6年後


 烏頭目宮市を襲った連続放火事件は、これを期にピタリと止んだ。表向きに犯人は捕まったと報道されたが、事件の真相は闇へと葬られた。


 それから6年が経った、同県北部のとある場所で──。



「……ばぁちゃん、どうして死んじゃったの……」


 

 市内にある山沿いの集落、その一軒家でのこと。仏壇の前で顔を埋め、泣いている一人の少女がいた。

 彼女の名は山ノ瀬やまのせ優衣ゆい、市内の学校へ通う中学三年生だ。そして仏壇にある写真の人物は、祖母ではない。


 優衣は赤子の時にこの家へと預けられ、育てられた。血の繋がらない老いた親ではあった。それでも普段の優衣がひねくれもせずに明るく元気なのは、それだけ周囲の愛情を注がれて育った賜物といえる。


 しかし街の中学に入って両親と離れて暮らすようになり、久し振りに実家へ戻ってみると、養母は死んでいた。親戚の中で優衣だけが知らされていなかったのである。そのため葬式にも呼ばれることはなかった。


「……なんで、なんで教えてくれなかったのよ!」


 自分もお別れを言いたかったのに……。仏間に集まっている親戚や養父へ当てつけるかのように、優衣は叫んだ。


「優衣……」

「優衣ちゃんは今年高校受験だったでしょ? 調子崩されちゃっても困るから内緒にしてたの、ごめんね」


 親戚の叔母の一言に、優衣はカッとなった。そんな、そんな理由で自分は大好きだった養母の葬式に出られなかったのか。そんなこと信じられない、信じたくはない。


「嘘だっ! ばぁちゃんと血が繋がってないから私だけ呼ばれなかったんだ!」


「よさんか優衣っ!」


 すぐ傍らに居た養父が手を振り上げる。これに思わず顔をしかめる優衣だったが、一向に打たれる様子がない。目を開けると手を上げたまま固まっている養父の姿があった。親戚の手前、今度高校生に上がる養女に手を上げることを憚ったのだろう。


 しかし、この行動は更に優衣を傷つける結果となった。


「……みんな大っ嫌いっ!!」


 優衣はそう泣き叫び、家を飛び出していた。




 自分を知っている人間の顔を避け、山林の中をどこまでも走る。もう誰も信じられない、世界で自分だけがひとりぼっちだった。


(大っ嫌い! みんな、みんな死んじゃえばいい!)


 そう心の中で唱える優衣ではあったが、本当は知っていた。自分が赤の他人だから蔑ろにされたのではなく、本当に受験があったから気を使って呼ばれなかった事を。

 しかしだからこそ、優衣は許せなかった、悔しかった。受験だからなどと下らない理由で親の死すら知らされなかったのかと思うと、憎らしくてどうにかなってしまいそうだった。


(……私なんか……みんなの邪魔者なんだ)


 やがて走るのを止め、鎮守の森を一人彷徨う。この先に小さなお社が遭った筈だ。子供の時、そこで友達とよく遊んだ記憶がある。みんなはどうしているのだろうか。思い思いの場所へと散って、それぞれに暮らしているのだろうか。


(……私は……)


 冷たさの残る2月の風が、優衣を拒むように吹き付ける。今はとにかく一人きりになりたい。暫くお社に腰掛け一人でいようと考える。夕暮れ時にでもなれば、養父が迎えに来てくれるだろうか。それとも誰も来ないだろうか。


 もし自分に、血の繋がった本当の親が生きていたなら……。


「……ん!」


 風は強く吹き荒れ、優衣を押し返そうとする。目にゴミが入りそうになり、思わず顔を覆った。



『お嬢さん、どうしたの? 誰かが憎い?』


 誰もいない筈の森の中、すぐ近くで声がした。顔を上げるとそこには黒い服を着た見知らぬ女性が立っていたのである。


 女性はニコリと微笑むと、こちらへ近づいて──。

 


『ねぇ、あたしに任せてみない?』



焔ノ通リ廻ル街 END


...and to be next story『-The children of 300 years after-』  

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