この世は優しくて甘い

@meiousei

第1話

小さな頃はあまり覚えていない。好きなことなどあまりなく、ただ今日1日をなんとか生き抜くことだけに一生懸命になっていた。



暗い日々だったかというと、そんなこともなく。とても楽しかった思い出もある。あの頃食べた綿菓子が美味しかった、とか、夜に見上げた星空がきれいだったとか。そんな楽しい優しいものもあった。



ルカが所属している書籍部は会社全体の資料をまとめて保管する部署である。大きな会社である小宮シティの最下層、太陽の光も届かぬ地下にあり、他の社員は存在すら知らない。艶やかな会社の入り口から裏手へと回り、頑丈そうなエレベーターで地下へと下がっていくと見えてくる。暗いひんやりとした通路を抜ければ、少し古びた扉が出迎えた。



「全くもってこのデータ、どうにかしてくれよ。お前たちはデータさえ、打ち込んでくれればいいんだからさぁ」



いつも資料を持ってくるパリッとしたスーツの若者がうんざりしたような顔をしてルカを見る。少し笑ってルカは社員から大量の資料を受け取った。



「いいよな、書籍部は。単純なデータ打ち込みで給料もらえるんだから。俺らなんて毎日頭使って、足使って、いろんなとこ行ってやっと仕事を取ってくるんだぜ」



責めるような目で見る社員は、はぁ、と大きなため息をついてルカを上から見下ろす。背が高いって大変そうだな、とルカは目だけで応えた。大手会社、小宮シティにとって営業部は花形だ。仕事のほとんどは営業が回している、といっても過言ではない。お金を管理する経理部や会社のための人事部を除けば、あとはそんなに重要ではないと会社の上役たちも言っている。



営業部の魅力で、人柄で仕事が山のようにやって来てお得意先ができる。得意先の好みや状況をそれぞれ報告書として提出し上役へと回す。それが終わった後こうしてルカのいる書籍部へと持ってくるのだ。データは保管し管理するのは大変だが、データベースとして残しておけば何かと便利で、営業が好きなときに情報を得ることができる。誰でもできる仕事。それが書籍部の仕事でもあった。



「しっかし、書籍部って。上役たちが気まぐれにつけた名前で通ってるんだから、ある意味すごいよ。まあ、それだけ適当なんだろうさ」



あらかた愚痴まぎれに言いたいことを言うと、いつもの社員はさっぱりとした顔に戻る。いつまでも愚痴を言ってはいられないらしい。



「じゃあ、頼んだよ。いつものように、明日までに」



さっきまで話していたのを忘れたかのようにクルリと背を向けてさっさと行ってしまった。1日のデータ量にしては量が多い。今日は取引先の接待が多かったようだ。紙の重みでずり落ちそうになるのをなんとか押さえると、持ちやすいように体制を整えた。かろうじて綺麗にまとめたけれど、今日はきっと残業になるだろう。



「また、会社に寝泊まりかな」



誰もいない廊下で、小さな声が静かに響いた。





先ほどの古びた扉を開こうとしてルカは重すぎる資料を一旦下に下ろした。廊下の床は古いものだけど、いつもピカピカに磨かれており、掃除大好きな同僚の顔を思い出して思わず口元が緩む。手書きの資料やパソコンで印刷された資料は一度汚れると厄介だ。どうしたものかと考えていたら、いつもやる気のなさそうな同僚が、掃除をする!と言い出し、しばらく机に戻らなかった。



「今日も磨いたみたいだな。データ入力は全然しないのに」



ブスッとした顔で机に座ってばかりの同僚を思い浮かべてルカは少し笑った。彼は彼なりの思いがあるらしい。上司であるリュウガの刺すような視線にも全く動じず、どこ吹く風かと右から左に聞き流していた。今日もピカピカに光る床を見ながらぼんやりしていると、胸元のスマホから聞き慣れた音が鳴り響く。思わずホッとしてすぐさまスマホを取り出し通話ボタンをスライドさせた。



「ルカ?大丈夫?なんだか、今日は一段と凄いらしいからさぁ」



「そうなの?」



声の主はいつも明るい。情報通で知られる彼は何でもお見通しのようだ。先ほど愚痴っぽかった営業の内情を世間話のように口にした。会社の花形である営業部の内情を知るのは難しい。他の部署に漏れることは自分の手の内を見せることにもなるので、営業部もかなり警戒しているはずなのだが、なぜか彼はなんでも知っている。



「営業部の新人さんがね、すんごく重要なお偉いさんを怒らせたらしいのー。んで、接待に次ぐ接待だってさ。もう、みんなバンバン飲みまくったんだって」



「へぇ」



扉の向こうからコツコツと軽やかな音が近づいてくる。どうやら歩きながら話しているらしい。スマホから聞こえる声と行く方向から来る声が重なり、ルカは目の前の扉を見ながら耳をすました。



