第28話 祝杯

 俺達が三人で祝杯を挙げていると、外が段々と賑やかになってくる。

 恐らくトレジャー・キーパーが討伐された事が街に知れ渡ったのだろう。

 冒険者組合に、戦後処理を終えた冒険者が続々と入ってきてその誰もが笑顔だ。

 そんな中俺は後ろからいつものように背中を叩かれる。


「ハハッ、兄ちゃんも無事だったか! それにしても大変だったな。デカブツを倒すのは……」

「ガスト、お前も参加してたんだっけ……無事で何よりだ」

「ハハッ! 俺がやられると思ったか? これでも一応勇者免許Bランクだぜ?」


 やられるわけがないだろ? という満面の笑顔を俺に向けてくる。


「ハハッ、それにしてもこの街に神話級の勇者が二人もいたとはな……王の側近か、ぜひとも謁見したいもんだぜ」

「兄さん、私達みたいな下々の者が謁見できるわけないでしょ! ほら、スカーレットが向こうでコカ肉を頼んで待ってるから行きますよ」


 ディアナに押されながらガストが自分達のテーブルへと向かっていく。

 「神話級」の勇者は実は俺とまーちゃんなんだけどね! なんて言えない――


「リスティとクリスが来ないな」

「そのうち来るでしょ、それよりゆーくんのコカ唐揚げもーらい!」

「あっ、やめろよ! 俺まだコカ肉食べるのに抵抗あるからコカ唐揚げ頼んでるんだから――」

「もらいなのん!」

「おい、フェリスまで意地汚いぞ!」


 対面に座っているまーちゃん、そして左に座っているフェリスがフォークを俊敏に動かしながら俺のコカ唐揚げを狙う。

 もちろん俺はそのフォークを必死に迎撃する。

 だが、さすがの俺も二人を相手に守れるはずもなく徐々にコカ唐揚げが無くなっていく。

 そんなくだらない事をしていると後ろから声が飛んでくる。


「ゆーくん、無事だったのですね」

「運のいいやつだ」


 俺は上半身だけ振り返り片手を上げ挨拶する。


「お前達も大丈夫だったか、それにしてもトレジャー・キーパー大きかったな」

「ええ、ところで一体どこにいらしたんですか? 討伐時……」

「うむ、実はな……腹が痛くなってトイレに籠ってたんだ」

「そんな事だろうと思ってたよ」

「こら、クリス。トイレなら仕方ありませんね。まーちゃんはどこに?」


 何でこんなに居場所を聞くんだ? もしかして「王の剣キングスグレイブ」の正体がばれてる?


「私はずっと飲んでたわ。それよりもあんた達こそ何やってたのよ」


 よくやった! まーちゃん。

 てっきり俺は自慢するものとばかり思っていたが……。


「私達は冒険者達に指示を出していました。そして……本物の勇者、いいえ違いますね。本物の――英雄に出会いました!」

「本物の英雄?」

「ええ、「王の剣キングスグレイブ」です。トレジャー・キーパー相手に一歩も引かず兵士や冒険者達を導く、まさに絵本の中で出てきた英雄です。私は涙が溢れてしまって……」


