自販機の下。

七条ミル

自販機の下

 大学生なんかになってもう二年が経ちました。私もなんとか単位を落とさずにみんなについていって、進級もできています。恋人とか、そういうのはまだまだだめですが、いつかはそういう人を持ってみたいな、とは思っています。

 毎日同じ道路を通って大学に通って、毎日同じ道路を通って私の住むアパートに帰ります。

 最初のころは、精神的余裕もなくて、毎日同じ景色にうんざりとしていたものですが、今では細かな違いにも気付けるほどの余裕ができて、毎日ちょっとした変化を見つける楽しみもできています。

 そんなある日のことです。私がいつもどおり道の草木に思いを馳せながらふらふらと歩いていると、私がアパートに越してきたころには既にあった自販機の下に潜り込み、何かを探すように体を動かしている男の人が居ました。少し怖かったのでその日は無視して帰ったのですが、来る日も来る日もその人は自販機の下に体をもぐり、しきりに何かを探しているのです。

 一週間ほど経ったのでしょうか、とうとう私は痺れを切らし、その人に声をかけてみることにしました。

 「あの、すいません。」

そう声をかけるとその人は、

「ああ、自販機使います?どうぞどうぞ。」

そういって場所をあけてくれました。ですが私は飲み物が買いたいわけではないのです。

「いや、あの、どうしてそうやって自販機の下にもぐってるのかなって…。」

「ああ、これかい。僕はね、大切なものを探しているんだ。絶対この自販の下にあると思うんだけど…。」

彼はそう言うと、また自販機の下を覗き始めました。

 翌日です。朝、私が通ったときには居なかった彼は、帰りにはまた自販機の下に潜り込んで何かを探していました。

「熱心なんですね。」

 私がそう声をかけると、

「絶対になくしちゃいけない、本当に大切なものなんだ。」

彼はそう答えました。彼はまた自販機に潜り込もうとしてからやめて、

「そういえば君、昨日も声かけてくれたよね。何ていうの?」

私は男の人に名前を聞かれることなんて初めてなものですから、少したどたどしくなってしまったかもしれません。

「え、えっと、ひ、日高ひだかかなえです。」

「へえ、日高さんね。僕は田宮たみや亮平りょうへい。」

田宮さんはそう言ったらまた、自動販売機の下で何かを探し始めてしまいました。

 私は帰ってからも田宮さんのことを考えました。

――田宮さんはあの自販機の下に何を落としたのだろうか。

 私の疑問はそれにつき、どうしてもそれが気になって仕方がありませんでした。

 日曜日、私はふとテレビをつけて、国民的大喜利番組を見ていました。すると、水色の着物を着た人が、

「いやあ、自販機の下に小銭落ちてねぇかなって思ってよ。」

というネタをやっていました。私は一瞬、田宮さんも小銭を落として探っているのか、とも思いましたが、小銭を落としたくらいでそこまで熱心に探すでしょうか。私だったら、きっと仕方ないとあきらめてしまうでしょう。

 いいえ、私と田宮さんはまったくの別人ですから、田宮さんが小銭を探している、という可能性もゼロではありませんが、でも、それほどに小銭が大切でしょうか。何日も諦めずに探すほどでしょうか。

 やっぱり、私にはそうは思えません。田宮さんは、何か本当に大切なものを、あの自販機の下に落としてしまったのでしょう。

 翌日の帰りです。また、田宮さんは居ました。田宮さんはまた、黙って自販機の下を漁っていました。やっぱり、とても深刻そうな顔をしていて、とても小銭を探している人には見えません。

 「田宮さん、何を探しているんですか?」

とうとう私は聞いてしまいました。田宮さんはゆっくりと立ち上がって、

。だけど、全然見つからない。」

田宮さんはそう言うと立ち上がり、どこかへ行ってしまいました。私も前々から少し気になっていたので、少し自販機の下を覗いていました。

 自販機の下には、100円玉が一枚、転がっていました。

 ――やっぱり、目的は小銭じゃない…?

 あれだけ熱心に探っているのです、こんなに分かりやすく置いている100円玉に気付かないわけがありません。

 ――ということは、その、もっと大きなものだってこと…?

 少し気になります。

 翌日のことです。気分転換に普段とは少し違う道を通って帰っていました。

 ふと前を見ると、普段通る道のものと同じ型の自販機が目にはいりました。品揃えもまったく同じで、もし私が土地勘の無い人間で、二つの自販機のどちらかの前に立たされたら、どちらかわからなくなるかもしれません。それくらい、周りの景色もそっくりなのです。

 もしや、と思い、私はその自販機の下を覗いてみました。

そこにあったのは、


――


 それは紛れも無く白骨化した遺体でした。まさか、田宮さんが探していたのは、これなのでしょうか。

 

 ――田宮さんはこの遺体をこの自販機の下に隠し、そして後日回収しようとしていた。しかし、瓜二つの自動販売機と間違え、そちらを探してしまっている。


 周りの風景を見ていると、そんなこともありえない話ではない気がしてしまうのです。警察に電話したほうがいいのでしょうか。



 後ろに立っていたのは、田宮さんでした。田宮さんはゆっくりと自販機の下を覗いたあと、キリと口角を上げ、

「ああっ!こんなところに白骨化した遺体が!」

そんな風に白々しく叫びました。田宮さんはなおも演技を続けています。

 私は怖くなり、後ろ手に携帯電話で110番に連絡をしました。しかし、田宮さんの前で警察に連絡することなどできず、なかなか住所と用件を伝えることができませんでした。

 私はなんとかこの場面を伝えられるよう、音量をゼロにし、スピーカーフォンをオンにして、田宮さんの声が入るようにしました。

「なんでこんな閑静な住宅街!それも××町なんて平和な町の自動販売機の下にこんなものがあるのだろう!」

尚も白々しげに演技をする田宮さんですが、この町の名前を叫んでくれました。そして、しばらくしてから田宮さんは懐から拳銃を取り出すと、私に突きつけました。

 と、そのときでした。

「田宮亮平!銃刀法違反、殺人及び死体遺棄の容疑で逮捕する!」

物陰から見ていたのでしょうか、どこからか出てきたその刑事さんは田宮さんを、いえ、田宮亮平を取り押さえ、そのまま無線で仲間に

「田宮亮平を確保、応援をお願いします。」

そう言ってから、刑事さんは田宮亮平を取り押さえたまま、私に話しかけてきました。

「大丈夫でしたか。ああ、そうですか、無事なら何よりです。それで、申し訳ないのですが、事情聴取を後ほど署のほうでお願いしてもよろしいでしょうか?」

「ええ、構いません。」


 これはあとから聞いた話なのですが、田宮亮平は連続殺人事件の犯人だったそうです。全国で指名手配されていたそうなのですが、私はあまりそういったことに注意を向けない性質たちだったので気付きませんでしたが、そこそこ有名な殺人犯だったそうです。

 そうして、私はまた、大学への道を歩くのです。このさき、どんな人がいるのでしょうか。どんなことがあるのでしょうか。

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自販機の下。 七条ミル @Shichijo_Miru

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