不妊治療と遺伝子
ワシントン州 ワシントン大学 二〇一五年六月八日 午後六時四五分
謎の人物から送られてきた『不妊治療と遺伝子に関するファイル』を、教員室の椅子に座り目を通している香澄。あれから数ページほど読み進めていき、香澄なりにその内容をメモ帳へまとめている。……几帳面な香澄らしい性格が表れている瞬間でもある。
『ここまで内容をまとめてみたけど、やっぱり何も分からないわね』
専門用語が多用されているファイルではないが、同時に新たな発見が得られるわけでもない。“何か新しい発見が得られるかもしれない!”と意気揚々していただけに、どこか不服そうな顔をする香澄だった……
香澄が謎のファイルとにらめっこをしている
「ジェニー、フローラ。お、お疲れ様です……」
いつになく気疲れした様子見せる香澄。そんな彼女の姿を見たジェニファーは、
「ど、どうしたんですか、香澄。そんなに疲れた顔をして!? どこか具合でも悪いの?」
彼女の体調を気遣う。しかし香澄は
「いいえ、大丈夫よ。少しこのファイルを読んでいただけよ……」
と言いながら、“もう降参よ”という意味を込め両手を上にあげる。
頭の良い香澄を降参させるほどの相手に興味を持ったジェニファーは、とっさにファイルを手に取る。だがジェニファーの反応も香澄と同じで、わずか数ページほどでファイルを机に戻してしまう。
まさにお手上げ状態の香澄とジェニファー。優等生でもある二人を悩ませるファイルに興味を持ったフローラは、
「ところで香澄。そのファイルには、一体何が書かれているの?」
中身について単刀直入に尋ねる。“心理学に関するファイルかしら?”とフローラは思っていたようだが、香澄とジェニファーの反応をみるから察するにそうではないようだ。
「実はこれ……勉強に使う資料ではなく、誰かが教員室へ送ってきたファイルなんですよ。それも何故か人目を気にして」
「ちょ、ちょっと待って……もう少し分かりやすく教えてくれる?」
香澄の口から発せられる不可思議な発言を聞き、戸惑いの色を隠せないジェニファーとフローラ。そんな二人の顔を見て、ファイルを入手したいきさつを説明する香澄の姿があった。
最初は半信半疑という気持ちで、香澄の話を聞いていたジェニファーとフローラ。だがいつになく真剣なまなざしで説明する香澄の熱意に心打たれたのか、二人の考えは次第に変わっていく……
「……香澄のお話を聞く限りだと、そのファイルには何か重要な情報やヒントが書かれているかもしれないわね。数十ページにもおよぶファイル量……これはただのいたずらではないと思うわ」
「えっ? フローラ、それってどういうことですか?」
目を少し大きく見開いているジェニファーの言葉を聞き、軽く笑みを浮かべるフローラ。
「よく考えてみて? 私・主人・香澄とジェニー、そしてエリーを含め誰も不妊治療や遺伝子の研究をしていないでしょう? それにも関わらず、人目を気にしてまでこのファイルを置いていった。……まるでミステリー小説みたいね」
フローラなりに現状を整理して、自分の考えを二人へ説明する。瞬時に状況を把握し、かつ客観的な視点で物事を判断するフローラの思考力は、香澄以上と言っても良いだろう。
「このファイルが送られる前の無言電話について、フローラはどう思いますか?」
「それはおそらく、この教員室に誰かがいるかを確認するためのものではないかしら? ……そう考えると、このファイルは香澄へ渡すことを前提に作られたものかもね」
実に説得力のあるフローラの説明に、香澄はただ脱帽するしかなかった。
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