 リスティが両手を胸元で握り顔から蒸気でも出るかのように赤くなっている。

 そういえば演説中リスティは泣いてたっけ――ちとやりすぎたなと俺は後悔する。

 ただ兵士と冒険者達に発破をかけただけなんだがな……。

 良薬も効きすぎれば毒にもなるという事だ。


「そういえばフェリスはあの二人と一緒に戦っていましたよね! その――正体とか……わかりませんか?」


 フェリスがチラリとこちらを見てくる。

 俺はもちろん首を横に振る。


「わからないのん。ドラゴン殺しに来てほしいって言われて行っただけなのん」

「なるほど……ドラゴン殺しは有名ですからね」


 そんなに街中で有名になってるのか? 面倒なクエストを押し付けられないといいが……。


「ああ、一度でいいからお話してみたいです。本当に素晴らしかった。まさに英雄の中の英雄……」


 そんなに褒めないでほしい、背中がむず痒い……。


「ですが私は「王の剣キングスグレイブ」なる人物がこの街にいる事自体知りませんでした」

「そうですね……確かに知りませんでした。いつファルス王国に仕官したのかしら?」

「それにあれほどの人物ならもっと表舞台に出てくるべきでしょう」

「確かに……」


 クリスの言う事はごもっともな話だ。


「何か国にも事情があるのでは? 例えば神話級の勇者を二人も囲っているなんて知られたら他の国との関係に亀裂が入りますし――何か、何かあるはずです」

「そんなもんないわよ」

「え?」


 いらない事を言ったのは当然まーちゃんだ。

 やはりこいつは縄で括りつけて部屋に閉じ込めておくべきだったか……。

 そんな事を考えながら俺はどう誤魔化すかを考える。


「あれじゃないかな、あれだ、あれ……」

「あれ?」

「ええと、そう! 国の最終兵器だからこそ表舞台には出なかったんじゃないか?」

「それはどういう……」

「もし「王の剣キングスグレイブ」が表舞台に出てたら兵士達が訓練を怠るだろ? そういう事だよ」

「なるほど、一理ありますね! さすがゆーくん」

「ふむ、ですがやはり表舞台に出る事で兵士達の士気が高まったりもするのでは?」

「まぁ色々あるんじゃね」


 俺は考える事を諦め、リスティの疑問を適当に放り投げる。

 そうでもしないとクリスとの押し問答がいつまでも続くからだ。


「それよりお前達は食べないのか? 今は勝利の美酒を味わう時だろ?」

「おお、確かにそうだ。私も何か頂こうか」

「そうですね……今は酔いたい気分です」


 そう言いながら二人がまーちゃんの横に座る。

 俺はフェリスの口の堅さに頬を上下に撫で上げる。

 耳を澄ませばやはりと言うべきか、他のテーブルでも「王の剣キングスグレイブ」の話題がちらほらと聞こえてくる。

 中にはガストが「あいつぁ俺の幼馴染なんだぜ!」と言い、ディアナが「兄さん嘘言わないの!」と言っている声まで聞こえてくる。

 二人分の料理と酒が運ばれてきてリスティが酒の入った容器を持ち立ち上げる。

 乾杯でもするのだろうか?

 俺は口にリンゴ酒を含み渋々容器を上げる。


「「王の剣キングスグレイブ」に! 乾杯!」


 リスティの大声に俺は口の中に入れたリンゴ酒を噴き出す。

 だが他のテーブルの面々も立ち上がり「「王の剣キングスグレイブ」に」と言いながら酒の入った容器を掲げる。

 そしてリスティは今までに見た事のないくらい豪快に酒を口の中へと入れる。

 俺はウェイトレスから雑巾を借り自分が吹いた酒を拭きつつ、リスティの様子を伺う。


「それにしても明日から「王の剣キングスグレイブ」の噂で持ちきりだろうな」

「それはもう! 当たり前です!」


 リスティが鼻息荒くテーブルを乗り出し答えてくる。


「「王の剣キングスグレイブ」がいなければこの国は大損害、下手したら滅亡していたのですから!」

「それにしても妙ですね。なぜこの街だったのでしょう?」

「さぁ……何かすごい秘宝でも貴族から献上されて宝物庫に入っていたのでは?」


 俺の聖剣、まーちゃんの聖剣並みの杖、そして身に付けているペンダントが原因だと言う事はリスティやクリスには黙っておこう……。


 俺達はその日冒険者組合で飲み明かした。

 その日は何回も「王の剣キングスグレイブ」に! と杯を掲げる場面があったが、悪い気はしない。

 不意に昔の事を思い出す。

 国に頼まれ人の為に魔物を討伐し、帰ると王国が総出を上げて祝ってくれたっけ……。

 しみじみと思い出して、そしていらないことも思い出す。

 そう、四百年も堕落した生活をつづけた挙句、俺の行きついた人生。

 最後にはドッグフードを与えられた事も……。

 あんな思いは二度とごめんだと思いながら、嫌な思い出を忘れるかのようにリンゴ酒をグイと口の中に含み、そのまま胃の中に収める。

 今日はなにもかも忘れ、ただ酒に酔いたい。

 そんな気分なのだ。

 その日、祝杯は朝方まで続いた。

 




 次の日、俺はまた受付嬢の「緊急!」という声と共に鐘を鳴らす音で目が覚める。

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