バーチャル戦1-ゲストルーム-

 対バーチャルE2交戦用特別仮想空間、〈ゲストルーム〉。


 ルームという名で呼称しているが、舞台は室内ではない。


 バーチャルE2のために構築したのは、観客が一人もいない観覧席に見下ろされた石造りの円形闘技場。ネットワーク筋が煌めく上空は抜けるように青い。


 第一バーチャル戦に参加していたサナとアルビーから、今回の敵プログラムはIAI〈実体なき人工知能〉だと報告があった。ゆえに、直径五十メートルの闘技場中央に立つ〈それ〉は、いまようやくソウスケの中で可視化されつつある。


 フード付き暗灰色のローブを身に着けた、実体のない魔術師。仮想体アバター全身が暗い蜃気楼のように揺らぎ、得体の知れない不気味さを纏っている。


 対象はすでにバーチャルエリアに出現した二体のAIを感知しているはずだ。しかしこちらを見向きもせず、フードを目深に被ったまま〈ステータス画面〉をいじっている――広がったローブの袖口からのぞく指先は、骸骨のように細い。


「薄気味悪いやつじゃな……」

 

 可視化されたバーチャルE2を一瞥しながらソウスケが言うと、隣に立っていたサナが「まったくだわ」と顔を強張らせた。

 

「角欠け般若の仮面、パントマイム用手袋、黄色と黒の縞模様のぴっちりタートルネックの上着、そしてだぼだぼの抹茶色シャルワール……この組み合わせは恐ろしいものがある……」


「だ、だぼだぼの……って、それがそなたの視覚領域に映るバーチャルE2の姿?」


「ええ。恐ろしいわ……とうてい理解できない……」


「そ、そうか……うむ。まあ、きっと、たぶんとんでもなく恐ろしいのであろうな」

 

 バーチャルE2よりサナの思考回路に呑まれそうになり、ソウスケは深入りを避けた。


「とにかく、サナ。闘技場に上がったら第二バーチャル戦開始だ」

 

 ソウスケは右手に電子光剣を出現させた。


「システム環境的にはわしらに有利な設定を施してある。それでも対象は交戦中に学習を繰り返し、不利な状況を覆す〈出力アウトプット〉を実行する可能性がある。油断するでないぞ」


「了解。十分警戒するわ」

 

 サナは真剣なようすで頷き、出現させた電子ライフルを抱えた。


 第二バーチャル戦、彼女はメインスキルに狙撃手スナイパーを、サブスキルに長槍使いランサーを搭載している。ソウスケは引き続きメインに電導士エレクタラーを、サブには電子光剣使いレイバーのスキルを置く。

 

 ソウスケは光剣を握る自分の手を眺めた。リアルにいたときより、仮想体はずっと軽く感じる。


「――対象は武器を持っていない。先にそなたらが〈解析スキャン〉したように、やつのスキル候補は電導士エレクタラー解析士アナリシスト拳闘士ファイターのうちの二つと予測。作戦ナンバー二十七で行くぞ。万が一途中で電子武器が出現したら、ナンバー五十二に変更だ」


「オッケー!」

 

 ソウスケとサナは同時に闘技場に乗り上げた、直後、事前に設定しておいたスキルバフがプログラムに付加される。

 

 自動追加されたバフは、〈電導力向上アタックアシスト〉、〈能力向上アビリティアシスト〉、〈容量向上キャパシティアシスト〉、〈保護機能向上プロテクトアシスト〉の四つ。解析士アナリシストのアシストスキルで、効果の持続時間は約五分。

 

 サナは素早く電子ライフルを構え、その場で照準をE2に合わせて引き金を引いた。E2は最低限の動作で電子弾をかわし、先ほどと変わらない位置でなおも〈ステータス画面〉を操作している。


 ソウスケは闘技場の石床を蹴ってバーチャルE2との間合いを詰めた。突き出した電子光剣をひらりとかわされる。ソウスケは反転しながらスキルを切り替え、電導士の最速技〈強制麻痺パラライズ〉をE2に向かって放った。


 通常、搭載しているスキルの変更には三十秒ほどかかる。しかし、〈容量向上キャパシティアシスト〉のバフが付加されていると、プログラムのCPU性能が上がるため、切り替えは一瞬だ。


 敵AIは〈強制麻痺パラライズ〉を回避するため、片手を降って堅固な壁を出現させた。電導士の防御技〈保護璧ファイアウォール〉だ。


 電導士が使用できる三種類の防御スキル――〈白遮断ホワイトリスト〉、〈黒遮断ブラックリスト〉、〈保護璧ファイアウォール〉。〈白遮断〉は未知のプログラム攻撃を、〈黒遮断〉は既知のプログラム攻撃を、そして〈保護璧〉は自身に脅威を与えようとするプログラム攻撃を防ぐ。


保護璧ファイアウォール〉を破るには、対象プログラムのスキル技能を上回る〈威力〉の攻撃が必要だ。〈電導力向上アタックアシスト〉によってソウスケの攻撃力は通常時の二倍だが、〈保護璧〉と電子光剣がぶつかった瞬間、厚みのある壁を多少砕くも、一撃で砕破することはできなかった。いまの斬撃では威力が足りない。


