魔女と聖女

アイボリー

プロローグ

 一人の騎士が、辺りを見回し、目の前の惨状に顔をしかめた。


 白銀の鎧に真っ白な外套、胸には聖堂騎士団の紋章が刻まれ、十字架のようなクレイモアを背負っている。彼はここイェスウェン教区の聖堂や聖職者、信徒を守る聖堂騎士団の長だった。名をロナウドという。


 酷いものだ。


 速馬で駆けつけたが、間に合わなかった。

 ロナウドらを出迎えたのは焼き尽くされ、灰と炭とに化した村だった。

 王都からそう離れていない小さな村で、五十人も住んでいなかったと聞いている。そんな小さな村も、恐怖と激情に駆られた人々が放った火に、あっという間に焼かれてしまった。


 事のはじまりはたった三人の司祭だった。

 司祭と言いつつも、それは正式な司祭ではない。ロナウドが属する教会に司祭として登録されてすらいない。

 同じ神を崇め、同じ教典を信じつつも、異なる解釈を持つ者たちだった。

 そういう者たちへの対応もロナウドたちの仕事の一つであったが、たった三人ということ、大都市や人が多く行き交う場所を避け、小さな村を渡り歩く彼らを追いかけるのは簡単なことではなく、なかなか捕まえることができないでいた。

 そしてその結果がこれである。


 三人の司祭は、世界を呪う魔女のことを触れ回っていた。曰く、そのものが世界に呪いをかけ、大飢饉が起こっているのだと。


 魔女の呪いが大地をやせ衰えさせ、人々が飢えに苦しむことになった。

 だからその魔女を何とかしなければ、世界は呪われたまま、人々は飢えに苦しみ、やがて誰も生き残ることができないだろう。

 行き先々で、司祭という肩書きを利用して触れ回り、人々の恐怖を煽った。


 王国は王都を中心に農村や集落が点在しているが、この焼かれた村のように住民が五十人もいないところも珍しくない。そういった村では聖堂もなく、年に一回近くの聖堂から司祭が派遣されることになっているが、人手が足りていないとは聞いていた。

 正式な司祭が全く来ないことも珍しくないし、人々が神の教えを、正しい知識を得られる機会というのが皆無に等しい。

 だからインチキな司祭がのさばるのだ。


 ロナウドは大きく息をついた。


 村を焼いた彼らが、正しい知識を得られていたのなら、こんなことにはならなかっただろう。

 そしてそれを防げなかった自分たちがふがいなくて、悔しくてたまらない。


 そもそも魔女はそういうものではない。

 いや魔女という言い方すら失礼な話だ。

 しかし知識を持たぬ人にとってみれば、魔法は恐ろしい、悪魔の技に見えるだろう。

 その無知と偏見が村を、その住民全てを灰と炭にした。


 恐ろしいものだ。

 数日滞在しただけの偽物司祭の言葉に踊らされ、近くの村の顔なじみであった女性が、世界を呪う魔女だと信じ込み、月のない夜に村に油を撒いて、火を放つなんて。

 自分の目や感覚より、『司祭』を信じたのだ。

 

 いや、もう何でも良かったのかもしれない。

 この果てしなく永遠と続く飢饉。

 それをもしかしたら、これで止められるかもしれない。そんな淡い期待があったのかもしれない。

 当然ながら、そんなことで飢饉が収まるはずもなく、ロナウドが信頼する副団長が率いる部隊が火を放った者たちや、発端となった三人の司祭の行方を追っている。


 こんなこととても口に出せないが、村に火を放った者たちの気持ちも、分からないでもなかった。

 飢饉はずっと続いている。

 元々この大陸は『世界中の痩せた土地の寄せ集め』と言われるぐらい、農耕に向かない土地だった。しかしそれでも、ここに入植した先人たちの努力もあって、何とかやってきたのだという。

 でも、もう限界かもしれない。 

 不作が何十年と続き、飢饉から抜け出せないでいた。貴族の身であるロナウドですら、満足に食べられる日なんてろくにない。食べるものがあるだけで有り難いのだ。

 貴族である彼ですらそうなのだ。

 貧しい農民がどれほど飢えに苦しんでいるか、想像以上のものだろう。

 そんな彼らがたった一つの村を滅ぼしたら、飢えから解放されると言われたら。

 彼らを絶対悪として責めるのは酷だと思った。


 遠くで引き連れてきた部下が叫んでいる。大方、悲惨な亡骸でも見つけたのだろう。

 落胆と諦め、絶望でその声をまともに取り合うつもりはなかった。

 そのつもりでも、声は耳に届く。


「この子、まだ生きているぞ!」


 ロナウドの首はまるで蹴っ飛ばされたかのように、跳ね上がった。

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