イライラが積もる天野

乗って来た車にに向かって船内を歩いていると、スピーカーからノイズ音がきこえてくる。そう、耳が良い僕だからスピーカーから微かに発生するノイズで会話の前触れがわかる。


ピンポンパンポーン!?


『まもなく、羽田空港に到着致します。お降りの際は手荷物などをお忘れのない様にご注意ください』


「ねぇシオン、一つ確かめておきたい事があるんだけど聞いて良いかしら?」


確かめたい事、一体何だろう?


「えっとぉ〜・・・・・・何でしょうか?」


「アナタの両親はどうしているのかしら?」


「ッ!?」


思いもしていなかった事と触れて欲しくない事を聞かれてしまい、心臓を鷲掴みにされた様な苦しみを感じながら両肩を跳ね上がってしまった。


「アマノは多分シオンの事を聞いていると思うけど、私達は何も聞かされてないからちょっとね。あ、言いたくないのなら無理に言わなくても良いわよ」


・・・・・・一応これから先の事を考えたら、先に言っておいた方がいいよね。


「父親は、3ヶ月半前に行方不明になりました。お母さんは僕を産んで亡くなりました。なのでお母さんの事は写真でしか知りません。

それにお父さんは・・・・・・お母さんの事を一つも教えてくれませんでした」


正確には お母さんってどんな人だったの? って聞けばよかったのかもしれないけど、小さな頃から禁句だと何となく感じていたので自分から切り出さなかったし、お父さんも言おうとしなかった。


「そう・・・・・・ごめんなさい、辛い事を言わせちゃって」


「いえ、気にしないでください」


もう吹っ切れましたから。 と言おうとしたけれども、何故か言葉がつっかえてしまった。彼自身は心のどこかで気に掛かっているとは気づいてない。


「おー、ようやく来たか。一応確認するが忘れ物はないよな?」


「ええ、荷物を広げてなんてないから大丈夫よ」


「そうか、大丈夫なら乗ってくれ」


天野さんはそう言うと車の後部ドアを開く。


「そういうところだけは親切ね。さぁ、私達も入りましょう」


「あ、はい」


リトアさんにそのまま運び込まれる様にして車の後部座席に座ると、またスピーカーからノイズ音が聴こえて来た。


ピンポンパンポーン!


『ただいまから船のトビラを開きます。車でお乗りされた方は乗務員の指示に従い、お降り下さい』


今さら気がついたけど車を出し入れする為のトビラの前には職員の人がいて、安全点検をしているのか大きなトビラの前で仕切りに確認作業をしている。


「それにしてもシオン。お前、船に乗っているのによく酔わなかったな。もしかして船に乗った事があるのか?」


「えっ!? ないですけど」


そう、今日初めて船に乗った。車しか乗った事がなかったから僕にとっては新鮮な感じがした。


「そうか」


「東京湾内だから揺れが少ないから酔わなかったんじゃないの? それに短時間だで着くのもあるかも」


「まぁそうか。東京湾内の運行でよかったな」


ガコンッ!?


音のした方に顔を向けて見ると、もう着いたのかトビラがゆっくりと開き出しいる。その様子を見ていると中職員さんがこっちに向かって来た。


「もうまもなく通れる様になります。我々の指示に従ってお降りして下さい!」


「あいよ」


職員さんはニコニコしながら言うのに対して天野さんはめんどくさそうにそう言う。多分、この人はお世辞というのは苦手なタイプなのかもしれない。

と思っていたら煙草を取り出して口に咥えるじゃないか。


「ちょっとアマノッ!! ここは禁煙よっ!!?」


「あぁ〜、わかってるよ。船から出たら吸うつもりだから安心しろ」


「そう言う問題じゃないわよ! そのイヤな匂いが私達に移るから止めて!」


「へいへい・・・・・・ったく、お前ってヤツは心が狭いなぁ〜。だから男にモテないんだよ」


天野さんがそう言った瞬間、リトアさんの顔が怒りの表情に変わった。


「それとこれとは関係がないと思うよ。ただぁ〜・・・・・・ちょっとね」


「ちょっと って何よ?」


「ほら、頭は良いけどさ。だらしないところがあるじゃないか。それに魔法の研究だってやってるんでしょ?」


「だらしないところがあるのは認めるわよ。でも魔法の研究については魔術師としての義務だから、やってるのよ」


えっ!? 魔術師って確か魔術を使って戦ったり、研究をして魔法薬を作ったりしている人達の事だよね? 確か得意不得意があるけど誰にでも魔術が使えるのがわかったのと、医療目的に力を入れているせいで攻撃系の魔術師は衰退傾向である。ってニュースでやっていたね。