「サナ!作戦ナンバー四十八だ!」


「了解!」

 

 サナは狙撃手スナイパーから長槍使いランサーにスキル変更し、両手に長槍を装備した。槍の長さは二メートル、切っ先は鋭利な三日月型で、石突部分に拳大の棘付き鉄球がついている。刃先は帯電可能、石突は棍棒としての機能を備え、一撃分の威力は電子光剣の斬撃を上回る。

 

 ソウスケとサナはバーチャルE2を挟み込む形で攻撃を仕掛けた。サナが槍を旋回させ、E2の足元を薙ぐ。跳躍して回避したE2の背後から、ソウスケが間髪入れずに電子光剣で貫いた。

 

 しかし、ソウスケの電子光剣が向かった先にいたのは――サナだった。サナはすんでのところで味方AIの攻撃を避け、文句を言った。


「こらぁぁ誤爆!ペナルティ一よ!」


「す、すまぬ……てか、なんで?なんだいまのは?」


 E2の仮想体アバターが霧のように揺らいだ。――少なくともソウスケの視覚領域にはそう映った。


《――サナ!ソウスケ!二人とも聞こえますか?》

 

 ソウスケとサナの耳に、リアルにいる瀬戸からの通信が飛びこんできた。サナが応答する。


「聞こえてるわ!リアルのほうはどう?」


《アルビーとカインドは善戦してる。でもE2の実行処理速度が増してるって報告が入ってきた。ちょっと待って……カインドと回線繋ぐよ》

 

 ジジ、と通信を繋げるノイズ音の後、味方AIの声が聞こえた。


《――カインドです。バーチャルE2のようすは?》


「ええと、いまソウスケと二人でガンガン攻めてるとこ!」


《なるほど。リアルE2ですが、バーチャルE2のアシストを受けて情報処理のスピードを加速させています。これ以上早くなると、我々のアンドロイド体が反応しきれません。作戦ナンバー七十四でお願いします》


「了解!ソウスケ!ナンバー七十四よ!」


「了解した!」

 

 ソウスケは電導士にスキル変更し、E2に〈遮音ノイズ〉を仕掛けた。このスキルは、正常なシステム通信を乱す電波を発し、任務遂行者と任務補佐役の通信を妨害する。〈遮音〉を無効化するには、〈白遮断ホワイトリスト〉か〈黒遮断ブラックリスト〉を実行する必要がある。しかしE2は予期した動作に移行しない。

 

 いまのところ、〈遮音ノイズ〉の効果範囲は実行者の半径十メートル以内に設定している。ソウスケは機能向上している感知センサーで、E2のプログラムが発する温度を調べた。思ったより回路温度が低い。いや、これは――。


「しまっ……サナ!やつは電導士じゃない!解析士だ!」

 

 ソウスケはすぐさま〈黒遮断ブラックリスト〉を発動し、解析士の攻撃スキルである高度な〈幻覚展開イリュージョン〉を打ち破った。木枯らしが散るように周囲の景色が剥がれていく。

 

 本物のバーチャルE2は、観覧席前方の外壁の上に立っていた。〈ステータス画面〉を操作し、リアルE2をアシストしている。


「やられた……道理でリアルE2のスピードが落ちぬわけだ。最初の蜃気楼の正体はE2が構築途中だった〈幻覚展開イリュージョン〉の発動前モーションだったわけだ……うう……システム的に有利な環境下で敵AIに騙されたなんて知られたら、武装型に破壊される……」


「ちぇっ。分かんなかった。電力だけ消費させられたわね」


 サナも悔しそうに唇を噛んだ。


「――まあ、やつのスキルの一つが〈解析士アナリシスト〉だと判明したから良しとしよう。一度見破れば、もう同じ手は通用せぬ」


 ソウスケは時刻を確認した。第二の仕掛けが起動するまで、あと三十秒を切っている。


「サナ、そろそろだ」


「オッケー」

 

 ソウスケとサナは、円形闘技場の石のタイルに隠していた二つの充電装置を起動させた。消費した電力を充填し、交戦前と同じ状態まで機能を回復させた。


「さて、対象はこれまでわしらのことは徹底的に無視、リアルE2のアシストのみに集中していたようだが、それももう終わりだ」

 

 限定されたバーチャルエリア内に、ブザー音が鳴り響いた。円形闘技場の中央に、警告表示が出現する。


《ゲストルーム特別システムが作動しました。これより、環境システム利用による電力供給はすべて無効となります。継続稼働予定のゲストルーム内プログラムは、残量電力値にくれぐれも注意してください。なお、プログラム同士による電力共有は引き続き可能とします》

 

 つまり、今後失った電力を確保するには、ゲストルーム内にいるAIからしかない。


「だらだら交戦を続けるわけにはいかぬ。任務完遂にはいつだって時間制限がつきものじゃ。そうであろう、E2?」

 

 ソウスケの挑発に反応したのかどうか定かではないが、E2はついに〈ステータス画面〉を消失させた。観覧席外壁から跳躍し、闘技場の中央にふわりと着地する。

 

 十メートルほど離れた位置で、敵AIは仮想体を半身立ちにさせた。左手を正面に突き出し、鳩尾のあたりで右拳を握る。

 

 拳闘士ファイターの構えだった。

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