第14話 今日はもう寝ようじゃないか
俺はふぅとため息を吐き、露天風呂の湯船に浸かっていた。
ため息と一緒に疲れも抜けていくようだ。
横にはフェリスとまーちゃんもいる。
俺がフェリスの背中を洗ってあげているのを見て、何故か命令形で「私の背中も洗いなさいよ」と言われたので鉄拳を頭頂部に食らわせてやった。
その後色々と騒がれたが一人で洗わせ、こうして三人で風呂に浸かっているのだ。
「まーちゃん、髪の毛を湯船につけるなよ。括っとけよ。それが大浴場のマナーってもんだ」
「うるさいわね」
俺の言う事に渋々腰のあたりまで垂れ下がる金色の髪を上に掻き揚げ、タオルで包み込むように縛る。
それを見つつ俺もタオルを絞った後四角に折り、それを頭の上に乗せる。
「それもマナーなん?」
「ああ、大浴場ではタオルも湯船に入れないからな。横に置いとくか頭の上に置いとくかだ」
「わかったのん」
「フェリスは爺さんと銭湯とか行かなかったのか?」
「家族で行った事はあるん。でもあんまり言われなかったん」
そう言いながら俺の行動を真似てフェリスがタオルを頭の上に乗せる。
絞っていないためタオルに吸収されている湯がフェリスの髪を滝のように落ちていく。
女風呂と男風呂ではマナーが違うのかな? と思いつつ、もっと重要な事を聞く。
「ところで――お前ら女湯行けよ。ここ男湯だぞ?」
「いいじゃない別に。貸し切り状態なんだから」
「誰かが入って来るかもだぞ?」
「魔王が人間相手に一歩も引かないのは知ってるでしょ!」
「いや淑女として、大人として引いてほしいな」
「うちも大丈夫なん! 子供で通るん!」
「こういう時だけ子供扱いか。便利だな」
俺は空にある星々を眺めながら言う。
「ああ……露天風呂は最高だ」
「全くね」
「最高なのん」
この茶色の温泉からは硫黄の匂いが発生し、そこに森林の澄んだ匂いを風が運んでくれる。
その風は匂いだけではなく、風呂から出ている俺の頭を優しく撫でるように過ぎ去り火照った顔の体温を下げてくれる。
「そろそろ私、あがろうかしら……」
「百秒数えたか?」
「私は子供じゃないわよ!」
「今日だけで三回も吐いてるのに?」
「このまま風呂に浸かってたらまた吐いちゃうけどいい?」
さすがに四回目は勘弁してほしい――
しかも風呂場でなんて……そんな事を考えまーちゃんを見るとタオルで縛っていた髪が解放され、ふわりと宙を舞い風呂の湯に優しく着地する。
「仕方ない、あがるか。フェリスも温まったか?」
「温まったのん!」
名残惜しいが渋々立ちあがる。
そして脱衣所へと歩を進める。
脱衣所から宿屋の男性職員か、はたまた宿泊していた勇者なのか――男性が出てきて目を丸くする。
フェリスは子供だから手にタオルを持って駆けていくのは仕方がない――
しかしまーちゃんはどうなのだろうか? 女として恥ずかしいという感情が抜け落ちているのか、それとも見られても何も感じないのか肩にタオルをかけ堂々としている。
男性を通り過ぎてもまるで「威風堂々」と言った面持ちだ。
さすがは魔王と言うべなのか? そんな事を考えつつ俺も脱衣所に入る。
俺は身体を拭き終え、衣服を着ている最中、二人に急かされる。
普通逆じゃないだろうか? 男の方が一般的に早い。なぜなら女は髪を乾かす時間が長いからだ。
それに衣服を着る時間も考えると確実に男の方が早いはずだ。俺は急かされた方に目線を向ける。
「お前達服着ろよ!」
そこにいたのはバスタオルを体に巻いただけの姿をした二人だった。
何考えてるんだ一体――
「何を言っているの? どうせ部屋に帰ればまた脱ぐんだからいいじゃない」
「よくねぇよ……つうか脱ぐなよ。服着たまま寝ろよ」
「何を言っているのか理解できないわね。何故服を着たまま寝るの? 邪魔になるじゃない」
「寝てる最中にモンスターに襲われるとか……ないか」
考えてみたらまーちゃんは魔王で城暮らし、モンスターが出る事がない環境にいた。
四百年魔王城で暮らした俺も経験済みだ。
セバスにも聞いた事がある。
もし出たとしても主であるまーちゃんに知られる事なく排除している――と。
フェリスに至っては時代が近代化したため街にモンスターが出てもすぐに警察、もしくは防衛隊が駆除する。
それに屋敷には家族しかいない上に子供だ。
服を着てなくてもあまりうるさく言われない。
「頼むからせめて部屋までは服を着てくれ。それに風呂上がりのジュースくらい飲みたいだろ? 裸の奴に金を渡したくない」
「仕方ないわね……本当に我儘なゆーくん」
どうやら風呂上がりのジュースは飲みたいらしい。
「うちは銀貨持ってるのん! だから着ないのん!」
「はい没収」