「それでね。その後でも報告書書かないといけないでしょー。大変だったらしいの。もう二度と怒らせるなってんで、何から何まで書かせてデータ化するんだって。もー、飼ってる犬の名前から、お気に入りの家具のブランドから、細かいんだから」



「うわ。。。」



想像しただけで凄そうだ。思わず漏れた声に同僚のコウが楽しげに笑う。確か昨日も寝ていないので、2日続けて徹夜になるだろう。営業部からも上役たちからもきっちりデータとして整理されているか、朝の朝礼までにデータを送らなくてはならない。理不尽だがいつものことだけに、なんだか怒る気にもならなかった。



「きっとボウちゃん、こんな時でも入力しないだろうし。僕とルカと隊長だけでやるしかないね」



「うん」



古びた扉がゆっくりと開く。スーツを適当に着崩した明るい顔が優しくルカを出迎えた。コウは大量にあった資料を持っていたバックに積めると周りを見渡す。ピカピカだねーといつもの調子でニヤリと笑った。



「ボウちゃん、ほんと掃除好きなんだなぁ。いっそ、掃除のお兄さんになればいいのに」



「もう、いい加減、名前で呼びなよ。それに、それは無理な話だから」



「えー、いいじゃん。ボウちゃん、僕好きだよ。ボーッとしてるから、ボウちゃん。あー、でもブスッとしてたら、ブーちゃんって呼ぼうかなぁ」



「それ、もっと怒るんじゃない?」



重い資料が軽くなり、コウ特有の軽口に心も和む。いつもボウちゃんと呼ばれているレイはもう帰ってしまったらしい。



「上役の息子も大変だよね。嫌いな仕事でもしがみつかなきゃいけないんだもん。叱ってくれる人もいないしさー」



「うん」



重い資料を持ってくれるコウの隣に立ってさらに奥へと歩いていく。徹夜になるのは気が重いが、一緒に働いているコウや上司のリュウガは面白くて優しい。今日も没頭できれば、夜はあっという間に明けてくれるだろう。暗くて長い廊下を歩きながらルカはゆっくりと前に進んだ。


地下のひんやりとした静けさの中で二つの足音が響く。所々にある寂しげな電灯を頼りに暗い廊下を真っ直ぐ歩いた。今日はひどい大雨で資料を持ってきた営業の社員が、それはもうひどかったと嘆いていたが、地下であるこの廊下や書籍部の部屋には関係ない。暗闇が、地下の静かな土が。ひどい大雨からルカたちを守っていた。



「ああ、着いた着いた。それで、これをこうして」



先ほどの扉よりもさらに古びた金属製の扉の前で足音は止まる。薄暗い中でもぼんやり光る緑色の装置の前でコウはゆっくりと指を突き刺した。不思議な装置には電卓と同じ配列の数字が1~9まで並んでおり、その下に0と00のボタンも付いている。好きな数字を口ずさみながら、数字のボタンを押していくと、液晶画面にCLEARの文字が浮かんだ。



「次は網膜だよね。目薬をさす要領で」



「うん」



液晶画面から目を近づけろと指示が出ている。一歩前に出ると、コウは瞼を開いてさらに親指と人差し指で大きく開かせた。液晶からセンサーのような線が出てきて、コウの見開いた目を通過していく。しばらく検証していたが、軽やかな音ともにCLEARの文字が浮かんだ。



「今日のデータ入力だけどさぁ。やっぱ、甘いものが欲しいよね。それで、ちゃんと僕、生チョコの材料買ってきたの。一段落したら作ってあげる」



網膜の次は指紋だ。CLEARの文字が浮かんだ液晶画面が素早くひっくり返り、真っ暗い小さな穴が現れた。その穴に指を入れると緑色の液晶は黄色に変化した。ピーといういかにも機械的な音の後、金属製の扉の中で鍵が解除される音が響く。厳重な装置だ。セキュリティを徹底的にしているのには訳があった。



「嬉しいなぁ!コウの生チョコ、美味しいから手が止まらなくなる。そうだ、レイにも残してあげようよ」



「えー」



鍵の開いた扉をゆっくりと押せば書籍部の部屋だ。古びた扉を閉めて鍵が掛かるのを見届けると、コウは履いていた靴を脱ぐ。不満げに口をとがらせたコウを見ながら、ルカも笑って靴を脱いだ。



「わぁ。。。ここも、ふかふかじゃん。ボウちゃん、ちゃんと掃除機かけてくれたんだー。そうだ、隊長が買ってくれた布団用の掃除機!あれも使ったのかな?」



「そうかも。なんか、レイって不思議だよね。データ入力以外の仕事は、嬉々としてやってくれるのに」



「のに、ねーー」



履いていた靴下も脱いで、近くある可愛い篭に入れる。後からまとめて洗濯するためだ。今日は泊まりになるのでさっさと楽な格好になりたい。コウも同じ気持ちのようで、元々着崩していたスーツの上着を脱ぎながら自分の机へと歩いていく。ルカも自分の机の近くにあるロッカーへ歩いていった。



