OYAKUSOKU
「人に頼んでおいて申し訳ないだけどね、これだとさすがに私も手を加えないとダメだわ」
黒崎先輩は申し訳なさそうに言った。
「そうですよねー、僕だと役不足ですよねー」
「その言葉の使い方が間違ってるのよね。わかる? 役不足って言葉の意味。能力に対して自分の役割が軽いことをいうの。ミクロの部分だとそういうところを直してかなきゃならないのよ。マクロの部分もあって、それは物語の流れの整合性なんだけど」
「すいません」
怒られていると思って謝ってしまう。
「怒っているわけじゃないの。ただ、小説を書いている人間なら気をつけた方がいいわよって話」
「でも……」
「本当に怒ってるわけじゃないからね、それでヘコまれても困るな。君は君で頑張ってると思うよ、それは助かってるよ、ありがとう」
「すいません、気を遣わせちゃって」
「もういいわ、とりあえず、ありがとうね。このまま続きは書いて」
「わかりました」
黒崎先輩は、僕が渡した序盤だけ書いた脚本を机に置いた。
ここで普通いなくなるのは僕の方だと思うだろうが、ここは文芸部部室。黒崎先輩はゲームをしながら話をしていたし、僕はそれに対して直立不動で話しをしていた。
傍目から見たら馬鹿みたいな構図だと思ってしまう。
そして、先輩はゲームの電源を切って言った。
「他の人が来るからそろそろ行くけど、脚本の話は誰にも話さないでね」
「ミズキには話しましたが」
「それは別にいいのよ、文芸部員ってこと」
「それは言わないですよ」
「約束守ってね」
「わかりました」
「はい」
「じゃあね」
「はい」
そうして黒崎先輩は去って行った。
普段ならここで僕もいなくなるのだが、なんかやるせない気持ちを抱えていて、部室から出たくなかったので、しばらく何も映っていないテレビを眺めていた。
数分後、文芸部の先輩たちがやってきた。
「おー、久しぶりじゃない?」
「久しぶりです」
「小説書いてる?」
「まあまあです」
「ところでさ、最近、黒崎と一緒に演劇部に出入りしてるけど、なんかあったの?」
「はい、実は黒崎先輩は演劇部の脚本を書いてまして。しかも、今は絶不調なんですよ」っていいかけて、止める。さすがにそれをやっていい気持ちになるのは、言った最初だけで、あとは後悔やら後ろめたさに苛まれるに決まってる。
「あの、黒崎先輩が演劇部の取材したいって言って僕が仲介してるんです」
「へー、そうなんだ」
「そうなんです」
「演劇部じゃなくていいじゃん。しかも、大学の」
「あの、大学の趣味でやる人とプロ志向の人の二つに分かれてる感じが書きたいそうです」
「天才の発想だねー。凡人にはできない発想だね」
「ですよね。考える視点が違いますよねー。じゃあ、僕はこれで」
僕は深く探られるのを感じとって部室をあとにした。嘘をつくのは好きではないが、これくらいの嘘なら仕方ないだろうし、黒崎先輩も許してくれるだろう。
喫煙所の近くを通ると甘い香りがした。もしかして、宮副先輩がいるかもしれないと思って寄ってみる。
案の定、宮副先輩は喫煙所にいた。
「先輩!」
「やあ、君か、どうしたんだい?」
「先輩、依頼してたものはどうにかなりました?」
「あんなものはとっくに終わってるよ」
「じゃあ、聞かしてください」
「ここで言うの?」
「じゃあ、川上みさきと久代寛之だけでいいです」
「わかったよ」
「その二人は、付き合っているようだ」
「ようだ?」
「そうだ、ようだ。確信が持てない。というか表立って二人が付き合っているような振る舞いはしない。かといって、裏でコソコソを何かしている様子もない。そして、その久代という男たちは食えない男だ」
「食えない」
「そうだ、彼氏は陰で演劇部や劇団の女優にちょっかいを出している。ボクが調査している時には三人だったがもっといるかもしれない」
「なるほど」
「以上、駆け足で説明したけど、この二人は気持ち悪い関係だ。川上みさきが縁の下の力持ちみたいなのを気取ってる。川上みさきはそれで悦に入ってる。久代寛之は、それを利用して自分の好きな女にちょっかいを出している。久代にとっては都合のいい楽園だ」
「なるほど」
「そんな感じかなー。詳しい報告書は今度渡すねー」
「先輩」
「なに?」
「報告してる時の先輩、かっこよかったです。キャラが違いました」
「知らないよ!」
宮副先輩は僕の肩を叩いた。ものすごく痛かった。その晩、お風呂に入る時に打たれた場所を見たらくっきりと赤い跡ができていた。
もう宮副先輩の前で冗談を言うのはやめようと思った。
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