痛いの痛いのどこいった?

カゲトモ

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 あ。

 と思った時にはもう遅かった。小さな髪飾りが楽し気に揺れていたかと思うと、走っていた勢いのまま地べたに、べしゃり、と倒れ込んだ。

 数秒倒れ込んだままの幼女。瞬間的に泣くこともせず、驚いているのか、それともまだ倒れたことに気付いていないのか。

 いやまさか。

「奈々子、大丈夫か」

 スモック姿の女の子に近づいて声を掛けると、唇をぎゅっと結んで瞳を涙で潤わせていた。眉をめいっぱい寄せて奈々子は小さく頷く。

 痛いのを我慢していたのか。

両脇を抱えて立ち上がらせてやると、ぎゅっとスモックの裾を握った。その光景につい微笑ましくなってしまう。

「痛いのに泣かなかったな、偉い偉い」

頭をポンポンとしてやると、奈々子は涙目のままニッと笑ってみせた。保育園に入って強くなったんだろうか、少し前まではぎゃんぎゃん泣いていたというのに。

 汚れてしまった所をはらってやると、小さく「いたい」と声が聞こえた。袖を捲ってみると肘の辺りが赤くなっている。血は出ていないが、皮膚が薄く捲れているようだ。これは風呂に入ったら沁みるやつ。

「大丈夫か? 痛くない?」

「・・・いたくない」

 いや、痛いに決まっているだろ。さっきそう言ったじゃんよ。

「奈々子、痛いときは痛いって言っていいんだぞ」

「でも、ななちゃん、おねえちゃんだから」

「お姉ちゃんでも痛いときは言っていいの」

「・・・ほんとうは、いたい」

 悲しそうな顔になって奈々子は言う。お姉ちゃんだから強くならないと、なんて思ったのだろうか。まだまだ小さいのになんか凄いな。

「痛いの痛いの、飛んで行け~」

 空に向かって奈々子の肘の痛みを飛ばしてみせる。小さい頃はよくこうやってしてもらったものだ。本当に痛みは飛んでは行かないけれど、何となく痛みが和らいだような気がするんだよな。

「痛いの飛んでった?」

「ふふ、ちょっとだけ」

「そりゃよかった」

 奈々子が笑ってくれるなら、アーケードの真ん中で痛いことしたって気にならないってね。

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