第13話

 ゆっくりと動いていた機体だったが、やがて加速を開始する。それに合わせ、エンジンの音も大きくなっていく。


「……なんか、怖いですね」


 リニックがぽつりと呟いたその言葉は、隣に座っていたレイニーに届いていたようだった。


「何よ、リニック。男のくせに、我慢強くないのね?」

「そういう、君は怖くないのか?」


 レイニーはそれを聞いて、首を横に振った。


「私は怖くないわ! この日に備えて色々と特訓を積んできたんだものね!」


 同時にぼん! と何かが弾ける音がする。

 それを聞いた彼女はきゃあ! と声を上げた。


「特訓が、何だって?」


 ニヤニヤしながら彼女を見つめるリニック。

 それに対してレイニーは未だ意地を張っているようで、


「う、五月蝿いわね! 私だって経験したことのない事象ですもの! 少しぐらい怖がることもあるわよっ」

「でも、さっきは『怖くない』って」

「それはそれ! これはこれ!」


 はっきり言って、理不尽極まりなかった。

 さっきの爆発音はどうやらエンジンの音だったらしい。そして、その音はさらに激しさを増していく。

 その激しさと共に揺れも大きくなっていった。ロケット(もうこの際ロケットだかスペースシャトルだかどうだっていいが、とにかく便宜上こう呼ぶとして)に乗ったことのないアンダーピースの面々はその振動を身体で実感していた。

 そして、最後にふわりと浮かんだ感覚があった。


『ご乗車の皆様に、ご連絡します。当機は離陸しましてこれから大気圏外に出ます。しばらく揺れが続くため、シートベルトはまだ締めていただきますようお願い致します』

「た、大気圏?」

「アースの周りに空気があるじゃないですか。その空気を閉じ込めておくための膜ですね。オゾンという物質で覆われていると聞いたことがありますが……」


 メアリーの言葉にリニックは答える。流石は大学生だけのことはある。知識だけは誰にも負けないようだった。

 それを聞いたメアリーはふうん、と聞いているんだか聞いていないんだか分からないような声を上げて、


「でも、その膜に穴を開けたら空気が漏れ出るのではなくて?」

「……オゾンも気体なんですよ。だから、膜と言っても気体の膜なので、仮に僕たちが乗る船が穴を開けたとしても直ぐに復活するんですよ」

「……へえ。まだまだ不思議なことがあるのねえ……。百年以上生きているけれど、初めて知ったわよ、そんなこと」


 その後は何事もなくゆっくりとなっていき、やがて『無重力』となった。


『お待たせいたしました。現時刻をもちまして、自動運転に切り替えさせていただきます。また、シートベルトも解除していただいて構いません。なお、現在は宇宙空間上を飛行しているため、「無重力」状態にあります。ご注意ください』

「無重力?」

「要するに重力が無いんですよ。言ってしまえば、僕たちを地面に縛り付けているエネルギーが重力なんですけれど、それが無いということはどういうことか分かります?」

「馬鹿にしてるの?」


 流石のメアリーもこれには怒り心頭らしく、


「私はこれでもラドーム学院を首席で卒業しているんだからね。まあ、世界を救うために何年か留年したとはいえ」


 鼻高々にそう言うが、現在ラドーム学院は存在しないため、彼女の地位も無いに等しい。


「……まあ、いいわ。つまり、重力が無いってことは、天地がはっきりしないってことでしょう? 要するにふわふわと、」

「あれ? もうシートベルトを外していいとアナウンスしたのに、未だ外されていないんですか?」


 メアリーが言いたかったことの具現化をしに来たかのように、リストがふわふわと浮かびながらこちらにやってきた。

 手すりに捕まらないと制御出来ないためか、手すりに捕まりながらゆっくりとこちらに向かってくる。


「……つまりは、こんな風になるのでしょう?」

「分かってました、それ?」

「五月蝿いわね! ぐちぐち言ってたらモテないわよ」

「いや、そう言うつもりで言ったんじゃないんですけれど……」


 メアリーと話を続けていると怒られてばかりだと実感したリニックは、会話相手をリストにスライドさせていく。


「ところでリスト、自動運転と言っていたが先ずは何処に向かうつもりだ?」

「取り敢えずカトルにしておきましたけれど。ダメなら変えますが」

「いや、それで良いわ。カトルには剣を守るために用意した『盾』が居るから」

「盾?」

「メリア・シールダー。かつて偉大なる戦いでその身を削った『英霊』とも呼べる存在。……そして今は、剣を守りし盾となりて、剣を手に入れようとする者に試練を与える存在よ」

「試練を与えし存在……ですか。本当にそんな存在が?」

「もともとシルフェの剣は、幾つかに分かれていたのよ。だからフルは……かつての『勇者』はそれを使いこなせなかった。当然よね、その頃はまだ宇宙に進出出来る力が無かった。オリジナルフォーズを斃すことの出来る力が無かった理由は、そこだった。二千年もの間、エネルギーを蓄積し続けて来たのに。その剣を、私たちは使う手段を知らなかった」


 まるで積もり積もった想いを吐露するかの如く、話し始めた。


「だから、百年前はあんなことを引き起こしてしまった! もしも誰かが一瞬でも、ほんの一瞬でも! 宇宙に目線を向けていたら何か変わったかもしれなかったのに!」

「総帥!」


 そこまで言ったところで、制止したのはサニーだった。


「過去を悔やんで何になる。未来への糧となるというのか? ならないだろう。後悔は意味をなさない。いや、それどころか前進を妨げる害悪だ。そんなものを考えている暇があるなら、前を見てくれ、総帥。あんたは、俺たちのリーダーじゃないか」


 サニーの言葉を聞いて、メアリーは言葉を止める。

 しかし、積もり積もった想いは未だ有り余っているようで、彼女はそのまま泣き出してしまった。


「うわああああああん……!」

「やれやれ、また始まったの。過去なんてどうだっていい、とサニーが言ったばかりなのに」


 ライトニングはそう言うと、メアリーのおでこに触れた。


「いったい何を……」

「見ていれば、分かるの」


 すると、メアリーのおでこから何か黒い靄が出てきた。

 その靄はそのままライトニングの手に吸い込まれていくと、それに染め上げられるように彼女の腕が黒く染まっていく。


「今回は……流石に量が多いの」

「無理するな、ライトニング!」

「良いのよ……、眷属は、この『常闇の女王』は、メアリー・ホープキンに仕えるために存在している。メアリーの痛みを取り除けるならば、この命を賭しても構わないの……」

「だが!」

「…………終わったの」


 そこで、靄の排出が終わった。

 メアリーは泣き止んでいた。そして、ケロっとした表情で、二人を見つめていた。


「……ごめんなさい、また二人に迷惑をかけていたようね……」

「良いの、別に、良いの」


 リニックとリストは何が起きているのかさっぱり分からなかった。

 しかしながら、リニックは何となくであったが、感じていた。

 彼女たちには、普通の『仲間』ではない、何処か歪な関係があるのだということに。



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