書籍部の部屋。地下の奥にある暗い部屋。元々他でやっていけない人材が溜まり場のように集まって誰にでもできる地味で単純な仕事を黙ってこなし、出世もない、評価もされない。つまらない寂しい部署。だと会社の人間は思っている。



書籍部の部屋からほのかないい香りがした。今日はみんなの安眠を願ったラベンダーとリュウガが好きな優しいローズの香りがほどよくブレンドされている。ほとんどの会社の人間が想像しているであろう、金属製の古びた壁紙はどこにも見当たらない。



冷たいと思われているギシギシした床も見当たらない。その代わり、あるのはふかふかで手触りのいい絨毯だけだ。裸足でも踏みしめると気持ちよく足元からリラックスできる。窮屈な靴から解放された足をルカは思いっきり伸ばした。



「今日の香りは少しローズが強いですね。もしかして、溢しちゃいました?」



外からは想像もつかないような快適空間の奥で一心不乱にパソコンと向き合う人影に話しかけた。



「まぁ、なぁ。ちょうどブレンドしてた時に電話がかかってきたんだよ。全く。俺が毎回精神を統一して、みんなの幸せを願ってブレンドしてんのに。空気読めっての」



手元の入力はそのままに口と目だけでルカに応える。迷いのないタイピングに自分もがんばろうとルカはお気に入りの部屋着をロッカーから出した。



今日は長期戦になる。ふわふわで優しい上下セットの部屋着にしよう。



「うん、湿度もいい感じ。これなら、集中できるかも」



爽やかな青色のラフな格好でコウもやってきた。臨戦態勢だ。バックから新しくもらった報告書を出すとそのままリュウガに渡す。リュウガは素早く受け取ると、パラパラ捲りながらざっと目を通した。



「これはお前がやれ、コウ。一通り入力しろ。一段落したらコーヒーと甘いものを頼む」



「オッケー♪」



「それから、これはルカだな。速さよりも丁寧に入力してくれ。病的なほど、細かすぎる」



「病的って。。。」



渡された報告書を受け取りながら思わず突っ込んだルカだったが、気にするリュウガではない。存分にやってくれ、と目で促され苦笑しながら席へとついた。パソコンに電源を入れるともらった報告書に目を通してみる。なるほど、コウが言っていた通り、事細かに得意先の好みが記されていた。読みながら入力するのも悪くない。好きな場所や好きなお菓子も殴り書きで書いてある。



「よっぽど必死なんだな。。。」



営業の社員には一人しか会ったことはないが、報告書を通してどれだけ必死で書いたかが伝わってきた。その思いは今回、営業の仕事として実を結んだかどうかわからないが、入力することでデータとしてしっかりと保存できる。時がきて誰かが検索し、思わぬ助けになるかもしれない。ルカは姿勢を正してパソコンへと向き合った。



「綺麗に、正確に、保存してあげる。きっと、いつか、明るい世界で必要とされるだろうから」



それまではこの地下で、この暗くて快適な空間で眠っていてね。



報告書から伝わってくる思いを感じながらルカは正確に情報を入力した。




データ入力も佳境を過ぎて、あともう少しで終わりそうだ。シンプルでお洒落な時計が夜中の1時をめがけて針をガタンと進ませた。あと1分でコウお気に入りの白い鳩が12の後ろから飛び出してくる。秒を示す細い針は折れてしまったから、いつその時が来るのか検討もつかない。



「ふわ~~!!入力終了~~。なかなかの強者だったよ。量っていう強者がさー」



座っていた椅子の上で大きく両腕を伸ばしながらコウは満足げに息を吐く。どうやら一段落したようだ。入力し終わった報告書を綺麗にまとめて大きなクリップで止めると、勢いよく立ち上がりリュウガの元へとやってきた。



「はい、これ。チェックしてよ、隊長。それでさ、今日は何がいいの?カフェオレ?ブラック?」



まとめられた報告書とメールで受け取ったデータを見ながらリュウガは、そうだなぁと穏やかに口を開いた。営業時間の21時を過ぎて、電気代を節約するために灯したキャンドルが、柔らかな光を放ちのんびりと静かに揺れている。



「今日はカフェオレで。脳ミソ、全力で使ってるから」



「がんばってるねー」



注文を受けたコウが次はルカの元にやってくる。読みながら丁寧に入力しているので、少し時間がかかっているが、リュウガもコウも気にしない。がんばれ、とばかりにコウはルカの好みを聞いてきた。



「俺はホットミルクを。蜂蜜、ちょっとだけ入れて」



「了解ーー」



嬉しそうににんまり笑うとコウは自分の机のそばにあるロッカーから買い物袋を取り出す。中身を確認した後、部屋の奥へと消えていった。布のカーテンで仕切られた空間には書籍部のあらゆるコンセントから引いた延長コードが伸びていて、電子レンジやら、IHやらが綺麗に置かれていた。一応、水道も引いてある。



