第22話 修羅場なんてなかった

「やあ、君が瀬戸 明美くんだね。初めまして、詩織の父です」


 高級そうなスーツを着ており、お金にがめつそうには見えない。人望が厚い人なんだろうなというのが、瀬戸から見た詩織の父親の第一印象だった。



 意外と普通の人っぽい。失礼だけど、てっきり変わった人なのかと思ってた。


「初めまして、瀬戸 明美です。よろしくお願いします」


「すまないね、せっかくの遊園地なのに」


「いえ、大丈夫です」


 むしろ貴方のおかげで、ここに来れてるんですとは言えなかった。


「座ろうか」


「はい」



 近くのベンチに誘導される。友人の父親と遊園地のベンチに座るなんて、なかなかないシチュエーションだなと瀬戸は、心の中で思わず笑ってしまう。





「詩織さんはこちらへ」


「で、でも……あゆむ」



 心配そうに眉をひそめる詩織に、あゆむは大丈夫ですと励ましの言葉をかける。何が大丈夫なのか……と詩織の不安は広がっていくばかりだ。



 少し遠い場所に連れていかれた詩織は、なんとか二人の話が聞けないかと思考を巡らせる。だが、ここからでは物理的に無理だ。



 心配する詩織とは反対に瀬戸と詩織の父は、なごやかに雑談を始めていた。



「詩織は最近、君に夢中のようだね」


「ぐっ……なんかすいません」



 いきなりの言葉に、否定ができない。確かに詩織はここ最近ずっと瀬戸と一緒にいるからだ。


 瀬戸は少し焦っていた。きっと何か言われると、口を開こうとしていた時だった。詩織の父がニコニコと笑いながら、話してくれた。



「いやいや、いいんだよ。詩織には今しかない学校生活とやらを楽しんでもらいたいからね」


「そうですか……」


「ここ最近の詩織は凄く楽しそうでね、気になってはいたんだよ。それであゆむに聞いてみたら詩織には好きな子がいると」


「……っ」


「で、どんな子なのか気になって遊園地のチケットを渡したというわけだよ」


「……えっと」



 何も言えない。別に詩織とは付き合っているわけでもない。だから……娘さんとは。



「あぁ、勘違いしないでくれ。別に君達の仲を引き裂こうとかは、一切考えてなんかないさ」


「えっ!?」



 女の子が女の子を好きなんて……と何か強く詩織を否定するような言葉が出ると思っていただけに、驚きを隠せない瀬戸。



「付き合っているんだろう? 今度、我が家でご飯でもどうかね! 妻も喜ぶぞー」


「ボ、ボク達は付き合ってないです」


「ん!? そうなのかい、てっきり……」



 瀬戸はずっと自分の中でくすぶっていたことを聞いてみた。



「跡取りとかそういうの、いいんですか!?」


「娘には自由に恋愛させたいと考えていたんだ。それに君みたいな子は大歓迎だよ!」



 詩織の父親はニコニコと態度は一切変わらずに、即答だった。



 ――えっ……それ、どういうこと。ボクのことがっちり、調べてんじゃん。……怖い。



「少し話しをして、わかったよ。君に詩織を任せたい。大切な一人娘なんだ」


「ボクに……」



 考えこんでしまった瀬戸を見て安心したような顔をしてから、声を張り上げた。



「よし! 話は終わり。詩織の元へどうぞ」


「いや、まだボクは……」


「うん?」


「いえ、なんでもないです」




*****




「詩織、おまたせっ!」


「瀬戸さんっ!! 大丈夫でしたか」


 犬のように駆け寄ってきた詩織に、心臓がドキリと音がなる。


 ――別にボクらは付き合ってるわけじゃ……でももっと、詩織のことを知りたい。



「……っ」


「瀬戸さん? どうしましたか、やっぱり何か」


「何もなかったよ、ただ話しただけだし」


「本当にそうですか?」


「自分の父親なのに、信用ないんだ。あっ、そうだ。遊園地デートしない? ボクとさ」



 そう言って瀬戸はウインクをする。その様子はまるで、王子だった。


「はぐっ……ん」


 ウインクをまともに受けてしまった詩織は、茹でタコのように真っ赤になってしまった。

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