第3章 めぐりあい異世界(3)
「……確かに、良く見ると、見た顔ですね」
隼瀬が、侵入者のヘルメットを取り、面通しをしながら頷く。
俺も確認してみる。ほとんど覚えはなかったものの、俺を事を睨みつけて来たやつに似ているな、くらいの覚えはあった。
「じゃあ、本当にそうなの?」
「ああ、上月さんの護衛としてこのホテルに侵入してきた連中が、顔を隠して、俺達のことを襲ったってことだ」
「どうして、そんなことを……」
史雄は、分からない、というような顔をしているけれど。
俺には、良く分かる。
「そんなの、利用されたに、決まっている」
異世界の人間は、必要としている人材を召喚する為に、こちらの世界へ来る。
しかし、こちらの世界では、異世界の人間はおおっぴらには動けない。
だから、こちらの世界の人間を使う。
合理的だ。
実に合理的で、理にかなっていて。
だからこそ……許せない。
「違うだろ、そんなのは」
現世界の人間を、買収か何かをして利用する、異世界人。
異世界の為に、自分の世界のものを売り渡す、現世界人。
どちらも、許せる筈もない。
異世界からの侵略者を迎え撃って、人材が異世界に連れて行かれることを防ぐ。
それこそが、俺達の任務であり、存在理由だ。
しかし、今回の場合はどうだ。
俺達が守る対象である筈の現世界の人間が、異世界の侵略者の手助けをしている。
自分達の世界を、売り払っている。
異世界人の奴らも、ろくでもない理由で召喚するだけでは飽き足らず、俺達をただ利用しようとしている。
双方共に、相手を利用し、利用され。
侵略し、侵略されている。
俺だって、
異世界召喚というものが、綺麗で清廉なものだと信じている訳ではない。
実際に、召喚するか、されるか、という最前線で動いているのだから、
汚い一面も良く知っているし、そこに様々な思惑が絡んでいることも知っている。
だけど、これはいくらなんでも、違うじゃないか。
「クソッ……」
自分を制御出来ないまま、苛立ちだけが募る。
この苛立ちをどうしようか。どこにぶつけるべきなのか。
訳の分からないまま、辺りを見回していると。
「……ッ!」
俺よりも強く、感情を剥き出しにしている奴を見つけた。
それは、普段から苛立ってはいるものの、しかし怒りという感情をめったに見せることはない後輩で。
「許せません」
隼瀬が、顔に激しい怒りを浮かべていた。
「異世界の奴等と勝手に接触して、私の邪魔をするなんて、
そんなこと、絶対に、許せない。
私の前に立ち塞がるなんて、絶対に、絶対に、許せません」
火傷しそうな熱量を秘めた、隼瀬の怒り。
「お前……」
そんな隼瀬を見ていると、俺は逆に冷静になって来る。
チームを率いる人間として、こんな時こそ冷静にならなくてはならない。
つい感情的になってしまっていたらしい。
何だか、昔の自分に、引きずられていたようだ。
異世界というものに対して、純粋な憧れを持っていた頃の自分に。
少なくとも、手段と目的が入れ替わってはいなかった、
そんな昔の自分のことを微笑ましく思いながら、話を現実に戻す。
「まあ、とにかく。こいつらは無力化した。それだけは確かだ」
「ですけど、委員長の言からして、今回の一件に異世界側の勢力が噛んでいることは、間違いがありません。つまり」
「ああ、まだ終わっていない」
そう、あくまでも最初に送り込まれてくる尖兵は、露払いの役目に過ぎない。
こうして現地の人間を使ったのは、自分達のリソースを節約したいからだろう。
本隊は、後からやって来る。
本気の侵略は、この後に行なわれる。
だから、単なる尖兵の相手をいつまでもだらだらとやっている場合ではなく。
一刻も早く次の行動に移るべきだった。
行動すべきだった。
気付いた時には、既に新たな魔の手は、伸びていたのだから。
それは、分かりやすい形で訪れた。
がくんと。
