反省会

 人間が創る物語には〈お約束〉という展開がある。

 

 例えば、出会った当時から険悪だった二人が全力で戦ったのち――熱い友情に目覚める、といった類のものだ。


 しかしその現象は、どうやらAI界では発生しないらしい。


「……で、お前たちいったいどんな卑劣な手段を使った?説明するまでリアルに帰さんぞ」


「いやいやいやおかしいであろう!それが勝利したチームに対する敗北者の態度か!?」

 

 横柄に言い放つハイネに、ソウスケは思わず吠えた。

 

 仮想空間での模擬訓練は終了した。いまは交戦したチーム同士が〈転送先〉であるバーチャルミーティングルームに集まり、訓練後の考察を述べる時間だ。


 ドロシーいわく、模擬訓練を行う度にこうした反省会を設け、今後の仮想空間戦を改善するための対策を話し合うのだという。


「ていうかそもそも、卑劣でもなんでもない!あれはわしらの能力を鑑みて立てたれっきとしたノー卑劣で知的な戦略であって……!」


「ノー卑劣、という言語は存在しない」

 

 向かいの二人掛けソファーで、ハイネの隣に座っていたサクヤが短く指摘する。


 ドロシーと同じ〈実体なき人工知能〉IAIたるサクヤは、すでに霧がかった姿でなく、ソウスケが創り上げた仮想体――黒の眼光が鋭い、寡黙な忍者風――を反映して視覚領域に投影されている。


「ああもう分かっておる!わしは突発的な言語構築能力がちょっとばかしクリエイティブなのじゃ!そういうのはさらっと聞き流してくれればいい……で、ドロシー。そなたはなぜソファーの影に隠れて?」


「ああああ私の存在は忘れてください忘れてください忘れてください!」

 

 ソウスケ側のソファーの背後で、ドロシーが頭を抱えて仮想体の背を丸めている。


「なぜ!?今回の功労者ではないか」


「いえいえいえ私などあれはソウスケさんの作戦が秀逸だったのであって私はただのお飾り的存在でありそれなのにAL4のソウスケさんとハイネさん相手に不能空間に転送しろなど大それた愚かしい発言をしてしまいこの場で見せる姿などありはしないというかそもそも私はIAIで実体がなく……」


「いま句点が一度もなかったぞ。〈強制過熱オーバーヒート〉にでもかかってるんじゃないのか?」

 

 ハイネが冷ややかに言う。


「早く説明しろ。次の授業が始まるだろうが」


「こ、こんの………まあよかろう。そんなに地団駄踏むほど自分の敗因が知りたければ教えてやる。現実に戻った後此度の敗戦をリピートしまくって忘れられないデータとして記録領域に刻み込むが良い」


「こ、この……調子に乗りやがって……!」


「ハイネ。抑えろ。連中の作戦データを記録する必要がある。それを次の訓練で利用するほうが建設的だ」


「俺に偉そうな口を叩くなよ、サクヤ」

 

 ハイネがサクヤを睨みつけた。


「お前AL3の分際で……しかも早々にこいつらに〈不能〉化されやがって……」


「謝罪する。俺の能力が至らなかったのは事実だ」

 

 二人のやりとりと見ていたソウスケが口を挟んだ。


「だがハイネ、そなたの作戦がサクヤを生かせなかったのも事実だぞ」


「ふん、AL3がAL4の実行処理スピードについてこれるものか。能力値の低いAIを生かすより、より優れたAIを生かす策を練るほうが合理的だ」

 

 ハイネは再びどっかりとソファーに沈みこんだ。まるでふてくされる人間の子供のそれだ。感情表現はストレートなほうらしい。ソウスケはやれやれと苦笑しつつ、サクヤに目を向けた。


「サクヤ、わしはそなたのような考え方を推奨する。AIは経験を重ねれば重ねるほど成長できるから。次はわしと組んでみないか?」

 

 サクヤは一瞬目を丸くしたが、すぐに硬い表情に戻った。


「……訓練時のメンバー構成はランダムだ。俺には決められない」


「公式訓練でなく、アフター授業でってことだ。わしはそなたから電導士エレクタラーの技の使い方を学ばせてもらった。〈強制麻痺パラライズ〉とか――あれは発動させるタイミングが難しいな。まだ手がぴりぴりしておる」


「…………」


「まあそれはともかく、わしらの作戦についてだが……」

 

 ソウスケの戦略はシンプルだ。


 電導士の能力を向上させて攻撃に徹するのではなく、解析士の能力を向上させて相手のプログラムを〈誤認〉させることに徹したのだ。


解析士アナリシストには〈誤認識ミスリード〉という攻撃技がある。仮想空間のシステムを利用して対象プログラムを騙し、対象自身のプログラムに自分を攻撃させる――つまり、自滅を誘うスキルだな。それを要に作戦を展開することにしたのじゃ。〈誤認識ミスリード〉の発生速度を上げて使用回数を増やすために、解析士のサポートスキル、〈容量向上キャパシティアシスト〉と〈電導力向上アタックアシスト〉をドロシーにかける。そうすることで、より早く〈誤認識ミスリード〉領域を展開し、あの廃ビルで幻影のわしとサクヤを戦わせ、電力消耗を引き起こさせた。攻撃手段を失ったサクヤに電導士のわしが〈漏電リーク〉をかけ、残量電力値をゼロにして〈不能空間〉に転送――っと転送前に、サクヤの識別情報をコピーしてサクヤに成りすまし、ハイネに近づいた。再びドロシーの〈誤認識ミスリード〉でハイネを廃ビルの地下におびき寄せ、<サクヤ>としてハイネに攻撃を仕掛け不意を突いた。まあこんなところだ」

 

 もっとも、この作戦に至った経緯としては、AL4としてのハイネの〈驕り〉も一つの重要なファクターとなっている。


 AL4という〈身分〉に執着しているハイネなら、ソウスケ・ドロシー組がソウスケの機能向上を要とした戦略を仕掛ける、という推測を立てるだろうと考えた。それを逆手にとって、AL3の解析士を攻撃軸にした応戦を決めたのだ。


 もしもハイネが解析士アナリシストの攻撃スキルを警戒し、サクヤにもそう指示していたら、ドロシーの〈誤認識ミスリード〉は見破られ、こちら側が窮地に陥っていたかもしれない。

 

 が、ソウスケは読み勝った。対象プログラムの〈個〉を正しく解析したのだ。


「わしはMEのつもりだったが、後で考えてみるとドロシーがMEで、わしがMAだったような気がしてきた……ところで、レポートはどうやって書けば良いかのう?」

 

 ソファーの後ろをソウスケが覗き込むと、ドロシーが膝を抱えて座っていた。


「いいないいなサクヤさん……ソウスケさんにアフター授業誘われていいな……」


「何で拗ねて……ドロシーも一緒に訓練すれば良いではないか」


「ほ、本当ですか!?私も良いんですか!?本当に!?」


「解析士のスキルもしっかり学習しておきたいし」


「うひゃ―――っ!全くの下心なし!聖域的な限定領域で育った方なのかも……」


「は?下心?」


「ななななななんでもありませんなんでもありません訓練よろしくお願いいたします!」


「うむ。レポートよろしくお願いいたします」

 

 説明が済むと、ソウスケたちはようやくハイネから解放され、リアルでの次に授業に移ることができたのであった。

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