神無き国 言触れの日
作楽シン
序章
はじまりの日
新しい年のはじまりの朝。雪の降りしきる中、年老いた巫女は鎮守の森を歩いていた。
禊のために、大池へ向かう。細い道の脇には、たくさんの椿が植わっている。その椿が、赤に白に、いっせいに花をつけていた。雪の積もる道の上にも、赤い花が落ちている。まるで敷物のように。
この国は太陽の恵みを失っている。森も土地が痩せて、こんなに花をつけたことがない。見たこともない光景に、巫女はおののきながら花の上を歩いていた。
大池のそばには、ひときわ大きな椿がある。その椿もまた、たくさんの赤い花をつけていた。雪の上にあふれるほど花首を落としていた。
その根元に、巫女は小さな光を見た。
「司!」
巫女を探す声がする。
「ここもこんなに咲いたのですね」
白い衣服を着た若い巫女は、雪を埋め尽くす花びらの上を、おっかなびっくり歩いてくる。
「里の椿が、玉垣もいっせいに咲いています。皆何事かと大騒ぎで。こんなのはじめて見ました」
司のそばに来て、興奮した様子で言いきってから、言葉を失って立ち尽くす。
雪の中、椿の根元に、赤子が眠っている。光にくるまるようにして。一体どうして、こんなところに赤子がいるのか。司がそっと抱きあげると、赤子は火がついたように泣きだした。
小さな拳を握りしめる赤子を見て、司は微笑んだ。
「元気な女の子だ」
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