フェリスは俺が渡した銀貨をこれ見よがしに見せて来たので、すぐさまそれを奪い取る。
「なにするん! なにするん!」
「風呂上がりのジュース飲みたかったら服を着なさい」
「ゆーくん鬼畜なのん」
ぷくっと頬を膨らませフェリスも渋々服を着る。
風呂でせっかく疲れを抜いたのに、ここでもまた疲れるのか……と俺は思いながら自分の上着を手に取り羽織る。
風呂場の入り口にあった深めの籠にバスタオルを入れ、外に出る。
そして二人をじっと待つ。
後ろからガラガラと扉が開く音がする。
「バスタオルは入り口の所の深い籠に入れたか?」
「あそこ吐く所じゃなかったの?」
「うちは入れたのん!」
まーちゃんだけが理解しておらず戻っていく足音が聞こえる。
それにしても吐く場所ってなんだ? そんな事をしたら宿の職員が可哀そうだろう……。
「さぁジュースを飲みに行きましょう」
「行くのん!」
「アルコールはなしだぞ?」
「なんでよ!」
「当り前だろ! 今日だけで三回も吐いてるんだぞ。今日はもう我慢してくれ」
まーちゃんは渋々了承する。
その後俺達は受付の扉から出て横にある料理の受付嬢の所に行く。
「いらっしゃいませ。ご注文は何でしょう?」
「フェリスは何飲む?」
「サイダー!」
「そんなのこの世界にあるのか?」
「ありますよ」
「ほぉ――それじゃ俺も同じものを。まーちゃんは?」
「リンゴ酒」
「ちょっと待ってください」
俺はまーちゃんの腕を掴み受付から少し離れて背中を向ける。
「お前俺の言った事理解してないな」
「リンゴ酒」
「うるさい」
「オレンジ酒」
「酒のついてない物を頼む」
「ジン・トニック」
「度数上がってんじゃねぇか! ふざけてんのか」
「酒という文字は付いてないわ」
「サイダーな! もうサイダーでいいだろ!」
「せめてジン・トニックをサイダーで――」
俺はまーちゃんの意見を無視し、受付嬢の所に戻りサイダーを三つ頼む。
すると受付嬢が瓶の蓋をプシュと開ける音が聞こえる。
その後に聞こえてくるのはもちろんシュワシュワという中の炭酸が外の世界を求めて冒険する音だ。
「お待たせしました。サイダー三つです」
「値段は?」
「一銀貨と五銅貨です」
一本五百円か……まぁ宿屋に付いている料理屋だとこれくらいするか。
俺は小袋から言われた金額を渡す。
その最中にも二人は先に飲んで満面の笑みを浮かべ「染みわたる」と言っている。
そんな様子を見て俺も我慢できなくなり一気に飲む。
飲むにつれ、ほとばしる炭酸が喉を刺激し、たった半分ほどで口から離してしまう。
「美味い――風呂上りのサイダーは格別だな」
「ゆーくんの言う通りなのん」
「アルコールがないのは残念だけど、これはこれでいい物ね」
俺達はその後一口ずつゆっくりと噛みしめるように飲む。
まるで火照った体をサイダーで癒すように――
全員が飲み干し空になった瓶を受付に返す。
そして部屋へと戻る。
扉を開けるといつも通りまーちゃんはベッドにダイブする。
フェリスも何故か自分のベッドではなく俺のベッドに寝転ぶ。
仕方ないのでフェリスの横に腰かける。
「あーもう今日は疲れたわ。寝ましょう」
「そうするのん」
「フェリスは自分のベッドに行こうか」
「ここで寝るのん!」
「ベッド四つもあるんだから他で寝なさい」
「ここがいいのん!」
俺はふぅとため息をつき渋々フェリスが最初に使っていたベッド――俺が寝るはずのベッドの横にあるベッド――に寝ころぶ。
「ここがいいのん!」
そう言いながら何故か俺の腹にのしかかる。
結局どのベッドを選ぼうが俺と寝たいだけだったらしく、仕方なく枕を手に取り俺は自分のベッドへと戻る。
「ほら、枕もこれで二つ、布団は一個で十分だ。おいで」
「やったのん! やったのん!」
「ゆーくん――ロリコン」
俺はまーちゃんを睨むが、まーちゃんは立って服を脱ぐ事が面倒なのかベッドの上で陸に上がった魚のようにクネクネした動きをして徐々に服を脱いでいた。
フェリスは喜びのためかピョンピョンとウサギのように跳ねて俺のベッドにダイブする。
その後フェリスは布団に潜り込みつつ鞄の中からぬいぐるみを出し、それを抱きしめて布団から顔だけを出す。
「ゆーくん、おやすみなのん」
「ああ――おやすみ」
「ロリ勇者、おやすみ」
「お前本当に殴るぞ?」
「やだ、こわーい」
こうして俺達の異世界初日は幕を閉じた――
思い返せばあっという間だがまーちゃんがゲロを吐きまくっただけのような気がしてならない……。
今後は酒を控えるようにまーちゃんに注意しよう――
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