交代

 第一リアル戦は、E2のプログラムを〈騙す〉ことに焦点を置いた。

 

 あたかも、防護服姿の楯井楓花が地底窟にいるように見せかけること。

 

 あたかも、楯井楓花のパートナーAIがアンドロイド体に実装された状態で地底窟に留まっていると思わせること。

 

 そうしてリアルE2とバーチャルE2をそれぞれ地底窟、地底窟エリアと連動している仮想空間におびき寄せる。外部とは規制光で隔離し、ソウスケとカインドがリアルE2と交戦している間、アルビーとサナが外部との接続を限定した仮想空間内にバーチャルE2を閉じこめる。

 

 そして交代――アルビーのボディは地底窟エリアの地面下、隠し穴に潜ませていた。AI感知センサーだと、コアプログラムが仮想空間上で活動している間、置き去りのアンドロイドは人工知能搭載人型ヒューマノイドとして感知されない。


 アルビーとサナが仮想空間からリアルへ戻る時刻。ソウスケのコアプログラム搭載仮想体アバターを地底窟からログアウトさせる時刻。E2が仕掛けに気付くタイミングとなる――A.M.10:19.


 バーチャルE2は察知したはずだ。地底窟内の楯井楓花とそのパートナーAIが本当は〈そこに〉いないことを。しかし追跡するだろう。探知範囲を広げて。まずは地底窟全域を。


 E2の性能であれば、いずれこの地底窟エリアの二十メートルほど下層に複合現実施設制御室の存在があることに気づく。そこに三人分の人間の生体反応がある。中の一人が楯井楓花かもしれない。だとすれば判別するまで〈自爆〉はできない。


 リアルにおいて邪魔な人工知能搭載人型ヒューマノイドらを排除すれば、バーチャルにおいて目障りなコアプログラム搭載仮想体を排除すれば、まだ任務を遂行できる可能性がある。それが、これまで収集した断片データから導き出されたE2の思考回路。可能性がゼロでなければ止まらない。


 敵AIのプログラムは、まだ加速する。


     *


 MRが展開された地底窟エリアとの接続が遮断されると、五メートル四方のシステム連動集積回路を組み込んだ電子床が光を失った。


 回路上に寝かせていたアンドロイドに帰還したソウスケは、すぐに起き上がることが出来なかった。


 複数のプログラムを高速で同時処理していた影響で回路が発熱、表面温度が五十度、内部温度は九十度近くまで上昇している。回路床の天井部には冷却装置が併設され、いまも凍えるくらいの冷風が吹きつけてくるが、視界の端で明滅する温度上昇アラートが消える気配はない。


 MRとの同調率を上げるには最新の技術とAI自身のシステム調整力が必要だ。おまけに、コアプログラムを持った仮想体アバターでありながら、地底窟エリアに〈実体〉ある人工知能搭載人型ヒューマノイドとして出現するには、あらゆる角度から照射される無数の電子光に接続されていなければならない。


 その状態でスキルなど連発すれば――回路は発火する。交戦時間はニ十分が限度だった。


 ソウスケは首だけ真横に傾けた。二メートルほど離れた傍らには、防護服姿の楓花が座り込んでいる。


 彼女の防護服はMRと生体認証機能を連動させていた。それで現実感と立体感を持って地底窟内にいたように見せかけることが可能だった。


 実際、クロスリングを着用した楓花自身、視覚と聴覚で地底窟を感じていたはずだ。だが始めからここにいた。ずっとそばにいた。今度こそ、危険が及ばない場所で守り通すために。

 

 現実と仮想、両空間を複合させたエリアはいまなお実験段階だ。なだれ込むような情報量にプログラムもパンクしそうだ――人工知能搭載人型ヒューマノイドだからこれほど負担になるのなら良いが、生身の人間は平気なのだろうか。

 

 マスターが、もたつきながらフルフェイスのヘルメットを頭からはずした。


「ソウスケ、大丈夫?」


「余裕、余裕」

 

 言いながら、口の端をなんとか上げてみせた。表情を動かすプログラムの起動が重い。


「二人とも、よく頑張ってくれた」

 

 制御室中央のMRモニター前に座っていた遊馬が振り返って労った。


「いまリアルE2はアルビーとカインドが対応している。作戦通り、バーチャルE2はこちらが用意した〈ゲストルーム〉で状況把握に追われている」


「MR空間、仮想空間ともに包囲七十%完了しています」


 遊馬の隣席に座る瀬戸が、仮想空間側の映像を見ながら報告した。


「バーチャルE2はログアウト組の位置特定のためのリスキャンを行いましたが、現在〈ゲストルーム〉にノイズを発生させて正常な解析行動を妨げています。ノイズはあと三分継続可能」


「なら三分後にバーチャル移行ってことで。ソウスケも新人プログラマーさんも、小休止開始ね」

 

 仮想空間から制御室保管のアンドロイドへ一時帰還したサナが提案した。今回彼女はリアル戦には参加しないのだが、バーチャル反映するという理由で、一段と気合の入ったポニーテールに、ピンク色の戦闘服姿だ。


「いや……すぐに移行しよう。そういう作戦だったはずだ」


「ダメよ。次の仮想空間戦がメインなんだから、そこでオーバーヒートされても困るし」


「うっ……分かった。では三分だけ……」

 

 ソウスケは回路の回転を故意に遅くさせる低速モードを起動した。楓花がそっと近づいてきて、防護服から出した右手でソウスケの額に触れた。


「うわあっつ!」


「あ……いま……触ると……熱い……から……」


「う、うん。そうみたいだね」


「気を……つけて……」


「あ、低速モード……うん、大丈夫だよ。ソウスケも、ゆっくり冷やして……」


「うむ……」

 

 三分はあっという間だった。それでも、ボディ内部の冷却装置もうまく稼働し、先ほどより温度が下がっている。ソウスケは回路の回転を低速モードから通常モードに変更した。


「よし。行けそうだ」

 

 ソウスケはボディを回路床に寝かせたまま、傍らの楓花に目を向けた。アンドロイドの表面温度がまだ高いので、マスターには触れられない。


「行ってくる」


「こっちで待ってる。ちゃんと戻ってきて」

 

 ソウスケは頷き、サナに視線を投げた。マスターの青年、瀬戸の椅子のすぐ傍らに座っていたサナは親指を立てた。


「じゃあ彷徨、行ってくるね」


「気を付けるんだよ、サナ」


「了解!」

 

 サナがまぶたを閉じて仮想空間へ移行する。ソウスケも両眼を閉じてリアルを離れた。

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