「でも料理の方はからっきしだろ?」


「うっ!? でも今は冷凍商品とかレトルト商品とかあるから・・・・・・」


「男は時々な、彼女の手料理を食べてみたいって思う時があるのさ」


「ッ!? もういいわよっ!! シオンくんに引き取って貰うからぁっっっ!!!?」


リトアさんはそう言いながら僕の身体をギュッと抱きしめて頬ずりしてくる。


「おいおい、そいつが家事を出来るかどうかわからないぞ?」


「・・・・・・シオンくん、家事って出来るの?」


「あんまり出来ない方です」


父親しか家族がいないので掃除や洗濯や料理はやってはいたけど、決して上手とは言えないほどの腕前です。

本当にお父さんから、家事が下手だなぁ〜。 って言われるぐらいだから僕を当てにしないで欲しいです。


「だとよ、当てがはずれたな」


「もぉ〜、残念ね」


リトアさんはそう言いながらションボリして顔をするので、ちょっと罪悪感を感じてしまった。


「でもこの抱き心地はいいわね」


「ムギュッ!?」


今度は僕の頭を胸に寄せて抱きしめるので、思わず変な声を出してしまった。


わっ!? わわわわわわっ!? リトアさんのお胸が顔に当たってるよぉ〜〜〜!!?


「や、止めてくださいよ!」


「うっふっふっふっふぅ〜〜〜」


リトアさんは不敵に笑いながら頭を撫でてくるので、なんだか恥ずかしくなって来た。

べ、別に嬉しくなんてないよっ!?


「口で言う割には嬉しそうじゃない?」


「そ、そんな事はないですぅ〜〜〜!?」


な、なんでお父さんと言い何で当てられるの?


そんな事を思っていたら、そのまま強く押し付けられてしまった。


「ッ!? モガモガ! うむぅぅぅうううううう〜〜〜〜〜っ!!?」


く、苦しい! 息が詰まりそう!?


「あの〜・・・・・・楽しそうにしていらっしゃるところをすみません」


そうこうしている内に誘導員らしき人が申し訳なさそうに車の横に立っていた。


「ん? ああ、俺たちの順番が回って来たのか」


「はい、こちらで誘導するので指示に従って下さい」


「あいよ」


「それとここは禁煙なので、お煙草の方はご遠慮下さい」


「あ、ああ・・・・・・わかった」


天野さんは少し不貞腐れた顔で返事をすると咥えていた煙草を手に取り、煙草の箱に入れ戻す。

その様子を見ていたリトアさんはニヤけた顔をしながら口元に手を当てていた。


「・・・・・・おいリトア、なにニヤニヤしてるんだ?」


「別にぃ〜」


「ハァ〜・・・・・・まぁいい。船から出れば好きなだけ吸えるからな」


そう言うと不機嫌な顔をしながらドアの縁に肘を乗っける。


「次の車を動かして!」


橋になったトビラの上にいる職員さんが手を大きく振りながらこっちに向かって言ってくると、車の側面にいた職員さんが手を上げて答える。


「はーい! あちらの職員のさんのところまで車を出して下さい!」


「はい、わかりました」


リュークさんはそう返事すると、出入り口付近にいる職員さんに向かってゆっくりと車を進めて職員の前で止めると同時にリュークさんが助手席に顔を向ける。


「まだ船の中だから煙草を吸っちゃダメだよ」


「持つだけなら大丈夫だろ?」


煙草を手に取っているって事は、多分煙草を吸いたいと言う気持ちが強いのかもしれない。


「全くこの人は〜・・・・・・マナーぐらいは守ってよ?」


「ああ、それぐらいは守るから安心しろ」


いや、僕達の目の前で煙草を吸おうとしている時点でマナー違反だと思うんですけど。


なんて思っていたら、車の前にいた職員さんが脇に退くと発進する様に促して来た。

運転手のリュークさんはその指示に従い、ゆっくりと前進させて船から出た瞬間にスピードを少し上げて道路沿いまで行く。


「やっと煙草を吸える」


「ダメ、羽田空港に着いてからにして」


結局天野さんは煙草を吸えずじまいだったので、持っていた煙草をケースにしまうとふて寝してしまった。

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