、言うだけあって確かに速かったが、あまり気にせずあれこれと籠へ放りこんでしまうので、その度に後からわたしが籠を覗いては分別していた。お陰で、わたしはあまり探すことができなかったのだが、それを差し引いても収穫は満足以上のものであった。

「ふぅ、これくらいにしておくかー」

 やがて、二つあった籠も一杯になってしまった。結局、午前中はジュソに一度も出会わなかった。やはり、薄暗い森の中とはいえど、日が高いうちに出会うことは稀なようだ。

 二人の勝負の行方だが、わたしも一緒に採っていた所為か、途中からごっちゃになってしまってよくわからなくなってしまった。

「わたしの小屋が近いから、そこへ寄ろう。天ぷらとみそ汁くらいならご馳走できる。レンさんから分けてもらった米もあるしな」

「ちょっと待て、その前に勝負は俺の勝ちだよな」

「そんなこともうわからないよ。どれが誰のだかわからなくなってしまったのだし。それに少なからずわたしのも混じっているしな」

「納得いかん。おい! 俺の勝ちで良いよな?」

 今度は雷華に迫る。その形相には、雷華をまた泣かせてしまうのではと心配になる。

「あああの、ぼくは、その」

 雷華はどうして良いのかわからず、視線を逸らしてしまう。

「おい、やめておけ、雷華に言ってもわからんものはわからんだろう」

「俺の、勝ちだよな」

 キョウは徐に雷華に近づくと、両手で頬を挟み、無理矢理自分と視線を合わせた。こちらからでは窺い知ることはできないが、それはそれはそれだけで人を殺めかねない程に恐ろしい形相なのだろう。

「ふぁい、キョウさんの勝ちれふ」

 そんな乱暴なことをされてはもう駄目かと思ったが、何故か、雷華の顔は心地良さそうに緩んでいた。心なしか顔も紅潮している。

 まさか……、いや、恐らく。見たこともない症例だが、何か悪い茸を食べたに違いない。覚えが早いと、あまり気に留めなかったわたしが甘かった。それになにも生で食べなくとも、少し我慢していればわたしが上手く拵えてやるというのに。まったく、腹が減ったのならばそうと言えば良いのに、本当に雷華は遠慮が過ぎる。



 小屋に着くなり、わたしとヒナは昼食の準備を始めた。

 元々表情の変化に乏しいヒナだが、それでもその表情はいつになく明るかった。それを横目で見ながら、わたしにも自然と笑みが毀れる。

 キョウはというと小屋にあった釣り竿を勝手に持ち出して、川で魚釣りをしている。魚釣りなどしたことがないのであろう、その手つきは酷く乱暴で、小屋の窓からは確認できないが、釣り針を投げ入れたそばから魚が逃げていく様子が容易に想像できた。

 本気で釣ろうとしているのか、あるいは手持ち無沙汰に弄んでいるのか、表情が見えないので窺い知ることはできないが、どの道、あれでは当分釣ることは難しいだろう。

雷華は少し離れた場所からそんなキョウを無言で見守っている。恐らく口を出したいのだが、そうすれば怒られてしまうことがわかっていて、できずにいるのであろう。

 程なくして食事の準備が整った。

「どうだ? レンさんと比べられてしまうと形無しだが、それでもわたしの腕も捨てたものではないだろう」

「さあな」

 キョウはそう素っ気なく返した。ならば今まさにおかわりのみそ汁を器に装わんとしている、その手は何だと問いたかったが、おかわりをしてくれることが素直に嬉しかったので、ここは一先ず許しておこうと思った。

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