誰も知らなくてもいい恋の話
さつき けい
第1話 舞踏会にて
ある国の王宮で、その夜は舞踏会が開かれていた。
一応国王主催となっているのだが、今回は少し趣が違っている。
会場は王宮の王族が住む建物から渡り廊下で繋がった別棟。
入り口では厳重に出入りする者を管理しており、並んで待っている着飾った若い男女は緊張の面持ちであった。
「所属と階級、名前を言え」
「は、はい。私は宮廷楽師でー」
「次!」
「はい!。自分は第一近衛兵団でー」
その日催された舞踏会は、王宮内で働く未婚の男女を引き合わせるための、いわゆる出会いのための宴だったのである。
「どうですか。事務官殿」
出入り口を固めている壮年の一団に、まだ若いが煌びやかな服装の青年が声をかける。
「はっ、王太子殿下。今年も紛れ込もうとした者は数名おりましたが排除しております」
既婚者はもちろん、婚約者がいる者もここには招待されていない。
くっくっと王太子は笑う。
「やっぱりね。どうして相手が決まっているのに出会いを求めるのかな」
そう言われて事務官も苦笑いを浮かべる。
「未婚の魅力的な女性士官など多数おりますからなあ。気持ちはわからないでもー、あー、こほん」
本心なのか冗談なのか判らないが、巌つい顔の割にはその雰囲気はやさしかった。
尋問のような入り口を抜け長い廊下を渡ると、係りの従者がゆっくりと別棟の扉を開く。
溢れる光と音楽。大勢の若い男女の声が聞こえてくる。
「はー、もう帰りたい」
「だめですよ、副長。ほら、笑って笑って。また逃げられちゃいますよ」
第二魔術師団の副長である女性は、長く真っ直ぐに腰まで伸ばした藍色の髪を今日は結い上げていた。
細身の体は見かけより鍛えられており、派手さはないが美人の域に入っている。
ここまで彼女を引っ張って来た部下の女性はその背中を押す。
着慣れないドレスの裾を踏みそうになりながら、上司である女性は会場の中ほどへと移動していく。
「珍しいな。お前がこんなことろに来るとは」
聖騎士団の軍服を着た、さわやか青年が声をかけてきた。
がっしりとした体格に黒の短髪、陽に焼けた肌に白い制服が良く映える。
「すみませんね、場違いで。この間の遠征のせいです」
第二魔術師団は少し前に行われた聖騎士団の魔物討伐の遠征に同行し、かなりの戦果を挙げていた。
女性副長は、今日はそれを祝うためでもあると説得されて連れ出されたのだ。
「だろうな。男嫌いのお前がこんなところに顔出すわけないもんな」
半分呆れたような顔で聖騎士の男性はため息を吐く。
実をいうと教会所属である聖騎士団も王軍ではないので、本来ならここには呼ばれないのだが、今回は遠征の成果を祝う式典でもあることで参加を許されていた。
会場の男性たちがいつもと違う着飾った彼女に話しかけようと近づく。
しかし、彼女は顔を真っ青にしてじりじりと部屋の隅へと逃げている。
聖騎士の男性はため息を吐き、彼女に向かう視線を遮るように立った。
「ほれ、あっちに料理が並んでるからそっちへ行け」
「うん。ありがとう」
急いで離れて行く彼女を見送り、聖騎士は舌打ちをしている男性たちと睨み合う。
この聖騎士は遠征での彼女の世話係だった。
「あれは酷かった」
思い出すのは遠征中の彼女の行動である。
全く男性兵士を寄せ付けなかったのだ。
彼女付きの部下がすべて間に入って処理をしていた。
「こんな上官の下だと君も苦労するな」
と言ったら、
「これはこれで可愛いからいいのです」
と返された。
確かに彼女は「爆裂」と称される炎と風の合成魔法を得意としており、その威力は魔術師の中でも非常に高い。
その近寄りがたい魔術師様の可愛いらしい部分なのだという。
最初は分からなかったが、短くない遠征の間に彼にも少しづつそれが分かってきた。
事情を知らない者は彼女が高飛車に振る舞っているように見えるだろう。