自分の身体が、不意に重くなるという、致命的な違和感によって。
「……何だ?」
全身が重い。
息が止まりそうになる。
トレーニングの成果なのか、どうにか息を整えることが出来る。
巨漢の力士に圧し掛かられているような重みだが、耐えられないほどではない。
しかし、到底動けそうにない。
「こいつ……は……!?」
単に、重力を掛けられている、というものではない。
現に、俺たち以外の、部屋の設備やなんかに影響は見られない。
明らかに俺達を……異世界対策チームのメンバーだけを妨害している。
「あのタカヒロさん、どうされましたか?」
上月さんが、こちらのことを不安そうに見つめている。
注意を促そうとするが、どうしても掠れて声が出なかった。
こちらに近づかないように、出来ることならこの部屋から逃げるように……そう、伝えたいのに。
「ぐぅッ……!?」
ただ、こうなってしまえばもう、手遅れなのだろう。
俺達だけをピンポイントで狙い、攻撃する。
それは、現世界の技術で出来ることではない。
既に敵はここに来ている。
俺達が、本当に対応すべきだった侵略者、異世界の技術を持った連中が。
「クソッ!」
何も対応することは、出来なかった。
何故なら、部屋中に無数の魔法陣が現れて。
そこから次々と侵入してくる人影を、確認したからだった。
「――ッ!!」
「――ッ!!!」
人影は、先程の連中とは違い、素早く動いた。
迷いも躊躇いもない。こういうことに場馴れしている、玄人の動きだ。
己にとっての障害を、迅速に制圧することだけを目的としている行動。
つまり、俺達という護衛を、狙う。
「ガッ!?」
俺の上にも、二人掛かりで圧し掛かって来る。
重いどころの騒ぎではない。力士に圧し掛かられたような力の上に、更に二人分追加されたので全身の骨が軋んでいる。
顔面も床に押し付けられる形になっているものの、強引に首を回して、部屋の様子を確認する。
それくらいしか、出来ない。
「なん……だと……」
しかし。
そうやって見た光景もまた、絶望的だった。
隼瀬も史雄も、同じように制圧されていた。
さすがに女性の隼瀬は、1人だけで押さえられているものの、史雄の上には見事に4人も載っていた。
相手は、史雄の危険性を、実力を、理解しているといるのだ。
視界の隅では、ポチが網に覆われてもがいている。
完全に、俺達チームは動きを封じられている。
しかも、俺達の情報を知った上で、対応されている。
どこからか情報が漏れているのだ、という事実に背筋が寒くなるが、今はそれどころではない。
俺達の護るべき人物……上月ライラは。
「は、離して、ください!!」
背後から、強引に羽交い締めにされている。
もがく上月さんに業を煮やしたのか、侵略者は取り出した布を、上月さんの口元に押し付ける。
異世界の連中だというのに、そんなアナログな方法を使うのか、ということに少しだけ感心してしまう。
「むーむー!!」
口元を覆われた上月さんは、しばらく抵抗していたものの、すぐに動かなくなる。
まさか命を奪うことはないだろうが、これでもう彼女の身柄は相手に確保された。
「クソッ、クソッ!」
歯噛みし、顔を歪めても、なお1ミリも動けないでいる。
護衛対象が襲われているのを、ただ見ていることしか出来ない。
理解する。
俺達の任務は、失敗したのだ。
◆ ◆ ◆
侵略者たちは、部屋を去ろうとしなかった。
このまま上月さんを連れて、魔法陣の向こうに消えてしまえば、それで全てが終わるというのに。
一応、魔法陣を描くような動作こそしているものの、何かを待っているように、その場で待機している。
何を、しているのか。
全てが終わってしまった後に、まだ何をやろうとしているのか。
どこまで俺達に、敗北感を刻み付けるつもりだろうか。
まさか、俺達をも異世界に連れて行こうとしているのだろうか。
え、マジで?
ラッキー!!
