お姉ちゃんは君の将来が心配です

コロ助

第1話

 高村 真琴まこと/23歳/女性/職業(IT企業、技術職)/彼氏なし/実家暮らし


 プロフィールといえば、こんなものだろうか。ちなみに私の保身の為に言っておくが、23年間ずっと彼氏がいなかったわけではない。私もそれなりに男性とのお付き合い経験はあるのだが、ある事が原因で長続きしないのだ。

 最短で1日、最長でも3ヶ月…。

 3ヶ月続いたときには、感動してホロリと涙が出たものだ。その時の彼とは遠距離だったから、3ヶ月の間に会えたのは実質2回だったんだけれども。

 ……改めて思い返してみると、何とも情けない。溜め息を吐くと、隣から名前を呼ばれた。やるせない気持ちになっていたので、諸々の原因となっている声の主を無視した。無視に無視を重ねた結果、3回目で肩を掴まれ無理矢理振り向かされた。



 全ての原因となっているのがこの子。弟のしゅん。凄まじいシスコンである俊ちゃんは、私に彼氏ができる度に相手に対して何かするようなのだ。元カレに何をされたのか聞き出そうとしたんだけど、怖くて言えないと口を閉ざしてしまった。

 …俊ちゃん、君のせいで私は確実にお嫁に行けない気がしているからね。


 ちなみに私と俊ちゃんは6歳の年の差がある。彼はピチピチの男子高校生。土日は部活で忙しい俊ちゃんだが、今日は滅多にないお休みらしい。休みぐらい友達と遊びに行ったらいいものを、家でダラダラと過ごしている私の横で漫画を読んでいる。


「何かね、俊ちゃん。」

「今日は出掛けないのか?」


 相変わらずデフォルトが無表情の弟が、漫画から顔を上げて聞いてくる。姉の私が言うのもなんだけれど、かっこいい顔をしているのだからもっと笑えばいいのにといつも思う。


「あ、そういえば彼氏と約束が…。」

「…は?聞いてねぇけど。」

「うん、今言ったからね。じゃ。」


 ソファから立ち上がって一歩踏み出したけれど、次の瞬間には再びソファに座っていた。右手を掴んでいる俊ちゃんから胡乱な目を向けられる。


「彼氏って?いつできた?俺知らねぇんだけど。」

「うん、嘘だからね。」

「嘘?」

「いや、俊ちゃんがどんな反応をするかなと思って。それに数か月前に前の人と別れたんだから、そんなにすぐ彼氏なんて出来るわけないでしょう?」

「わかんねぇじゃねぇか。」

「俊ちゃんも社会人になれば分かると思うけどね、働くと出会いって全然無くなるものなのよ。むしろ高校生の俊ちゃんが羨ましいよ。俊ちゃんは彼女できた?」

「いねぇ。」

「可愛い子とかいないの?」

「興味ねぇ。」

「勿体無いなー。俊ちゃんかっこいいのに。俊ちゃんは今日出掛けないの?」

「部活は休みだからマコと一緒にいる。」


 ……出たよシスコン。でもまぁ私も可愛い弟に慕わられて嬉しくないわけがない。いつの日か俊ちゃんに彼女ができたら、こうやって一緒に過ごしてくれることも無くなるんだろう。そう考えると、俊ちゃんへの対応も甘くなるというもので。


「じゃあ一緒に映画でも見に行く?」

「行く。」

「即答だね…。私は準備してくるから、見たい映画を選んどいて。」

「あぁ。」


 ***


 私が着替えと化粧を終えて戻ってくると、俊ちゃんも着替えを終えて待っていた。ムカつくぐらいにスタイルがいい弟が、ムカつくぐらいにカッコよく服を着こなしていたので、とりあえずグーで軽くお腹を殴っておいた。……硬かった。


「…何すんだ。」

「私も俊ちゃんみたいにスタイル良くなりたいよーっていう想いを込めてみた。」

「マコは可愛い。」

「ありがとー。じゃ行きますか。映画は決めた?」


 いちいち俊ちゃんの褒め言葉に反応していたら疲れてしまう。流すのが一番だ。ここ数年での私のスルースキルの上達は凄まじいものがあると思う。


「あぁ予約しといた。」

「マジか。お主、できる男だな。褒美に今日はお姉ちゃんがおごってあげよう。」

「いつもじゃねぇか。」


 俊ちゃんが奢られることを嫌がるのは知っている。でもこう見えて、お姉ちゃん稼いでるから気にしなくていいのよ。それにまだ学生なんだから、自分のためにお金を使いなさいね。


 不満そうな顔をしている俊ちゃんの背を押して家を出た。歩き出すとすぐに手を繋がれる。毎回の事だから言うのも疲れたんだけど、何故か恋人繋ぎというね…。


「俊ちゃん…。」

「ん?」

「いつも言ってることだけどね。私なんかと手繋いでると彼女ができなくなっちゃうよ?」

「別にいい。」

「…うん、そうか。」

「マコに変な虫がつかないようにしないと。」

「俊ちゃんは心配性だねぇ。こんな私をいちいち気に留める人なんていないと思うけどね。」

「マコは大人しく俺の言う事を聞いていればいい。」


 俺様!何が原因でこんな風に成長してしまったんだろうか。まさか、友達とかクラスメイトにもこんな態度取ってないよね?お姉ちゃんは君の将来が心配です。


***


 電車に乗って、映画館が入っているショッピングモールに移動する。休日ということもあり、ショッピングモールは大勢の人でごった返していた。


「映画って何時から?」

「2時から。」

「あと1時間くらいあるね。何か食べよっか。俊ちゃんは何が食べたい?」

「マック。」

「マックでいいの?せっかくだからもっと違う所にしたら?」

「いい。行くぞ。」


 多分、奢られるのが嫌だからマックって言ったんだろうなぁ。いちいち可愛いんだから。ちょっとニヤニヤしながら俊ちゃんを見ていると、手を少し強めに握られた。……普通に痛い。