彼女は遠征中、本当に男性たちからの評判が悪かった。
しかし聖騎士の代表として彼女に接していた彼は、最初は他の兵士たち同様に逃げられてばかりだったが、そのうち男性の前では唇を噛みしめて耐えているのが見えてきた。
なるほど、可哀そうで可愛いと思った。
それからは他の男性から彼女を守り、何くれと世話を焼いた。
聖騎士の男性は彼女をがんばってる子供のように扱い始めたのだ。
やがて彼女はこの聖騎士に異性を感じなくなり、今では兄妹のような仲になっている。
☆ ☆ ☆
その遠征の間、一時的に第一魔術師団が補給のために合流したことがあった。
第一は男性が多く、貴族などの上流階級の子弟が多い。派手な戦闘を好み、出世欲の強い者が多くいる。
第二は庶民出の者が中心で、女性や体力的に劣る者が多く、前線より後衛の補助的役割である。
第一魔術師団には聖騎士の男性の親友がいた。
下級貴族家出身で、若いが実力を認められて副長の地位にいる。
「ありゃ、第二魔術師団の副長か」
「ああ、男嫌いで有名だが、ようやく慣れてきたところだ」
「そうか、大変だな」
親友が痛ましい物を見る目で彼女を見ていることに気づいた。
「彼女のことを何か知っているのか?」
夜、人気のない場所で酒を飲みながら切り出すと、親友は目を伏せてため息を吐いた。
「誰にも言うなよ」
彼女とは同じ魔術師学校の先輩後輩だったそうだ。
「俺は卒業した後だから詳しくは知らんが」
当時、生徒は全て寮生活だった。
庶民出の彼女はその才能を妬まれ、何度も嫌がらせを受けていた。
そして、卒業を間近にしたある日、貴族の子弟に無理矢理部屋に連れ込まれるという事件が起きた。
彼女はその時、相手の男子生徒二人に魔法の暴走で重傷を負わせている。
「それで、男嫌いか」
「ああ、近寄るだけで気を失うくらいに」
今ではだいぶ落ち着いてきたようだが、
「怖いんだろう。また無意識に相手に大怪我をさせてしまうかもしれないことがな」
そう言って親友は一気にカップの酒をあおった。
「魔術師なのに、そんなに鍛えてどうする」
事件の後、彼女は周りの制止も聞かずに魔法以外の剣術や体術も習い始めた。
「怖いなら怖くなくなるくらい自分が強くなればいいんだ」
そう信じて身体を鍛え続けた。
今では魔術は元より、素手の彼女にさえ勝てない男性兵士もいる。
☆ ☆ ☆
舞踏会は滞りなく進んでいる。
こういう時、女性は損だと男嫌いの魔術師は思う。
きらきらとした宴は、彼女には女性に「か弱いこと」を強いているような気がする。
第二魔術師団の副長にまで昇っても「愛想がない」と男性士官には嫌われている。
同僚には妬まれ、後輩には近寄りがたいと言われ、どうすればいいのかわからない。
魔術師の女性副長は、つくづく軍は男社会なのだと思う。
「ま、男なんて近寄りたくもないけど」
それでも、仕事の上ではなるべく話しもする。
事情を知る周りの女性兵士たちが何気なくかばってくれるお陰だ。
第二魔術師団副長である女性は、褒賞の式典が終わると一人でそっと庭に降りた。
あまり建物から離れると魔法柵があるのでそれ以上は無理だが、音楽の聞こえる範囲なら離れても平気だ。
庭園の大きな噴水の周りは、囁き合う男女の姿もちらほらと見える。
正直、彼女はそれをうらやましいと思うこともあった。
頼れる相手、心から信頼出来る相手がいれば自分も少しは楽になるだろう。
「でも仕方ないじゃない。こっちを見てるって感じるだけで虫唾が走るんだもん」
男性の視線を感じるとそれだけで身体が強張るのだ。
ここなら誰も来ないだろうと、魔法柵のすぐ近くの
音楽が遠くに聞こえる。
ほうっと明るい月を見上げていると、かさりと草を踏む音がした。
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