「いやラッキーとか言ってる場合じゃねぇな!!」
「!?」
重さも忘れて叫んだ俺に、俺に乗った異世界の連中がびくんと震えた。
しかしすぐさま、俺に体重を掛けて来る。すぐに気を取り直しやがる。
まあ、拘束している奴が急におかしなことを叫んだら、誰だってびっくりする。
そこはあんまりどの世界でも変わらないんだな。
そんな風に、変な感心の仕方をしている、俺の耳に。
「アハハハハ」
場違いなものが、届いた。
それは、笑い声だ。
今、この部屋の中で、笑うということが出来る人物。
それは当然ながら、俺達ではなく、侵略者の側のものだった。
誰が笑っているのか……それを考えた時に。
何か、とんでもなく、恐ろしい気分になっていた。
これは、駄目だ。
この先を考えてしまっては、駄目だ。
それは、絶対に、俺にとって良くないものを招き寄せる。
今すぐにここで、目を閉じて耳を塞いで、全てを拒絶するべきだ。
真実の重みに潰されて、手遅れになってしまう前に。
ただ、それでも。
残酷なことに。
見たくないのに見えてしまうからこその。
知りたくないのに知ってしまうからこその。
真実である。
部屋に響き渡る、笑い交じりの声色で。
完全に、俺の思考は停止した。
「久しぶりだね、鷹広」
名前を呼ぶ声。
それは、紛れもなく。
この俺に、この俺だけに向けられて、発せられた言葉。
「……は?」
思わず、声が出た。
それが、全く予想外の方向からのものだったから。
具体的に言うならば、それは、俺の過去からのものだった。
いつか、聞いた声。
ある日を境に、二度と聞くことのなくなった、そんな声が。
今、ここで。
こんなところで、聞こえて来るなんて。
そいつは、わざとらしく音を立てながら、俺へと近づいて来る。
その気迫に押されるように。
あるいは、その意を無言で感じとったように。
俺の背に乗っていた二人が、そっと離れる。
いつの間にか、全身に掛かる謎の重みも、消え去っていた。
だから、動こうとすれば動けるし、逃げようと思えば逃げられる。
ただ、動こう、という気分が、どうしても湧いて来ない。
そうやって逡巡している間にも、足音は近づいて来て、
そして、俺の目の前で止まった。
「…………」
熱に浮かされるように、視線を上げる。
そこにあるのは、見慣れない服装。
少なくとも、俺達のいる世界ではあまり見る機会のない、威圧感をそのまま纏ったかのような服装。
黒い軍服だ。
こんなホテルの一室には、あまり似合わない恰好。
どちらかと言えば、パーティ会場か何かが相応しいだろう。
要するに場違いな格好をしたそいつは、俺と視線を合わせると、艶然と微笑んだ。
「ほら、これで、分かるよね?」
その笑み。
その顔を、見せつけられる。
既に、すっかり夜が更けていた。
窓から差し込む、僅かな月光に照らされるその顔は、はっきりと俺の目に届く。
「何、で……?」
何が、どうなっているのか。
どうして、こんなことになっているのか。
ただ、一つだけ確かなことがある。
俺は、こいつの知っている。
いや、知っている、なんて生易しいものではない。
そんな言葉で表せるほどに単純な関係ではない。
確かに、こいつと俺の人生は重なっている。
重なっていて、しかし別たれた。
半ば強制的に、別たれてしまった。
あの日。
俺の目の前に、突如として出現した魔法陣。
異世界へと人を連れ去る門。
そこを分水嶺として、俺と、こいつの人生は、決定的に分岐した。
それこそ、世界を隔てる程の分裂があった。
無数にある世界の、何処に行ったのかも分からない、完全なる決別。
それなのに。
こんな意外な所で、何故、その道が重なったのか。
「何でお前が、ここにいるんだ!?」
俺の前から、確かに消えた筈だ。
俺よりも先に魔法陣に呑みこまれて、違う世界に行ってしまった筈だ。
その後を必死で追いかけようとして、どうしても叶わなかった。
その後でも、どうにかして後を追おうとした。
いつしか、その目的を失って、
手段こそが目的と化した後でも、忘れることはなかった。
しかし、今、確かにここにいる。
俺と同じだけの時間を積み重ねた、成長した姿で。
しかし、その立場を、正反対の位置に変えて、ここにいる。
「答えろよ……流華!!」
俺の幼馴染。
いつも一緒にいた親友。
異世界に消えた筈の、大切な人。
天花寺流華が、そこにいた。
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