スキルの選択

 進化し続けるAIの運動能力は、すでに人間を凌ぐとも言われている。


 それでも、AIが本領を発揮できるのは現実空間ではなく仮想空間だ。人工知能搭載人型ヒューマノイドが現実空間で何らかの〈出力アウトプット〉を実行する場合、思考能力だけでなく、ハードウェア――ようするにアンドロイド性能も重要な要素の一つとなる。


 だが仮想空間戦ではどのAIもボディを必要としない。AIの仮想体はアンドロイドとは違い、仮想空間下では互いに認識しやすいように色と形のついた数値データなのだ。仮想体がどういう形をしていても、データ処理に影響することはない。


 AIの強みである高速の情報処理システムと、仮想空間という環境プログラムを上手く利用することで、格上プログラムを凌ぐ〈出力〉が可能になる。


 仮想空間移行にあたって、ソウスケら人工知能搭載人型は、AIアカデミーの地下格納庫へ移動した。そこにはアンドロイドを一体ずつ格納できるシェルターが並んでいる。中に入って仰向けになった後、自己設定パスワードで内側からロックをかければ、銀行の金庫より安全で堅固なシェルターが完成する。


 ソウスケはロックがかかったことを確認し、〈入力〉された手順をこなし、複合現実空間からアカデミーが所有する訓練用仮想空間へと移動した。


     *


 訓練用フィールドに降り立った瞬間、地球を離れて別惑星に漂着したのかと錯覚した。


 そこには過去の記憶領域を刺激するようなノスタルジックな光景は一切なく、科学技術のみで構成されたSFの世界が広がっていた。メタリックな床タイル。電子光を放つモニターが並ぶ壁。夜空を切り取ったような天井。宇宙船内部めいた空間外は、新型人工島の第一新興区並の高層ビルと摩天楼で構成され、その間を縫うようにして空飛ぶ車が走り抜け、クリスタルな螺旋型線路を貨物列車が滑っていく。

 

 人間の想像力とプログラムの融合によって構築された仮想空間で、ソウスケはしばし言葉を失って立ち尽くしていた。


「なーにぼんやりしてんのよ!」

 

 背後から近づいてきたサナの仮想体にハイテンションで背中を叩かれ、ソウスケはよろめいた。仮想空間内であっても、プログラムが立体的な構造を持つ以上物理的衝撃が発生する。


「訓練用のスキルは決めた?」


「ん――まだ考え中だ」

 

 ソウスケが仮想体の指を動かして空間をなぞると、操作可能な〈ステータス画面〉が出現した。〈ステータス画面〉では、内部コアに〈入力〉しているさまざまなデータ――アカデミーの教科書、自分の登録情報、スキルレベル、構成値など――を可視化、確認が可能だ。


 スキル――〈不正プログラム〉と〈脅威〉の撃退手段として、新型人工島のAIがインストールする戦闘用プログラム。


 中でも、現実空間で活用できるスキルに着目する。接近戦に秀でている拳闘士と電子光剣使い。拳闘士は拳や足、体術を駆使して戦う。電子光剣士は剣という物理的衝撃を与える媒体を実装して攻撃できるようにプログラムされている。どちらも処理スピードを活かせる。


 同じく武器を実装し、接近戦でも射程が伸びるのが長槍使いと小銃使いだ。長槍使いはリーチのある槍をメイン武器にし、小銃使いは型も操作も異なる銃を装備できる。


 射程距離がもっとも長いのが狙撃手。姿を隠して戦闘に参加できるので、相手のプログラムを冷静に分析しながら一撃必殺を与えられるのが一番の利点だ。


「だが……狙撃手かのう。習得するとしたら」


「へー意外」と驚いたようにサナ。


「何が意外なのだ?」


「ソウスケって情報処理が速いってイメージだから。てっきり接近戦に有利なスキルを選ぶと思ってたのよ」


「リアルでは情報処理に加え、実際に〈動く〉という運動分野の〈出力〉が必要であろう?あれは電力をかなり高速で消費するのだ……あまり経済的とは言えぬ」

 

 それに、慌ただしい状況下でせわしなく動くのはスマートではない。ゲームでいえば好みの戦闘スタイルの問題だ。


 AIにも個性がある。ソウスケは自分が熟考型だと認知している。できれば思考時間をたっぷり確保できて、一撃で〈対象〉を無力化できるスキルが望ましい。


「しかしソウスケくん。訓練然り、外部から正式なミッションが下りてきた場合、マーズレイ充電は自動配給になりますので、ご家庭の消費電力を気にする必要はないのですよ」

 

 にゅっと突然背後から出現したコンシェルジュ風な仮想体に、ソウスケはぎょっとした。


「な、だ、誰……え、まさか、〈先生〉……?」

 

 俗にいう七福神の恵比寿顔のお面を被った〈先生〉の仮想体が、「イエス」と穏やかに返答した。


「これが私の仮想体なのです。質問があれば何でも聞いてくださいね」


「ええとでは……そのお面の下は一体どうなって?」


「ソウスケくんは好奇心旺盛ですね。お面の下の表情は、あなたのご自由な想像にお任せしましょう。ところで、あなたのスキル選択に関して、ある方から要望を受けているのですが、音声データを再生してもよろしいですか?」

