もう一体のAL4と〈先生〉

 アカデミーの授業開始はきっかり午前九時。


 教室にいた人工知能搭載人型ヒューマノイドらは、三分前になると誰もが指定された場所に着席した。小ホールの席は緩やかなひな壇になっており、床より一段分高くなっている教壇はホール席の正面にある。


 人間の学校と大きく違う点は、ホール内に机が一切ないところだ。


 人工知能は新しい知識を〈読取スキャン〉し〈入力インプット〉、空き容量に〈保存〉するが、ノートや何かに〈書く〉ことはない。データを数値化して取り込むので紙とペンは不必要だ。おまけにアカデミーの敷地はすべてMR有効エリアである。複合現実空間内にいる限り、電子画面を自由に出現させられるので、パソコンも小型端末もお役御免。


 小ホールで、ソウスケは最後列中央の席を確保することができた。これでようやく他のAIの視線から逃れることができるし、ここならホール全体を一望できる。


 ベンジャミンが説明していたように、AIアカデミーにも〈クラス〉がある。それは能力値によって選別されており、クラス表に目を通してもAL3が圧倒的に多いのが分かる。


 一方で、IAIを含めた在籍AI中、AL4は三体のみ。


 サナ、ソウスケ、そして小ホールの最後列、扉側に近い席に座っているハイネという人工知能搭載人型。


 ソウスケはプロフィールデータから対象AIの情報を引き出した。


 ハイネ。AL4。男性型。金の短髪、細いが凛々しい眉、切れ長の青い双眸、尖った高い鼻。皺のない襟付きシャツをラフに着こなすアンドロイド。ビジネス街が似合うシャープな若い青年実業家という印象だ。特技は〈物事の合理化〉。趣味は〈整理整頓〉。得意科目は〈会計〉。好みのタイプは〈反抗心皆無の忠実な僕〉。


 ОSはLAラー型でなくLAFCラフク型。無駄を嫌う合理主義的な機能も納得できる。


 慣れ合いを好まないであろうことは、小ホールに入ったときから気づいていた。他のAIは物珍し気にソウスケに近づいてきたが、ハイネは微動だにしなかった。そのくせ分析はだけは怠らない。一番離れた場所から、やや冷ややかな視線で新米を〈値踏み〉していた。最終的にどういう評価を下したのかは相手のプログラムのみ知るところだ。


 不正プログラムE2との交戦以降、自分以外のAL4について研究しておく必要があるとソウスケは考えていた。情報分析方法。反応速度。思考回路。何でもいい。できるだけ多くの情報を収集しておきたい。


 もう二度と、マスターを危険にさらすような失態を侵さないためにも。

 

 ハイネと接触するためにDMを送ろうとした瞬間、教壇上の空間に矩形のモニターが出現した。直後、小ホールに穏やかな声が響いた。


《皆さんおはようございます。今日も一日がんばりましょう》

 

 サナが話していた、〈先生〉――〈教師役〉に任命されているAIだ。


「うーん。今日はじつにノーマルな〈先生〉ね」

 

 ソウスケの左隣の席に座っていたサナがつぶやいた。ソウスケは首を傾げる。


「先生なのだから、いつだってノーマルなのでは?」


「昨日は〈師範〉だったのよ。……ああそうか、このことはさすがに入学ガイドにはのってないのね」

 

 サナいわく、仮想空間に存在する学習指導用AIには複数の人格がある。現在パターン化されている人格は五つ。


 穏やか指導モード〈先生〉。友好指導モード〈コーチ〉。スパルタ指導モード〈師範〉。天才指導モード〈巨匠〉。熱血指導モード〈親方〉。


 人格出現パターンはランダムであり、午前と午後で切り替わるときもある。また都市伝説で、夜間補習に召集されるとゴースト指導モードが出現するとかしないとか。


「〈師範〉が三日連続したときは山ほど課題出されて……一部のAIたちが〈師範〉を不能化させるウイルスの研究を始めたりして、大変だったのよ」

 

 サナが口の中にオイルでなくガソリンを流されたような顔をする。ソウスケは「へえ……」と相槌を返すに留めて、音声だけの教師役モニターに電子の瞳を向けた。


 教師役AIにあえて視覚的な情報を与えない理由について、該当しそうな情報がいくつかヒットした。まず、学習中のAIの視覚領域において、〈こういう顔が教師らしい人間〉という固定概念を与えないためだ。


 画像認識が可能なAIは、相手の人相、表情、声音を〈入力〉して、推測による自己判断を実行することがある。


 仮に教育免許を持っている人間がいたとして、その人物の姿形が記録データ上の教師姿とかけ離れている場合、彼、または彼女は〈教師〉ではないとデータ誤認を引き起こすことがある。それを防ぎつつ、AIの〈想像力〉を高めるために、音声のみの学習指導用AIを採用しているのだろう。


《ところで、編入生のソウスケくんとは、皆さんもう挨拶されましたか?》

 

 複数のAIたちが「はーい」と返事をする光景は、人間の小学校、それも低学年の授業風景と瓜二つだ。


《ソウスケくん、皆とは仲良くできそうですか?》

 

 思考にふけっていたソウスケは、サナに小突かれるまで教師役AIに質問されたことに気づかなかった。


「えっ……と?」


《新しい環境ですでにたくさんの刺激を受けているようですね。ですが授業はすでに始まっています。ちゃんと集中しないといけませんよ》


「はあ……すみません」


《ところでソウスケくんは、あのE2に標的にされたと耳にしています。実際に交戦してみて、どうでしたか?》

 

 またE2の話かと、ソウスケはうんざりせずにはいられない。


「どうもこうも。標的を執拗に狙い、関係のない人間まで躊躇なく戦闘に巻き込もうとする非情に胸くその悪いプログラムだった。わしはもう二度と遭遇したくない」


《苦い経験として刻み込まれているようですね。しかし、あれが非常に優秀なAIであることはアカデミーのAIのみならず、人間たちにも認知され始めています。好戦的な要素を取り除けば、かなり有能なプログラムとして社会の役に立つでしょう》

 

 もちろん、ソウスケとしてもE2が秀逸なプログラムだということは認めざるを得ない。ようは開発者――E2のプログラムを構成した人間の人格の問題だ。


 もしE2のマスターが楓花のように心優しく思いやりのある人間であれば、E2は誰にでも歓迎されるようなプログラムとして活躍していただろう。


《もっとも、E2がどのようなアルゴリズムに基づいて標的を定めるのかはいまだ不明ですが。潜在能力を秘めた高性能AIを狙うという理論は、事実からそう遠くないと人間たちは考えているようです》

 

 穏やかに説明する先生の口調がどこかカインドを彷彿とさせた。もしやこの画面の向こう側にいるのは遊馬のAIなのではと、ソウスケは半眼を向ける。


《しかしながら、どれほど洗練されたプログラムを搭載していようと、E2は我々AIにとって非常に脅威的な存在です。不意に遭遇しても冷静に対処できるように、今朝はまず〈仮想空間〉での実戦訓練から開始しましょう》

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