「今度、電気のアンペア上げてもらおーっと。それよりも、お風呂を付けてもらおうかなー」



書籍部はなかなかの快適空間だが、難点があった。浴室がないことだ。リュウガも何とか付けてもらうよう頼んでいるが、書籍部に浴室など意味がない、と却下され続けている。ここでお風呂に入れればさらに鉄壁だ。どんな徹夜でも乗り越えられる気がする。



「まあ、今でも十分、乗り越えてるんだけどねー」



最近宝くじが当たったとウキウキしていたリュウガから、5万円をむしりとって買った最新型の冷蔵庫を開けて、牛乳を取り出す。可愛いカップにゆっくりと注ぎながらコウは一人、うーんと唸った。



コウが奥の部屋に引っ込んですぐに夜中の1時を知らせる音楽が鳴り響いた。美しい涼やかな波の音が、豊かなピアノの音色と共に部屋中に響く。ピアノ1つ1つの音が凛としていて疲れた頭と心に優しく強く触れてくる。ずっと画面を見ていた目を静かに閉じて鳴り響く音に意識を集中させると、肩から何か大きなものが落ちていく気がした。いつの間にか力が入っていたようだ。



「ルカ、少し休憩しよう。シンプルな報告書はあらかた片付いたから」



リュウガも自分の担当していた報告書をすべて入力し終えたらしい。いつものことだけど、本当に入力が速い。自分の机の上にあるまだ半分も終わっていない報告書を見ながらなんだか悔しくなって大きく息を吐いた。



「いいんだよ、ルカはそれで。ルカじゃないと入力できない報告書なんだから」



「?」



「もしかして、ルカもデータ入力は誰にでもできる仕事だと思っているのか?」



逆に、データ入力はそうじゃないのかとルカは首を傾げながらリュウガを見る。するとリュウガから意外そうな目を向けられて、思わず面食らってしまった。反射的に視線を外すと、リュウガは笑ったのか、柔らかな気配がする。そのあとで、そうだったんだなぁとのんびりした声が聞こえてきた。次の言葉がすぐやってくるだろうと思っていたのに一向に何も来ない。静かで少し居心地の悪い沈黙が続いた。



「あの」



「うん?」



なんだか落ち着かない沈黙に、ルカは堪らなくなって声をかける。思い切ってリュウガを見れば、気にした様子もないいつものリュウガがいた。



「データ入力って、誰にでもできる仕事じゃないんですか?だって、単純な仕事だし」



「そうか?」



「。。。そうですよ。そんなに考えることもないし」



「そうか?」



「そ、そうですよ。書いてあることをそのまま入力すればいいんですから」



真っ直ぐ見てくるリュウガの眼力は心の奥の何かをぐらつかせる。独特の迫力に押されながらも、自分は間違ったことは言ってない。ルカは気を取り直しながら思ったことを口にした。ルカの答えに、リュウガはまた、そうなのか?と念を押したように聞いてくる。強く何度も確認するように問いかけるリュウガに戸惑いながらも、データ入力は単純な作業だと答えた。



「そっかー。まあ、自分の良いところや凄いところなんて、自分が一番わかってないもんだよなぁ。あまりにも当たり前にできるから」



「え?」



リュウガは、きゅっと口元を引き締めるとパソコンの画面へ視線を戻し、勢いよくボタンを押した。バラバラに崩れた報告書を綺麗にまとめてコウの分と一緒に置く。じっと見つめるルカに休憩しようと笑いかけて、ゆっくりと席を立った。



「考え方や見方なんて人それぞれだけど、俺はデータ入力って、そんなに単純な作業だと思わないぜ」



「?」



「むしろ、過酷だと思う。それに、個性が目立つっていうか。人や物への深い愛がないとできないな」



「愛。。。ですか?」



意外な言葉が出てきたのでルカはもう一度確かめるようにリュウガに問う。うん、と軽く頷いているので、聞き間違いではないようだ。リュウガはいつも居心地のいい空間を用意してくれたり、気配りが細やかな人だから愛情深いんだなと普段から思っていたが、こうもはっきり言われるとなぜだか恥ずかしい。胸の奥からじわじわと湧いてくる落ち着かないものをごまかすようにリュウガの後ろに続いた。



部屋の中央には寛ぎスペースがある。もうすぐ2月に入るので、今はこたつが置かれている。一足早くコウが電源を入れてくれていたので、ふかふかの布団をめくって足を突っ込めば、ほんわかと足元から暖かさが伝わってきた。愛とはどういうことなのか。話の続きを聞きたくてルカはリュウガに視線を向けてみた。