 

 ソウスケはぱっと顔を輝かせた。


「楓花か?楓花だな!?うむ!再生してくれ!」

 

 楓花しかあるまい、とソウスケのプログラムが呼応していた。彼女には〈理想のソウスケ〉があり、ソウスケはその理想に少しでも近づけるのなら、全面的に彼女の選択に追従しようと考えていた。

 

 だが、ソウスケの予想は裏切られる。


《いいか安上り、貴様が選ぶべきリアルでのスキルは拳闘士か電子光剣使いだ。これ以外には目をくれるなよ》

 

 流れてきた音声を耳にして、ソウスケの仮想体は崩れ落ちた。あの愛想のない武装型の顔が記録領域で再生される。


「なんでそなたが……ていうかなんでそなたにそんな指示されねばならんのじゃ……」


《貴様のカスタマイズ情報には目を通した。いまのボディとその情報処理スピードなら、リアルでもそこそこの活躍ができるだろう。アカデミーの訓練に慣れたら、実際の任務にも参加してもらうつもりだ。いいか、優秀なAIはいつだって自分の強みを最大限に活かせるスキルを選択せねばならない。外面やパーソナリティを意識して、自分の好みに合わせた戦闘スタイルに執着するのは馬鹿げている。自分がプログラムだということを忘れるな。プログラムならつねにあらゆる状況を想定して、それに応じた最適化に努めろ。それが自分と、身近な人間を守る力に直結する。以上だ》

 

 ぶちっという接続遮断音。ソウスケは「んんんうぐぐぅぅ!」という奇妙な唸り声を発することで、言語化しがたい複雑な心境を表現した。


「あんの武装型め……わしの決断を揺らがして……!」

 

 毒づいたが、しかしアルビーの助言には一理ある。多機能のAIは〈個〉であるがゆえに、好むもの、好まざるものが存在する。その好みがプログラムの最適化に直結するならいいが、そうではないことがほとんどだ。

 

 実際のところ、ソウスケはあらゆるデータを収集し、自分なりに再構築して狙撃手のスキルをインストールすることができるだろう。しかしそれは〈最適化〉ではない。自身のコア構成値が情報処理スピードに特化していることを自覚しているなら、スピードで他を圧倒できる有利性を秘めたスキル、拳闘士か電子光剣使いを選択するのが最善だ。

 

 それでも、武装型の意見を全面的に受け入れる形になるのはおもしろくない。

 

 現実空間でのスキル決定を後回しにすることに決め、先に仮想空間で使用するスキルの選別を始めた。


 仮想空間では、現実空間でも使用可能な五つのスキルに加え、さらに二つの特別なスキルが追加されている。この二つのスキルは、仮想空間でのみ使用できるのが特徴だ。


 一つ目が電導士エレクタラー。初めてこのスキルを目にしたとき、ソウスケは楓花と共にプレイしたRPGを思い出した。その世界観に当てはめて呼称するなら、電導士は攻撃的な魔法発動に特化した〈黒魔法使い〉というところだ。電導士が習得できる技は多彩で、電流を逆流させたり、プログラム性質を利用してしかける攻撃は、現実でも応用できそうなヒントがちりばめられている。


 もう一つが解析士アナリシスト。パートナー、または味方の機能向上、アシスト、回復といった徹底的かつ唯一のサポート系スキルを習得できるのが特徴だ。RPGでいうところの〈白魔法使い〉または〈賢者〉だろうか。アシスト特化型なので相手に致命的なダメージを与えるような攻撃系スキルは少ないが、電導士が使用できるプログラム攻撃とはまた別の類の攻撃系スキルを発動する。


 アカデミーの教科書によると、解析士は仮想空間の環境システムを利用して、相手にダメージを与えるスキルもあると言及されているが、詳しい説明は割愛されていた。


「ではそろそろ、脅威プログラムとの遭遇を想定した訓練を開始したいと思います」

 

 先生が生徒AIに呼びかけた。


「訓練はいつも通り二人一組のチーム戦とします。作戦会議の時間は十分。その間にチーム内でMission Executor、任務遂行者と、Mission Assistant、任務補佐を決めてください。どの訓練エリアに転送するかは、教育プログラムがランダムで決定します。質問はいつでもDMをどうぞ」

 

 直後、ステータス画面が自動的に開き、ピーンという謎の効果音と共に振り当てられたパートナー名が表示された。


「……〈ドロシー〉……?」


《あ、あの……》

 

 と控えめに呼びかけてきたプログラムは、ソウスケの目の前でぼんやりと霧がかっていた。


《初めまして、ソウスケさん……AL3のドロシーと申します。い、いたらないプログラムではありますが、ど、どうぞよろしくお願いします!》

 

 おそらく、おじぎをしたのであろう霧もやの上半身が九十度に折りたたまれる。ソウスケはたじろぎながら、「う、うむ……」と情けない応答を返した。

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