フローラが所属する組織の正体

  ワシントン州 ハリソン夫妻の自宅 二〇一五年六月九日 午後一〇時〇〇分

 想像以上の進展や香澄の調査に対する情熱に心打たれたのか、フローラは“一体私に、何を調べて欲しいの?”と問いかける。……どうやらフローラなりに、香澄の心の声を聞き取ったようだ。

「確かフローラは例の組織……いえ、AMISAアミッサの会員でしたよね? そこのデータベースへアクセスして、私の代わりに情報を調べていただけませんか?」

 自分の力に限界を知ったのか、調査進展のためにフローラの力を貸してほしいと頼む香澄。

 

 香澄の口から発せられたAMISAとは、American Medical Information Share Agency の略で、日本語に訳すととなる。アメリカ国内における医学が進歩する傾向が多く見られる一方で、情報管理方法について悩みの種を抱えていたアメリカ。

 そこでアメリカ政府は二〇一四年四月一日、アメリカ国内の各医療分野の知識・情報を共有する、独自のシステムを作ることを検討した。その結果医学界をさらに発展させることを目的とした、新たな法案を提案する。

 法案は無事審査を通過し、本部はバージニア州に無事設立された。アメリカ国内におけるすべての医療分野の情報が、AMISAのデータベースに保管されている。AMISAに所属する職員はその情報システムにアクセス可能で、通称と呼ばれている。


 しかしAMISAの職員になるための条件は、そう簡単ではない。アメリカ国籍を所有していることが大前提で、それに加え医学界で多大な功績を残す必要がある。さらに性格テストや犯罪歴のチェックなども入念に行われ、入会前に試験を受けて合格することが必須――など色々と手続きや制約などが多い。

 だが入会する条件が厳しい一方で、社会的地位においてはアメリカでもトップクラス。フローラは現に臨床心理士として数多くの功績・著書を残し、アメリカ国内における著名人。フローラは審査や試験も無事クリアし、法案公布から一年後の二〇一五年四月一日の設立と同時に、彼女は正式にAMISA職員となった。


 フローラが四〇代でAMISAの一員となったことはアメリカ全土で大きな話題を集め、国内や医療界のみならず世界のトップニュースとして取り上げられたほど。AMISAを全面的に支援するアメリカ政府も、これまでのフローラの功績を高く評価しており、さらなる彼女の活躍が期待されている。

 その関係もあってのことか、今ではフローラ・S・ハリソンの名前を知らない医師・医療関係者はいないほど。

 香澄・ジェニファーらがフローラを尊敬している理由として、彼女がAMISAの会員であることも関係している。社会的地位という意味合いに置き換えると、FBI(連邦捜査局)捜査官に匹敵するほどだ。FBIといえば、警察官なら誰でも憧れるエリート的存在。

 

 なおこの事実をフローラが直接伝えたのは夫のケビンをはじめ、娘のように可愛がっている香澄・マーガレット・ジェニファー、そしてワシントン大学の校長や一部の教職員のみ。

 なお先月『いじめ疑惑問題』を解決したワシントン大学の警備員がこの事実を知っていた理由として、彼が交際している女性の父親が医療関係者であることが関係している。


 現にフローラはAMISAの会員であることから、ワシントン大学でも彼女の存在は注目されている。そういった意味におきかえると、天才とはルティア夫妻のことではなくフローラのことなのかもしれない。


 香澄の力になるべく、こころよく彼女の提案を承諾したフローラ。だが医療の分野においては、患者やクライアントの情報を他者に公開しないというものがある。いかに自分がAMISAに所属しているとはいえ、こればかりは保証出来ない。

「可能な範囲内で調べてみるけど、香澄が望む情報をすべて入手できるかは、私には保証出来ないわ。それでもいいかしら?」

 しかし他に頼れる存在がいなかっただけに、“はい、分かりました。よろしくお願いします、フローラ”と返事をした香澄。これで香澄の調査が、さらに一歩前進したことになる。

 だが今日はもう遅いということもあり、フローラが調べ物をするのは翌日以降ということになった。特別急ぎの案件というわけでもなかったので、事情を知った香澄とジェニファーは彼女からの返事をただじっと待つことにした。


 フローラは心理学の専門家というだけでなく、性格も穏やかかつ優しい女性で、良い意味で人を引き寄せる魅力がある。人というものは何らかの歴史的価値のある功績を残すと、それに慢心して他者を見下す・周りの意見を聞かない、などの傾向が見られる。

 しかしフローラにはこのような傾向が当てはまらず、常に謙虚けんきょな気持ちで香澄たちに接している。その理由としてフローラは幼いころに両親から、

「いいかい、フローラ? どんな事情があっても、自分がされたら嫌な気持ちになることを人にしてはだめだよ。いじめはもちろんのことだけど、人を利用して地位や名声を得ようなんて考え方は、絶対にだめだからね。……パパとママに約束出来るかい?」

“本当の意味で心の強い女性になって欲しい”という、両親からの深い愛情に育てられた。

「うん、分かった。私……絶対にいじめや人をだますなんてことしないから。パパとママに約束する」

無邪気なフローラの声を聞いた彼女の母親は、満面の笑みを浮かべる。

「ふふ。本当にいい子ね、フローラ。あなたは私たちの……よ」

 

 両親の限りない愛情に育てられたフローラはその後アメリカの医学界の歴史に多大や功績を残し、誰もが憧れる強く美しい女性へと成長した。なお彼女の両親は、アメリカ ジョージア州にある閑静かんせいな住宅街で静かに暮らしている。

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