ビリヤード・ライフ

「マジかよ!」


 マルドゥック・シティ――リバーサイド――うらぶれたバーの一角。

 小柄な金髪の青年はビリヤード台の前でキューを握り締め、感嘆の吐息を漏らした。

 台を挟んで反対側に居るのは、赤味がかったくせっ毛を長く伸ばした少女。キューの先端にチョークをまぶしながら、いたずらな笑みを惜し気もなく青年に向ける。


「にひひ。これであたしが19勝0敗。もーやめたらー?」


 勝ち気そうに腰に手をあてた少女に、青年――ジョーイ・クラム――はキューを構えることで返答する。


「タコ言ってんな。まだこれからだ」

「懲りないねー。しつこい男はモテないよ?」


 ジョーイは無言でボールを並べ始める。

 キューを肩にかけた少女は、「しゃーない、もんでやりまっか」とどこか嬉しそうな顔で呟いた。






「だあクソッ! なんであそこで外れるかなぁ。あれさえ決まればよぉ」

「そーんな運頼みじゃ駄目だよー。ちゃーんと狙ったところに狙ったように打つ。それが基本だよ」

「んなこと出来たらみんながみんなトッププレイヤーだっつーの! ……ちきしょう、いつか見てろ」


 月の出ていない暗い夜道。

 ジョーイと赤毛の少女は二人並んで歩いている。

 少女が前を歩き、ジョーイがやや後方から辺りを見回すように気を配っている=警戒。


 マルドゥック・シティのスラム街は、活発な色気を発散し始めたばかりの少女が散歩するには危険すぎる。素直でないジョーイは帰り道のエスコートのことを「トレーニングの一環だ」と称してはいたが。


「誰も襲いに来ねえな。俺の恐ろしさが広まってるのか、お前の魅力が足りねえのかどっちだろうな? いっちょ賭けてみねえか?」

「バーカ。ボクシング馬鹿のツラが割れてるからに決まってるでしょ」


 軽口を叩き合いながら歩く。

 ぱちぱち、と消えかけた電灯が二人を照らしている。

 程なく、薄い緑色に塗装された少女のアパートが見えてきた。


「あんがと、ジョーイ。あたしがかわいいからってここまでしてくれるなんて思わなかったよ」

「なに言ってんだボケ、俺に少女趣味はねえよ。ガキを見殺しにしたら寝覚めが悪いだろうが」


 たたっ。不意に少女が走り出した。

 アパートの外階段のところで立ち止まると、体ごと振り向いて歯を剥いた。白い歯の輝きがジョーイの目に焼き付く。


「あたしはもう18だっ。結婚だってできるんだよバカジョーイ! 送ってくれてありがと、じゃーね!」


 かんかんかん、と階段を駆け上がる少女を見ていると、足を滑らせないかとヒヤヒヤする。


「たまには勉強しろよ、パルカ! じゃーな!」


 無事、彼女が目的の階にたどり着いたのを見届けたジョーイは背中を向けて走り出した。







「――それで強盗犯達は今、コンビニエンスストア店舗内に籠城。三人の店員を人質にとっている」


 翌日、ジョーイはマルドゥック・スクランブル-09――人命保護のため、禁止された科学力を行使することを許された組織――の事務所内でコーヒーを飲みつつドクター・イースターの説明を受けている。

 今朝早く、銃で武装した一団がコンビニを襲い、立てこもっているという。

 緊急出動した警察が取り囲んではいるが、一触即発の危険な状況だそうだ。

 イースターがどこか間の抜けた笑顔で口を開いた。


「珍しく警察側からの救援要請だ。僕達も名が売れてきたってところかな?」


 ジョーイの所属するセカンド・チームのリーダー、ボイルドが手を上げた。


「ドクター。敵の情報を」


 眉ひとつ動かさない鉄面皮。冷静沈着。クールでタフな男。天地を問わず駆け回る“徘徊者ワンダー”。ジョーイはボイルドをそう評していた。

 対するイースターは冴えない中年男という風体。しかし、彼は見かけによらず異常なまでに頭がキレる。

 太鼓腹を揺らしながらイースターがPCを操作。壁に店内の見取り図が映し出された。


「該当の店舗はテナントビルの一階だ。入るには正面入口、裏口、非常口の3ヶ所のいずれかしかない。

 強盗犯達5人は非常口のドアを蹴破って内部に侵入。買い物客を二人射殺。その後速やかに店員を拘束して籠城。

 3ヶ所とも出口は内側から完全に見張られている。所持している武器は小銃、及び拳銃。それに手榴弾。プラスして自爆用の爆弾を店内に仕掛けている」


「厄介だな」


 呟くボイルド。肩をすくめるイースターにジョーイが口を挟んだ。


「たかがコンビニ強盗で武装しすぎじゃないっすか? その店では金塊でも取り扱ってるんですか?」


 イースターが悲しそうに俯いた。


「近頃、若者達の間でこういった犯罪行為をゲームと称して持て囃す風潮がある。『ミッション1、コンビニから金を手に入れろ』てなもんさ」


 ジョーイと並んで座っている髪をダックテールにした男、“再来者レヴナント”ハザウェイ・レコードがぐるりと目を回した。


「あらら。――にしても武装が強力過ぎねえ? スーパーマーケットで買えるとは思えねえんだけど」


 ハザウェイの言葉に、盲人用の帽子で目を覆った伊達男、“盲目ブラインドピーピングトム”クルツがその手に持った杖を指揮棒のように振る。


「マフィア連中の後ろ楯がある。奴等は自らの犯罪を目立たせないよう、子供たちに付近で騒ぎを起こさせるという手口を使うことが最近増えている」


 シャープな容貌の紅一点、ラナが拳を打ち合わせた。


「気に食わないね。子供を利用しようなんざ」

「同感」


 同じくジョーイも拳を握って顔の前に掲げる。

 横目でそれを見た“悪党ワイズマン”ワイズ・キナードが鼻で笑った。


「その同時進行しようとしてるマフィアの企みはほっとくのか? お優しいジョーイさんよ」


 視線で火花を散らすジョーイとワイズ――イースターが慌てて割って入った。


「そっちも尻尾は掴んでる。そちらの方は警察に任せることになっているんだ。僕達の仕事は子供たちの制圧。もちろん生け捕りで」


 ボイルドの手袋が突然声を上げた。


「殺さなくてもいいのか、子供たちを!?」


 隠しきれない喜びを発散する声=あらゆる兵器に変身ターンする能力を持った“万能道具ユニバーサル・アイテムのウフコック。

 ボイルドがその無表情に似つかわしくない優しい手付きで手袋をなぜた。


「ああ。それが俺達の有用性だ」


 “拳骨魔フィストファッカージョーイ・クラムは意識の端でそのやり取りを見て、暖かい気持ちが溢れそうになった。


 ぱん、ぱん。芝居がかった様子で手を打ち鳴らす男――髪を極彩色に染めた40代の美男子――クリストファー・ロビンプラント・オクトーバーが09メンバー全員に通達。

 ただ一言。


「諸君、存分に暴れてきたまえ」

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