中ノ瀬直は白魔術師を愛している

七野りく

プロローグ

「ここが踏ん張りどころだぞっ! 気合入れろっ! 具体的には、秘蔵の薬をがぶ飲みしろっ!!」

「その費用は、誰持ち? あ、ギークが持ってくれるわけ?」

「勿論、自腹に決まってんだろうが!」

「はぁ!?」

「何だよっ!?」


 画面上では、大斧を持った重戦士のギークさんと、長剣を持った剣舞士のライラさんがチャットで口喧嘩をしながら、見事な連携を見せ、フロアボスである『鋼鉄巨人』を削っていく。

 ログが流れるのが速い速い。それだけ、攻撃速度が凄いのだ。

 

 ……相変わらず仲が良いことで。

 

 盾役である『聖騎士』の撫子さんは、その間もタゲをしっかりキープ中。大楯で、巨大な剣の一撃を捌いている。流石だ。

 その横では『踊り子』のフジさんが舞って、三人を支援。

 獣人族のイケメン男性キャラ、かつ人気ジョブの『踊り子』。まぁ、人気が出るのも分かるというもの。今日はよく来てくれたなぁ……嬉しい。

 おっと、あの『鋼鉄巨人』のモーションは……撫子さんに麻痺回復! 

 ――あー相変わらず速いですな……逐次回復魔法に切り替えて、撫子さんへ。

 僕の隣にいるキャラから直接チャットが飛んでくる。


『ナオさん、注意散漫です。遅いです。数少ない取り柄なのに。遂にいらない子行きですか?』

『酷っ! ミネットさんが速過ぎるんですよ! 幾ら『吟遊詩人』に状態異常回復があるからって、僕の、『白魔術師』の数少ない見せ場を奪わないでくださいっ!』

『嫌です。私の今年の目標は、ナオさんに、最初の防御魔法以外は、一度たりとも魔法を撃たせずして戦闘を終える、ですから。HP回復の曲も実装されましたし』

『……鬼や、鬼の子がいる……しかも、この人ならやってのけそうで怖いっ!』

『人は不可能を可能にする生き物です』

『人って……貴女、天使族じゃ……』

『細かい事を気にする男性はモテませんよ? まぁ、ナオさんがモテないのは分かっていますけど』

『そ、そんな僕だって、僕だってリアルではそれなりにモテるんです! 中学最後だった今年のヴァレンタインデーだってちゃんと……』

『へぇーふーん、そうなんですか。具体的な証拠がないと無価値ですよね、このやり取り。まぁ私はモテますが』

『言ってる傍から、自分はモテる宣言!? ぐっ……だ、だけど、どうしてだろう……否定出来ない自分がいるっ!?』

『ふふふ……毒が効いてきたようですね』

『ど、毒、ですって?』


 目の前では『鋼鉄巨人』のHPがどんどん削られてゆく。それでいて、ほとんど攻撃も喰らわないものだから手持無沙汰。あーあー回復魔法が撃ちたいー。

 ……まぁ僕以外の人達からすると、このボスはもう大分前に倒した相手だし、こうなる事は予想出来た。

 何せ、この5人は最先行組。フロアボスのクリア動画を真っ先に投稿するような人達だ。これ位は朝飯前なのだろう。

 と言うか……僕、いなくても勝つんだろうなぁ……。それでもきちんと仕事はしますが。それが白魔の心意気!


『ナオさんにはこの1年間、事あるごとに囁き続けてきましたから。リアルの私も凄く可愛いですよ? って』

『た、確かに言われてた気がする……! ま、まさか、その毒が遂に僕の脳を……な、なんという事だ……』

『次は、私にだけしか可愛いと言えないように洗脳すれば任務完了です。今度は、どなたかへリアルでやってみましょう』

『ひ、人知れず洗脳の実験材料にされてた!?』

『大丈夫ですよ。怖くありませんから。ちょっと他の女の子にモテなくなるだけです』

『人生に止めをさされちゃう!』


 チャットしつつも、その間超高速で状態異常回復が飛び交う。勿論、逐次回復や、打撃緩和も忘れずに。

 それにしても何たる不覚。

 

 ……曲の方が発動は遅い筈なのに、八割しか勝てないなんて……。

 

 相変わらず何という技量! 素直に称賛せざるをえない!

 ……と言うか、何故にそこまで張り合ってくるのか。そこまでして、白くて可愛い僕が憎いと!?

 ま、まぁ白魔の装備は可愛い系が多いから無理も


『一片たりとも思っていません。詩人の方が優雅です。綺麗です』

『し、思考まで読むのは止めましょう。あ、終わりますね』


「よっしゃ! これで、終わり」

「はい、止めー!」

「なっ!? おま、ちょっ」


 ギークさんがアビリティを発動した隙をついて、ライラさんが剣技を発動。

 轟音と共に、『鋼鉄巨人』が倒れ、消えていきます。

 同時にファンファーレとムービーが始まり――。


※※※


「お疲れ様でしたー! 今日は本当にありがとうございました!」

「いいってことよ。暇だったしな。それじゃ、俺達は戻るわ」

「そーそー。ナオ君、こいつ、もっとこき使っていいんだからね?」

「どうしてお前が決めるんだよ!」

「毎日、朝・昼・晩と御飯作ってるのは誰かしら?」

「…………」


 ギークさんのキャラがその場で土下座。そのまま消失。

 二人は夫婦でこのゲーム――『剣魔物語Ⅱ』を楽しんでいるらしい。まぁ、実際にリアルで会ったことはないけれども。


「では、私はこれで」

「撫子さん、ありがとうございました!」

「また誘ってください。楽しかったです」


 兜を取り、エルフの綺麗な金髪をなびかせつつ、撫子さんのキャラが転移していく。前に聞いた話だと大学生らしい。


「あ、ボクもそろそろ帰るねー。ナオっち、今日はありがとねー」

「フジさんもありがとうございました」


 手を振りながら、フジさんのキャラも転移。

 彼? は僕と同じ今年から高校生だそうだ。

 

 ――4人共、転移した先は古都『カランオスト』。今の最前線だ。

 

 僕がそこに辿り着けるのは何時になることやら。先は長い。と言うか、果てしない……。

 4人がパーティから抜けた。さて、僕も帰ろう。礼儀として、隣の天使さんが戻ってからだけど。


「ミネットさん、今日は」

「……ナオさんはどうして、白魔に拘るんですか?」

「へ?」

「今のゲームバランスだと白魔はとっても不利です。レベル上げ主流の高速戦闘だと、出番はほぼないですし、大規模戦闘でも、薬品と他のジョブがいれば何とかなってしまいます。だから、まだ古都にも来れない」

「んーと……ありがとうございます。でも、僕は白魔が好き――いえ! 愛してますからっ!」

「……誰が良い話風に言えと。あ、それと、私これから数日はログインしませんから。泣かないでくださいね?」

「はぁ」

「反応が鈍いですね。そこは、悲しむところでしょう」

「やったー」

「……まだ洗脳が足りないようですね。まぁいいです。追々です。それでは私も戻ります。お休みさない」

「ありがとうございました。お休みなさい」


 可愛い天使さんが転移し、パーティから離脱。

 珍しい。何時もは眠くなるまで延々とチャットが続くのに。

 

 ……しかも、あの僕と同い年らしい廃神さんが数日休む?

 

 思わず、コントローラーを放し、リアルで呟く。



「……明日は雪でも降るのかな? もう6月で30度越えらしいけど」 

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