アオイソラ
gomma隠居中
1. さようなら、またいつか。
誰かに必要とされたくて生きてきました。
貴方が居てくれて良かったと言われたくて、ここまで来ました。
初めてバイトをした時のように誰かに感謝されたくて、辛いことも耐えてきました。
だけど。
ごめんなさい。
ぼくはもう、生きられない。
こんな嘘と建前の深海で、化石の魚のように生きていくのはもう限界だ。
だから今日、ぼくのこの手で、この足で、全部終わりにします。
世話してくれなんて頼んだ覚えはないけれど、今までありがとうという定型文を据え置きして消えます。
さようなら、またいつか。
‐‐‐
ぼくは靴を脱ぎ、足元に綺麗に揃えた。ボロボロに履き潰した黒いコンバースの靴底には、先ほど心の中で読んだばかりの遺書がはりつけてある。
靴の右足に外した眼鏡をたたんで入れ、左足には腕時計を収納する。地味で取り柄のなさを強調するような銀縁のスクエア型眼鏡と、たいして好きでもなかった元彼女に贈られたスイスの国旗が小さく描かれたシルバーの腕時計。
7階建て雑居ビルの屋上に、やや強めの風が吹く。この街の雑居ビルで一番高さのある場所を選んだので、ここよりも上から誰かが僕を見つけてくる、なんてことはない。少し遠くに30階建てのオフィスビルが見えるけれど、仕事中の偽善者たちがいち男子学生の最期を見届けに来るとも思えない。学生といっても、留年しているから本来は社会人をしているはずの年齢なんだけど、そんなのはもう関係ない。
強風にさらわれて躍る、若干くせ毛のうねる重たい黒髪を額の上に感じながら、ぼくは屋上のフェンスに片足を掛けた。と思った。
「あああああああああああ!!!!」
頭から、槍のごとくまっ逆さまに自分の体が落ちていく。ドラマに出てくる中学生みたいに、フェンスに両足をつけて軽やかにジャンプするようなかっこいい死に方さえまともにできないぼくは、最後まで情けない。
そして、やはり体に強く風を感じるのは怖い。覚悟は決めていたはずだったのに。新幹線や高速道路よりも速く感じる、景色の流れに心身が喚く。だぶだぶの薄い色のジーンズの裾が、パタパタと激しく音を立てて風に泳ぐ。それが鞭のように足首にビチビチと当たる。数秒先の未来を想像し、それまで全く意識していなかった肛門が嫌な予感を察知してムズムズとする。というと、排泄でもするのかと思われそうだけれど、そうではなくて、緊張がおしりにまで伝わってしまっているような、ピンと張り詰めた空気のような感覚だ。
さかさまになった頭頂部がビルの三階辺りまでさしかかかってきたところで、何やら身体に不思議な浮遊感を覚えた。
「なーにやってんのよ、お前はバカか!」
「え、」
いきなり降ってきた姿の見えない浮遊感の犯人は、秋葉原の路地に立つメイド服の少女のような甲高いアニメ声で、ぼくを昭和の頑固親父よろしく叱責した。
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