「ん?興味ある?」



「はい」



こたつの上にあるミカンを1つ取りながらリュウガは優しく笑って口を大きく開けた。素早く皮を剥いたミカンを放り込むと口をもぐもぐさせながら、例えばさ、と話を続けた。



「このミカン、俺、食べたよね。何てことない動作だけど、ただ食べるために、自分のために剥いて食べることもできるわけ」



「?」



「こう。。。ミカンを、ただのミカンだって思いながら食べるわけよ。小腹を満たすために」



「はぁ。。。」



リュウガの言いたいことがよくわからないが、とりあえず返事だけはしておく。リュウガから薦められてルカもミカンの皮を剥いてみた。



「そうそう、そんな感じ。データ入力もさ、ただの報告書だと思いながら入力することもできるのよ。与えられた仕事だから、それで給料もらってるから、とかさ」



「。。。。」



皮を剥いたミカンを見つめてみる。これをただのミカンだと思って、自分の小腹を満たすために食べる。リュウガが言った通りに思いながら口に入れて食べてみた。



「ミカンだ。ただの、ミカンです」



なんだか味気ない。食べることは当たり前のことだから、何の感情も湧かない。淡々と食べて、それで終わり、のような気がする。ルカはなんとなく寂しい気持ちになった。



「うん。ただのミカンだよね。だから、報告書をデータとしてしか見れないまま入力するんだったら、機械でもいいわけよ。人の手じゃなくてもいいわけ」



「。。。。」



「そういう報告書もあるよ。感情のない、熱が感じられない綺麗な情報。すんごく冷たい感じの、これでいいんでしょ、みたいな報告書」



そういうものもあるのか。不思議そうな顔をしたルカをリュウガは優しく笑う。剥いたミカンからもう一切れのミカンをちぎって口の中に放り込んだ。



「そんな報告書は綺麗だから、俺やコウがどんどん入力していく。報告書の中に込められた想いをしっかり受け取らなくてもいいからな」



「想い。。。」



「でもなぁ、あるんだよ。これは俺やコウでは無理だな、ちゃんと込められた想いを汲み取って、尊重しながら保存できる心と技術がないとダメだなって思うものが。勿体ないほどの、何かが込められてるなっていう報告書がさ」



リュウガはミカンの入っていた袋をルカの前に持ってきた。そこにはこのミカンを作った生産者の家族と豊かな自然の中で実っているミカン畑の写真がある。写真の隣にはこのミカンがどこで作られてどんな想いで生産されているか、簡単な説明が書かれていた。



「こんな風に作られたミカンなんだぁって思いながら、食べてみ。こう、目を閉じて、このご家族を思い浮かべて、雄大な自然の中で豊かに育ったミカンを。。。」



「えーと。。。」



そんなに大袈裟にやらなくても、リュウガの言いたいことがなんとなく伝わってきた。このミカンがどのように作られて運ばれてここにあるのか、考えながら食べてみろということだろう。ルカは軽く目を閉じて木の間に実っているミカンを想像しながら口の中に入れてみた。



「。。。美味しい。。。」



「うんうん」



「なんか、ただのミカンじゃない。このご家族とミカンが育った豊かな自然と、繋がってる気がする」



命をもらっているような気がする。先ほど食べた時よりも手に取ったミカンがとてつもなく大切なもののように感じて、ルカは心がほんわかと温かくなった気がした。



「データ入力もそんな感じだ。ただの報告書だと思って入力するのか、書いた人の想いを汲み取って大切に入力するのか。まあ、俺やコウはバシバシ自分の好きなように入力するがね」



残りのミカンを丸ごと口の中に入れてリュウガはむしゃむしゃと食べている。まるでさっき入力した大量の報告書をそのまま食べているような感じだ。面白いなぁとルカは笑った。



「入力するスピードは気にしなくていいよ。ルカに振り分けた報告書は、上の連中の興味を引かないみたいだから。それよりも、大切に、優しく、入力してやってくれ」



「はい」



リュウガと同じように残りのミカンをそのまま食べようとしたが、生産者や美しい大自然の写真を見てしまった後では、どうしても一気に食べることはできなかった。時間がかかっても、1つ1つ味わって食べていたい。ゆっくりと口に入れたルカをリュウガは穏やかに見つめていた。



優しいミカンを食べ終わるとこたつの中で思いっきり足を伸ばしてみた。リュウガはスマホを見ながら、げ、と嫌そうな顔をしたが、ルカがとても気持ち良さそうに寛いでいるので、釣られて優しい表情になる。のんびりとこたつの温かさを楽しんでいたルカの隣でまたリュウガは、はぁとため息をついて顔を伏せた。伏したリュウガをルカは不思議そうに見つめている。



「お待たせ~~。隊長のカフェオレと、ルカのホットミルク。んで、僕のココア~~」



「ありがとう」



お盆から3つのカップをこたつの上に置いて、一緒に持ってきた大きなお皿も乗せている。ガラスの透明な皿の上に綺麗に切り分けられたイチゴやリンゴが添えられていた。



「生チョコ&フレッシュなフルーツの盛り合わせ。。。って隊長、何してるの?」



「。。。おー。。。」



明るい声に勢いよく頭を動かしたが、顔の向きを変えただけでまだ伏している。くぐもったか弱い声だけにルカも心配になって様子を見てみた。リュウガは腕の中で、あー、だの、うー、だの言っている。



