模擬訓練3

 ハイネが三回瞬きすると、暗視モードがオンになった。廃ビルの地下に明かりはないが、そのほうが好都合だ。熱源は暗闇のほうが感知しやすい。


 仮想空間におけるAIの熱源は特徴的だ。しかも暗視モードであれば電力の流れが手に取るように分かる。つまり電力の流れを掴むことで、対象プログラムが何を企み、どのような技をしかけようとしているのかを判別できる。


 任務ミッションは終盤に差し掛かっていた。ハイネ・サクヤチームは、標的チームのMA、ドロシーをすでに〈破壊〉している。残りはあと一体。


 廃ビルの地下二階、がらんとした無人の駐車場で、ハイネは上階を支える太い柱の陰に熱源を感知した。


 パートナーAIを失って追い詰められたAL4。


 しかし相手は、何らかの手段を使ってすでに電力を確保していた。柱の背後に身を潜め、右手部分に熱源を集中させている――おそらくは電導士の技の中で、もっとも実行速度が早い〈強制麻痺パラライズ〉を仕掛けようとしているのだろう――一発逆転を狙って。


 電導士が使う〈強制麻痺〉は、発生させた鋭い電流を対象に流しこむ技だ。現実でいえばスタンガンに似た効果を持つが、仮想空間で〈出力アウトプット〉する〈強制麻痺〉は電圧より電流が強い。構成値でよっぽど高いEEMを割り振っていなければ、どんなAIでも接触時の回路麻痺は免れない。


 ハイネは警戒を怠らず静かに距離を詰めた。ソウスケも暗視モードは搭載済みのはず――互いの位置は掴んでいる。


 ハイネは自身の電子光剣で電導士の技を凌げる自信があった。万が一相手の実行スピードが自分を上回ったとしても、あの電力量なら発動はあと一回が限度。


――背後からゆっくりと接近してくる、もう一体の熱源。


 ハイネは剣で牽制しながら振り向いた。プログラムの動きから、その相手が当然サクヤであることは分かっていたのだが、用心に越したことはない。


「向こうにソウスケがいる。挟み撃ちにするぞ」


「了解」

 

 ハイネとサクヤは二手に分かれ、同時にソウスケの熱源に向かって接近した。向こうも挟み撃ちに合うことは熱源の動きで把握しているはずだ。


 それなのになぜ、動こうとしない?

 

 ハイネが微動だにしない熱源に向かって電子光剣を振り下ろしたとき、強い衝撃を感じた。


 仮想体との物理的接触ではない。何かもっと――もっと硬質な物体――。


「――はずれだ、ハイネ」

 

 サクヤの低い声が――少しからかいの色を帯びて――ハイネの聴覚領域に触れた。


 瞬間、全身に鋭い電流が走る。一時的な回路麻痺を起こしたハイネの手から剣が零れおち、制御の効かない仮想体がコンクリートの床に崩れ落ちた。


「な……何を……」

 

 ハイネが受けたのは間違いなく〈強制麻痺パラライズ〉――電導士の技だ。しかし、その技をなぜサクヤが自分に向かって放ったのか。もしやサクヤはプログラムの混乱を誘発する〈配列転移トランジション〉を受けて、ソウスケに操作されていたのか――。


「ミッション完了だのう、ドロシー」


「まだですよソウスケさん!今回の任務は不正プログラムの〈破壊〉です!ハイネさんを〈不能空間〉に転送させるまで油断してはいけません!」


「お、おお……そうか、そうじゃった。ハイネ、悪いが転送させてもらうぞ」

 

 ソウスケがハイネの剣を拾い上げ、振り下ろす――ハイネの視界は暗転した。

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