自己弁護人がいてくれればオーバーキル

ちびまるフォイ

誰が為の弁護人

「はい、じゃあこれお願いね」

「あっ……」


「だいたい、あんたっていつも中途半端なのよ」

「ごめんなさい……」


今日も何も言えずにそのまま家にひとりでご飯を食べていた。

つけていたパソコンの文字が目に入る。



【 気弱なあなたのために 自己弁護人 をつけませんか? 】



数日後、俺のところに自己弁護人が到着した。


「はじめまして。これからあなたのおはようからおやすみまで

 すべてを弁護させていただきます。弁豪人Aです」


「なんでAなんですか?」

「親が市役所でふざけたもので」

「本名かよ!!」


自己弁護人は職場にもついてきた。

そして、今日も仕事が舞い込んできた。


「それじゃ、今日もこれお願いね」


「あっ、あの……」


「ちょっと待ってもらっていいですか?」


弁護人がずいと肩を割り込ませてきた。


「依頼人は拒否しています。これ以上の無理強いはパワハラにあたるのでは?」


「パワハラって……」


「それに、本当にその作業は依頼人が請け負うべき作業ですか?

 ちゃんと精査しましたか? 正しい担当といえますか?」


弁護人のゆずらない態度に部長は出していた書類をひっこめた。


「じゃあ、君には頼まないよ……」


「ほ、本当ですか!?」


入社して初めて残業をしない日が訪れた。


「やりましたね、依頼人」

「はい!」


気分よく家に帰ると、待っていたのは不機嫌な恋人だった。


「え……どうしたの?」


「前から言おうと思っていたんだけど、この部屋汚すぎ。

 だいたいね、あんたっていつもだらしなくて――」


彼女は待ってましたとばかりに矢継ぎ早な言葉を重ねる。

ここでも弁護人が肩を割り込ませた。


「ちょっと、待ってもらっていいですか?」


「え? 誰よあんた」


「この人の弁護人です」

「はぁ……」


「部屋が汚い、そうですね、いいでしょう。

 だらしない、そうですね、対応しましょう。

 しかし、その先の言葉は依頼人個人への人格攻撃なのでは?」


「そんなつもりは……」


「ここは依頼人の生活スペースでもあるんです。

 あなたはその場所に出入りしている、いわばゲスト。

 むしろ、あなたがあわせてしかるべきでは?」


「恋人を招く部屋になってない、って言ってんの!」


「合鍵で入ったのはあなたでしょう?」

「だとしても、毎日掃除すべきよ」


「では、あなたは誰かに勝手に冷蔵庫を開けられて

 魚肉ソーセージがないと怒られたらどう思いますか」


「それは……でも……」


「依頼人は改善の意思を示しています。

 あなたのストレスのはけ口にこれ以上利用するのはモラルハラスメントですよ」


彼女が言い負かされる瞬間を今世紀はじめて見た。

彼女には悪いが正直に痛快だった。


「ありがとう、弁護人さん!」

「いいえ、これも依頼者のためです」


翌日、家に帰るとまた彼女がいた。

しかも今度は弁護人をつけている。


「え……その人は?」


「わたくしは彼女の弁護人です。先日の件についてお話があります」


俺は慌てて自分の弁護人の背中に隠れた。

眼鏡の向こうから鋭い視線を投げかける相手の弁護人に、一歩も引いていない。


「先日の件、とは?」


「部屋の掃除についてです。

 先日では、さもこちらの依頼者が悪いような片付け方をしたそうで

 それについて突き詰めたいと思います」


「問題ございません」

「では、わたくしの依頼者から」


「あのね、彼女が来る部屋なんだからもう少し気を使ってよ。

 便座もあげっぱなしだし。洗い物は放置しっぱなし。

 毎回掃除する身にもなってよ!」


「と、わたくしの依頼者は肉体的苦痛を受けています。

 そちらの言い分で共有スペースだとおっしゃっていましたが

 だからこそ、一定の清潔度を保つルールがあってしかるべきでは?」


「清潔度を保ってほしい、というのはあくまでそちらの都合です。

 こちらの依頼者が最適な状態で部屋を仕上げているという見方を無視していますね」


「最適であるという定義は?」


「便座を上げておけば小を済ませるときの効率化。

 洗い物をおいておくことで、洗ってすぐの再利用。

 および戸棚から出したときに落として割ってしまうリスクを減らしています」


「それはあくまで、そちら側の最適でしょう?