「もしかして、隊長、今度の飲み会のことで悩んでるの?問答無用の強制参加だってね。あれねー、新しい社長さんの試みみたいだよ」



「強制?」



珍しい提案にルカはコウの方を見る。会社の中で存在感がまるでないに等しい書籍部でも、飲み会や新年会の誘いは来る。時には文書で、時にはメールで。開催のお知らせにはいつも、いつでも気軽に参加してくださいと優しく添えられていた。今回のように強制に参加を集うのは初めてだ。リュウガのスマホには、同期から絶対来い、とからかい半分のメールが届いているらしい。またメールが届いたようで軽い音楽がなり、スマホがぼんやりと光っている。コウはお構い無しにルカの問いに答えた。



「そう。びっくりでしょ?新しい社長さん、体育会系でさー、社内でもすんごく混乱してるって」



「やっぱりなぁ。。」



小さな声で、うーうー唸っていたリュウガがまた顔の向きを変えて、嫌だ嫌だと呟いている。機嫌が悪いリュウガはごねた子供のようになる。ダラダラと無駄に悪態をつき、しばらく動かない。コウは肩をすかせてゆっくりとこたつに自分の足を入れて、もう覚悟決めなよ、とリュウガの方見た。冷たいコウの足がルカの足と当たってなんだかくすぐったい。



「嫌だー、俺、気分が乗らない。嫌だー」



「もう」



「前の社長は黙認してくれてたのに。。気分の乗らない飲み会やイベントなんて無理に来なくていい。社員が心から楽しめなくちゃ、イベントする意味がないからってさぁ」



「いい人だったよねぇ」



コウは拗ねた子供をあやすようにリュウガの頭を撫でながら目を細めた。コウは高校を卒業してすぐこの小宮シティに就職したので前の社長にも会ったことがあるらしい。とても人を喜ばせるのが好きな人で、その精神は自然と社員の中にも広がっていった。小宮シティは他の会社よりも飲み会の行事が多いし、節目節目には社員の門出をみんなで祝う、という意識が根強く残っている。コウが就職した3年後に長年の持病を悪化させ、残念ながら会長職に退いてしまった。



「ルカは会ったことないんだっけ?ほんと、お地蔵さまをもっと優しくした感じの人だったよー。もう、あったか~いおじいちゃんって感じだった」



「わぁ!会いたかったなぁ」



ルカは大学卒業後、小宮シティに就職した。それぞれの部署へ配属される前の合同説明会や入社式では、新しい現社長が挨拶スピーチをしたので、前社長には会ったことがない。コウから現社長について聞かれたので、自分の思ったことをそのまま伝える。



「うーん、確かにすごくハツラツとしてたよ。爽やかで、ハキハキした感じの」



「そーゆー奴が、いろいろとめんどいんだよ!!」



さっきまで伏してダラダラしていたリュウガが勢いよく顔をあげて鬼の形相をしながらルカを見た。手を強く握りしめてこたつを軽く叩いている。コウはため息をつきながら、さりげなくカフェオレを薦めた。目の前に大好きなカフェオレが来たので鬼の口元がゆっくりと緩んでいく。まずはカフェオレを飲んでから自分の意見を言うつもりらしい。今のうちに自分も飲んでいようと温かいホットミルクに手を伸ばす。コウも静かにココアを飲んでいた。



「ああ、上手いなぁ。。。脳に染み渡るよ。。。でだな、そういう爽やかで、なんでも真っ直ぐ育ってきました的な奴ほどめんどくさいんだよ」



「めんどくさい?」



「まあ、自分の意見を押し付けがちだよねぇ。。。」



コウも思い当たることがあるようで、リュウガの力説に、うんうんと何やら納得している。育ってきた環境から体育会系のような人たちとは縁がなかったルカは、そういうものかと二人の意見に耳を傾けた。



「だいたい、飲み会って気心知れた人たちと飲むから楽しいんだよね。僕、接待としての飲み会、嫌だなぁ」



「だな。今回の飲み会は、その予感がものすごくするんだよ」



「接待ですか?」



営業でもないのに接待するのか。同じ会社の人たちに接待するのか。ルカの頭にはいろんな疑問が溢れてきて、二人に聞いてみると、それが付き合いだと答えが返ってくる。同じ働く仲間に気を使って、それで何か良いことがあるのだろうか。



「そもそも、気を使わないとうまくいかないって、仲間としてどうなんですか?それなのに、一緒に飲み会するんですか?」



「そこそこ、違和感はそこなのよ」



「ねー」



二人とも気分が乗らない理由はそれらしい。美味しそうなイチゴに手を伸ばしながらコウは不満そうに口をとがらせる。新鮮なイチゴを一口頬張ると気分も明るくなったようで軽く息を吐きながらルカを見た。



