第10話 イデアとエイドスの関連について

イデアとエイドスについての認識論的な考察。


たとえ精密機械で持ってしても、角の先端がミクロレベルでは角となせず丸みを帯びることは事実です。

概念と現実の乖離ですね。


しかしながら、概念を現実に模倣する行為、その時点ではイデアとエイドスは一致していると考えております。


子供がフリーハンドで円を描く。歪むでしょう。間違いなく真円には見えない。

一方で、その子の頭の中では、描かれた円は真円として認識されている。

つまりイデアとエイドスが合致しているのです。


結局はイデアとエイドスを隔てさせるのは、第三者であると考えられます。

上記の例では、親であり教師であり教科書であるでしょう。

「その円は正確じゃないよ」

この言葉がかけられた瞬間に、描いた子供本人も円の歪みを自覚せざるをえなくなる。

故に、イデアとエイドスが分離する。


以上が私のイデアとエイドスの関係の考察です。


またプラトンは二元論者ではなく、一元論者であり、ある種の比喩として、イデア論を用いていたのではないかと考えております。

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