 わたくしが求めているは、お互いの最適解の話をしています」


弁護人同士による冷たい刃物を切りつけあうような舌戦には、

口下手な俺も、口達者な彼女でさえ何も言えなくなっていた。


ただ、お互いに目配せで、同じ気持ちであることは認識できた。



( そこまで大ごとにしなくても…… )



すでに議論は男女での考え方の違いから社会問題へのアプローチまで至っている。

完全に着地点を見失ったまま、言葉のボクシング状態。


「このままでは水掛け論ですね。裁判長に判断してもらいましょう」


「さ、裁判長!? 裁判するんですか?!」


「はい、弁護人同士で折り合いがつかない場合

 個人裁判長を招集してこの件に決着をつけることができます。そうしましょう」


「いえ、そこまでしなくても……。私も言い過ぎたかなって……」


「「 今決着をつけないと、このまま一生ひきずりますよ!!! 」」


弁護人のプレッシャーに負けて、裁判長がやってきた。

まるで本物の裁判のように、お互いの弁護人が意見を言い合う。


「こちらの依頼人は、相手に共有スペース利用料を請求します!!」


「わたくしの依頼人は、相手に家事手伝いおよび迷惑料を請求します!!」


「「 ええええ!? 」」


俺と彼女は顔を見合わせた。

裁判長はお互いの弁護人の内容を読みこんで結論を出す。



「判決を言い渡します」




「原告と被告は、別れるべきとします!!」



弁護人2人は拍手を送った。

俺と彼女はぽかんとしたまま立ち尽くしている。


「な、なんで別れるんですか!?」


「この程度の小さないさかいが気になる関係では、

 遅かれ早かれ別れることになるでしょう。

 年齢を経ての離婚は経済的・社会的にも厳しいものがあります」


「いえ、私は……」


「裁判長の言う通りです。こんな女、捨ててしかるべきです」

「裁判長の言う通りですね。こんな男に尽くすことなんてないですよ」


「これにて閉廷!!」



「「 ちょっと待ってください!! 」」


これにはさすがに彼女と声がそろった。

気弱な俺も黙ってはいられなかった。


「さっきからなんですか! 勝手に話を進めて!

 別れるとか俺がいつ求めましたか!?

 あんた達の勝手な尺度でなんでもかんでも決めないでください!」


「そうよ! 私たちの関係性もろくに知らないあなたたちが

 しゃしゃり出てきて将来のことを決めつけるなんて、おかしいわ!」


俺と彼女はその場で弁護人の契約書を破り捨てた。

これでもう判決に従う必要もなくなる。


「俺は絶対に別れません!」

「私もです!」


 ・

 ・

 ・


それから数年後、俺と彼女は結婚して、子供も生まれた。


今となってはあの出来事があったから今に至ると思う。

本当に幸せの絶頂にいると確信できる。


そんなある日、子供を預けている保育園から電話がかかってきた。


「え!? わかりました、すぐに行きます!!」


保育園に到着すると、自分の子供と他人の子供がケンカした後だった。

これには俺も黙ってはいられない。


「おい! お宅の息子が俺の息子にケガさせたんだ! 謝れ!」


「なに言ってるん! 先にけしかけたのはそっちだろ!」


「証拠はあるのか!?」


「ない! だが、お前の息子はいつも暴力的だと息子が言ってた!」


「それは嘘をついている場合もあるだろう!

 うちの子に限ってそんなことはない! そんな育て方はしてない!」


「なにをーー! やるか!!」

「いい度胸だ! 論破してやる!」


白熱の議論の末、俺はこんなくそ保育園を出ることに決めた。



「よかったね。あんな場所からおさらばできて」


「パパ。一度でも僕の話聞いた?」

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