「繋がりってさ、無理に作ることないと思わない?強制されて集まっても、心から行きたいって思わなきゃ楽しくないよ。それに、自分もそう思うなら、相手もそう思って集まってくるんでしょ」



「うん」



「僕、嫌だよ。心から行きたいって思わないのに来られるの。嫌々集まって、一緒に同じ時間を過ごしましょうって。楽しめるわけないもの」



相手も嫌な想いをしてやってくる。想像してみるとルカも気が重くなってきた。嫌々ながら来た者同士で酒を飲む。考えただけでつまらない飲み会になりそうだ。リュウガのスマホがルカの予感に答えるかのように、また軽やかな音を立てた。



「それにしても、隊長のスマホ、すごく鳴ってますよ。みんな隊長に会いたいんじゃないですか?」



「会いたいんじゃない。全力でからかってるんだ」



「全力?」



それは愛されているってことなんじゃないか。ルカは心が軽くなり、リュウガにスマホを見るよう薦めた。強制参加なら自分の同期たちにも会えるかもしれない。最も同じ同期として小宮シティに入社した人数は120人だが、顔見知りや同じ大学だった社員もいる。みんな入社して8年目で、中には役職に就いたり部下を持ったりと忙しく、なんだかんだ会う機会を逃していた。



「そうそう、隊長の同期ってどんな人たちなの?」



嫌そうにスマホをいじっているリュウガにコウは興味津々で聞いている。渋い顔をしてゆっくりと口を開いた。



「地上の人種」



「?なにそれ?」



「地上だ。地上の人種だ。あいつらは、いろいろとぶっ飛んでるんだ。あいつらと飲むと、俺の胃が持たん。可哀想すぎて穴が開く」



「。。。え?。。。」



同期からのメールに短い返事を送って、リュウガはこたつの上に伏してしまった。コウとルカの頭のなかにたくさんのハテナが襲ってきたが、リュウガはもう答える気がないようで、また子供のようにくぐもった声で悪態をついた。



タダをこねたまま伏していたリュウガがふと静かになる。耳をすましてみるとスースーとした音が聞こえてきた。穏やかな息遣いにコウとルカは顔を見合せて笑い合う。もう笑うしかない、とコウの顔は言っていた。



「逃げられたね、このまま寝たら首が痛くなるよ」



「起こして布団に寝てもらう?地上の人種ってどんな人たちだろ?」



コウはリュウガの頭を軽く叩いて、伏しているリュウガの様子を見てみた。頑固にも顔を上げようとせず、頭の体重がコウの腕にのしかかる。もう!と言いながら両腕を使って顔を無理やり上げさせた。リュウガの渋い、眠そうな顔がやっとこちらを向く。



「深く追求しないから。眠いんだったら布団敷いて寝てよ。朝の朝礼までゆっくり休んで!」



「。。おー。。」



やる気のない声と共にリュウガはゆっくりとこたつから出て立ち上がった。コウに背中を押されながら自分の机のそばに歩いていく。机を部屋の隅に押して移動させ、寝られるスペースを確保した。



「布団、自分で敷くの?。。。やっぱり。。。ほら、敷いてあげるから、もうちょっと端しっこに行ってて」



部署の物置小屋のような小さな部屋から布団を持ってくるようで、リュウガを机の近くに座らせた後、コウは機敏に部屋の奥へと消えていった。リュウガはスマホを持ったままゆっくりと瞼を閉じて休んでいる。こうして見ていると、兄弟のようだなぁとルカは微笑ましく二人を見守った。



「ルカ~~、なんかあったらすぐに起こせよ。コウも俺も少し休む」



「はい」



もう少し仕事をしたかったので、ルカは一つ大きな背伸びをすると、こたつの中から足を出した。電源を消して、飲み終わったカップをキッチンへと片付ける。生チョコとフルーツはこれからの夜食だ。



「隊長、そんなに同期さんたちが苦手なんですか?飲み会が楽しみだなぁ」



「こら、ルカ。俺は逃げまくるからな。もう、飲み会の時は、俺がどこにいるかわからないくらい、逃げまくるぞ」



「えー」



不満そうに顔をしかめても、リュウガは素知らぬ顔をして聞こえないふりをし続けた。コウがふわふわの布団を持ってきて、そばで敷いてくれても、絶対に逃げると宣言している。さっぱりとした性格のコウは、そんなに嫌がるなら、と話題を変えて布団を整えた。



「ほら、どんなに悪態ついたって飲み会はくるんだから。今日はゆっくり休んでよ。今日で2日だよ、徹夜。隊長、もう45歳過ぎてるんだからさぁ」



「余計なお世話だ。。!!」



「それに、毎日ストレスフリーっていっても、徹夜だよ?体の細胞が眠い~~って言ってるんだから。さっさと寝なよー」



「お前、どうでもいいと思ってるだろ、いろいろ」



「ふふふ」



リュウガの布団を敷いた後、自分の分も敷くようでまた物置小屋の方へと消えていく。いそいそと布団の中へ入っていくリュウガを見届けて、ルカは自分の机に座った。



「キャンドル、使っていいぞ。お前の机の上に置いてあるだろ?」



「あ!はい。なんだか、いい香りがします」



「まあ、ぼちぼち、がんばれ」



休憩前には気づかなかったが、机の上に黄色と白色の可愛いキャンドルがある。ルカのために作ってくれたようだ。新しい手作りのキャンドルからはグレープフルーツの爽やかな香りがする。スタンドの電気を点けてキャンドルに火を灯せば、なんだか気分がとても引き締まった。