 丁度お昼時で混んでいたけれど、無事に席を確保することができた。


「潤はテリヤキ?」

「お、良く分かってるね。うん、テリヤキにする。」

「じゃ、座って待ってろ。」

「いいの?じゃあお言葉に甘えさせていただきます。」


 満足そうに頷いていった俊ちゃんが微笑ましくて、幸せな気持ちで待つ。手持無沙汰になった私はスマホをポチポチ操作しながら時間を潰していると、手元に影が落ちた。


「早かったね。俊ちゃ…、」

「お姉さん一人?」


 誰だ。明らかに私より年下であろう男性2人が目の前に立っている。私に何用なんでしょうかね。セールスならお断りです。


「何か用ですか?」

「一人で暇そうにしてるから、俺達と遊びに行かないかなぁと思って。」


 コイツら駄目だ。普通、マックでナンパする?もっと場所を考えなさいよ。


「一人じゃな…、」

「…何してんの。」


 オーマイガッド。めちゃくちゃ機嫌の悪い声が耳に入ってきた。これは機嫌を戻すのが大変そうだ。2人の男性が振り返ると、そこには眉間に凄い皺を寄せた俊ちゃんが立っていた。


「この人、俺のだから他を当たって。」


 俊ちゃんの迫力に圧倒されたのか、二人はそそくさとこの場を去って行った。俊ちゃんがテーブルに買ってきてくれたハンバーガーやポテトの乗ったトレーを置く。


「マコ。」

「何でございましょ。」

「何であんな奴らに声かけられてんの?」

「知らないよ。それより買ってきてくれてありがとね。食べてもいい?」

「まだ駄目。」


 美味しそうなポテトを目の前にして食べれないとは何の拷問?私、悪いこと何もしてないんだけど。恨めしそうに俊ちゃんを見つめてみたけれど、効果なしだった。


「俺が買いに行ってる間、何してたわけ?」

「スマホいじってただけだよ。」

「本当か?」

「本当だって。」

「…次からは気を付けろよ。」


 何を気を付ければいいのか分からなかったけれど、とりあえず頷いておいた。ここで何か反論すれば、私のポテトへの道が遠ざかってしまう。


「食べていい?」

「いいよ。」


 苦笑しながら頷いた俊ちゃんに構わずポテトを頬張る。うまうま。


「美味しいね。」

「あぁ。」


 この子、本当に高校生なんだろうか。落ち着きすぎなんだけど。他愛無い話をしながら映画の時間まで時間を潰す。どうやら俊ちゃんはそれなりに高校生活を楽しんでいるらしい。部活帰りに遊びに行ったり、休み時間に友達と喋ったりするのが楽しいとのこと。


「じゃあ家にも友達を連れてきたらいいじゃん。」

「マコがいない時なら。」

「え、何で…。」


 ちょっとショックだよ。自分の姉がこんなのだと知られるのが嫌とか?私の表情で何を考えているのか分かったらしい。俊ちゃんが違うと首を振った。


「マコに会わせると、また家に来たいって言いそうだから。アイツら。」

「別にいいじゃん。」

「良くない。それよりそろそろ時間だから行くぞ。」


***


「俊ちゃん、私が思うにね。ここはカップルシートだと思うんだ。」

「そうだけど。」


 うん、だよね。もう当たり前のように返した俊ちゃんに、聞いたこっちがバカなのかと思ってきたよ。映画館に着いて自分たちの席を探してみれば、そこは二席分がくっついた所謂いわゆるカップルシートというやつだった。ソファのような形で、カップルがくっついて映画を見れる仕様になっている。


「早く座ったら。」


 既に座っている俊ちゃんに手を引かれて腰を下ろす。すぐさま腰をグイッと引かれて、俊ちゃんとピッタリとくっつく体勢になった。…もう何も言うまいよ。俊ちゃんのスキンシップが年を重ねるごとに酷くなっているように感じるのは、気のせいじゃないはず。


「そろそろ始まるから覚悟しとけよ。」

「え?」


 あ、そういえば何の映画を見るのかを聞いていなかった。ニヤリと笑った俊ちゃんに嫌な予感がする。辺りが暗くなり、スクリーンに映像が照射される。次の瞬間には私の手から汗が止まらなくなっていた。…始まった映画は今年一番怖いと話題のホラー映画だった。


***


 何とかビビったのを出さずに映画を見れたと思う。たまに目を瞑ったけれど、俊ちゃんにはバレていないだろう。映画館を出て太陽の光に当たると、一気に肩の力が抜けた。


「怖かったか?」

「…別に。」

「そうか。」

「その顔は何よ。ニヤニヤしちゃって。」


 ムカついたので頬を抓ってみたけれど、何故か更に嬉しそうな顔をしたのですぐに離した。


「ドMか!」

「ちげぇよ。ビクビクしてたのが可愛かったと思ってな。」

「…………。」

「でも怖いシーンで目を瞑るのは反則だな。」

「何で知ってるの!?」

「そんなのマコを見てたからに決まってるだろ。」


 もう駄目だコイツ。どんだけシスコンなんだよ。どうにかして姉離れをさせないといけないと実感した1日だった。

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