「ありがとうございます。朝礼の時間が来たら起こしますね」



ルカの声に何も答えず、体の向きを変えて布団の中へうずくまった。ほどなくして規則正しい寝息が聞こえてきたので、よほど眠かったようだ。自分の布団を持ってきたコウが、もう寝たの!?という驚いた表情をしていたが、起こすのも忍びないので顔だけでルカに視線を送った。



「僕も寝るけど。。。あんまり無理しないでね、ルカ。朝礼には、僕と隊長が出るからさー」



「うん」



ルカの机の上にある報告書の量を確認すると、コウは軽く息を吐く。皿にあったイチゴを取るとルカの口の前に持ってきた。



「ルカは、がんばり時か。これ食べて、気がすむまでやるといいよー。生チョコも食べて」



「ありがとう」



目の前のイチゴを勢いよく口の中へいれると、コウは楽しげに笑った。イチゴをゆっくり噛んでみると、甘酸っぱい新鮮な果汁が口の中に広がり、さらにやる気が出てきる。どんよりしていた頭がスッキリして、新しい気持ちで報告書と向き合えそうだ。



「いってらっしゃい、ルカ。報告書の想いを、たくさんの人たちに届けてね」



?



午前6時の音楽が鳴り響く。朝礼が8時に行われるため、そろそろ起こさないと間に合わないかもしれない。小宮シティの朝礼は、最上階の52階で行われるからだ。その際、服装は必ずスーツと決まっている。しかも、昨日の成果を綺麗にまとめた報告書も一緒に提出しないといけない。上役たちへの報告はメールにデータを添付すればいいが、朝礼は直接社長に手渡す。各部署の責任者、及び班長、それぞれ1名ずつ、最低でも2人の出席が義務付けられている。



これは小宮シティ独特の、昔からの習慣だった。各部署の責任者が毎朝顔を合わせることで、会社としての一体感を持たせる目的と、何かあればすぐにでも相談しやすい環境を作るためだと言われている。会わなくても仕事ができる環境の中で、お互いがお互いの顔を直接見て、一緒に働いている意識を持ってほしいという願いも込められていた。



「起きてください、隊長。6時になりましたよ」



「そうだよ、起きてよー。報告書、まとめなくちゃでしょー」



お風呂に入ってきたコウがさっぱりした顔でリュウガを乱暴に揺さぶっている。ルカもようやく報告書が終わって、これから寝ようとしていたところだ。



5時の音楽が部屋中に響き渡った頃、コウはのんびりと起きて、ルカに甘いココアを淹れてくれた。軽く体を動かしていたが、朝から温泉に入ってくると言い残し、部屋を出ていった。そのコウが戻ってくるとちょうど6時になっていて、なかなか起きないリュウガを二人で起こす羽目になっている。リュウガは起きたくないのか、逃げるように布団の奥へと体を沈めていった。



「こらー、隊長ー。朝礼用の報告書、隊長にしかできないんだからねー」



「いっそ、布団を取り上げる?そうだ!コウ、隊長の大好物、まだあったよね!」



子供のようなリュウガには、甘い罠を仕掛けた方がいい。ルカの提案にコウは目を輝せて頷く。飛ぶように体を起こしてキッチンの方へ走っていき、リュウガの好物であるスルメをオーブンで軽く焼き始めた。しばらくすると、スルメの香ばしい香りがここまで漂ってくる。布団の奥へと沈んでいた体がわかりやすく飛び跳ねた。



「隊長、もうすぐスルメがやってきますよ。大好きな、噛めば噛むほど美味しい、とっても幸せになるスルメがやってきますよ」



「起きる!!!」



リュウガは両腕を突き上げながら、気合い十分な顔をして布団を跳ね退けた。眠そうな気配など全くなく、ハツラツとしている。目をキラキラさせてスルメはどこだと辺りをきょろきょろ見回した。



「ルカ!ボーッとしてる暇なんてないぞ!早く報告書を仕上げないと、美味しいスルメを優雅に頂けないじゃないか!ほらほら、布団を片付けるから、ルカは入力できた報告書をこっちに持ってきて」



いつものリュウガが戻ってきた。ずっと起きていた頭をどうにか動かして終わった報告書を渡す。これで昼までなら、ゆっくり休んでいられる。データを入力できたこと、リュウガが起きたことにほっとしながらルカは眠たい目を開けて、満足げに笑った。

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