0x0111 主人公のなり方
「一言だけ言っておこう。デアドラが
ガシュヌアは淡々と言ったが、寝不足の僕には理解するのに時間がかかった。
寝不足になった経験、普通にあるよね?
ギル畜はいつだって寝不足だけどさ。
こういう時って言葉は聞こえてても、意味がわからないことが多々ある。実際、寝不足になると色々な所で壊れてくる。
ミレー街近くにやってきても、春日に照らされながら、僕の意識はフワフワしていた。
眠気が瞼まで押し寄せていて、今にでも目を閉じてしまいそう。建物の窓際に通り過ぎる洗濯物は目に付かなくなり、ロバ車や荷車が散見される。
そんな雑然とした空気の中、僕は記憶をまさぐる。
そういや、僕がDOGのアドレス知ったのって、デアドラのメールを転送されてだったよね。
でもって、そこにDOGのURLが記載されていた。
僕がアクセスしたら、
悪魔と契約をするサイトがブラウザに表示された。あの時のショックは忘れない。
ここでようやく僕の意識が戻ってきた。
えっ、どういうこと?
デアドラが悪魔と契約するかもとか言ってる?
そういや、僕が悪魔であることを確認した時、僕をデアドラの所に落としたのは偶発的ではなく、DOGが決定したこととか言ってた。
ええー、何かまた仕組まれてる。
僕の知らない所で、DOGに全力で仕組まれてる。
また、爆弾処理させられるのかよ。もういい加減にしてくれよ。
樫の木を振り回してもドングリしか落ちてこねえよ。
「ガシュヌアさん。僕の言うことをシッカリ聞いて下さい。大切なことを言いますからね。悪魔であっても人間らしさを失わない。これが僕のスタンスですから!」
僕はしっかりと宣言をしたつもりだったが、声がマトモに出なかった。
気付けば衆目を浴びているようで、ちょっと冷や汗が滲んでくる。通りを行き交う人々は、僕から遠ざかりヒソヒソ声で足早に去って行く。
「ちょっとユウヤ君、大丈夫? 寝言みたいで意味がわからなかったけど、何て言ってたの?」
「お前、全く寝てないのか? お前がオカシイのはいつものことだが、今日は取り分けオカシイぞ」
心配されている。
ガシュヌアとドラカンは眉を寄せていた。
僕の魂の声は届かなかったらしい。屈辱的だ。
指を目に当てて揉む。後頭部がクラクラしている。かなり疲れが溜まっているいるのがわかる。
「うーん、ヤバいですね。途中で寝ちゃいそう。折角のジネヴラとの初デートだというのに。どうしましょう? ガシュヌアさん、ドラカンさん、何とかして下さいよ」
「両手を組んで懇願されてもな。俺達はこれからミーティングだ。自分で何とかしろ」
すげないガシュヌアの返答。僕は段々と腹が立ってきた。
DOGとEmmaの間に挟まれて、何かと僕の立場があったものじゃないからだ。
セルジアにはDOGから言われたことをホイホイ聞いてちゃダメと言われてて、Emmaに忠誠も誓ってる。でも、DOGはDOGで好き放題。
悪魔繋がりか何だか知らないけど、僕の
「いつだって僕が爆弾処理してるんですよ! 毎回毎回! てか、何なんですか、デアドラの担当って? ハッキリ言って意味がわかりません!」
「まあまあ、ユウヤ君。大丈夫だって。その内にきっとわかるからさ」
「ドラカンさん、僕のスタンスは悪魔であっても人間らしさを失わない。コレです。ここ重要なんです。理解してくれてます? Emmaは僕にとって仲間だから、信頼を裏切るのは嫌なんですよ!」
ガシュヌアはどこ吹く風と言った風情だ。長い前髪を風に泳がせ、目線は真っ直ぐ。
「てか、ヤメ検のドナヒューの情報を探ればいいんじゃないんですか? 後、OMGにミハエルというのが居ますけどこいつも何かいわくがあるんですか?」
何の気なしに口にしたら、ガシュヌアとドラカンがこっちを向いた。
実際、ドラカンはいいのだが、ガシュヌアは耳が聞こえないはずで、この行動は如何なものかと思った。
……後でガシュヌアをからかう、ネタにしてやろうと心の奥底で決心する。
「ユウヤ君、ミハエルって言ったかい?」
ドラカンの口調がいつになく剣呑だった。日頃から微笑みを絶やさないから、思わぬ一面を垣間見た気がする。ちょっと怖い。
「ミハエルは45歳。セル民族問題に関してはプロジェクト・リーダーというポジションみたいですね。詳しいことはメールが抜けずわかっていないんですけどね。この人ってセル民自治同盟と関係があったりするんですか?」
「ああ、大いにあるね。セル民自治同盟の副理事だよ。それで彼の動向はわからないかい?」
何だろう。ドラカンが真剣。
長く伸ばされた白髪は細くて繊細。容貌は女性に近い美しさなのだが、その裏に隠された不気味な凄みが尋常ではない。
いきなり抜き身のナイフを突きつけられた気すらする。雰囲気がヤバい。
「動向は読めません。彼のメールは抜けませんでしたから。後、ヤメ検のドナヒュ-も。PCを起動したりしないんですかね? 通信が完全に途絶えてるんですよね」
「そうか。問責決議が出て、警戒してるんだろうね。どうしようか、ガシュヌア?」
振り返るドラカンの先にはガシュヌアが黙って腕を組んでいた。口元は引き締められ、いつもよりが目付きが鋭かった。眼光は痛いほど強く、雰囲気に緊張感が漂っている。
「おい、ユウヤ。マルウェアは作れるのか?」
「えっ、何ですかソレ。ちょっと何をしようと言うんですか? 犯罪の匂いがそこはかとなくするんですけど。僕、ソレやったらジネヴラに嫌われそうなんで、嫌なんですけど」
「俺は作れるのかと訊いたんだ?」
ガシュヌアはいつだって僕の話を聞かない。眉根の間から殺気が見え隠れする。
しかし、寝不足のギル畜を簡単だと考えてもらっては困る。正気なハズがないからだ。
僕は口答えをすることにする。
「えー、そもそも、そこまでする理由がありません」
口を噤むガシュヌア。
おお、いい感じ。樫の木的に絶好調。そもそも、
いつだってこうだった。
色々あったよね。
急にデアドラ屋敷に訪問しにきたかと思ったら難詰されて、晩餐会でもいい感じに振り回されている。
だが、これからは違う。
考えてもみて欲しい。
僕はハッカー。魔法ネットワークが網羅されている世界では、最強と言っても過言ではないだろう。
眠気でいい感じで頭が回らねえし、テンションが変な方向で上向き始めた。
おお、いい感じだ。
このまま主人公コースなのか?
僕は主人公になれるかもしれない。
そうだ。
主人公になる為には主体性が必要なんだ。
時には僕は無慈悲になる必要があるのだろう。NOと言える姿勢が大切だ。
この世界は良い人や、真面目だったら報われみたいな、チープな理想郷ではない。常に現実ばかりが目の前に広がっている。
「僕にメリットないじゃないですか? ラルカンにマルウェア作成させたら……」
あっ、そうか。
DOGの二人はラルカンに、マルウェア作成させに来たのだろう。
ところが、僕がサイバー・ウォーで沈めてしまったものだから……
―― ヤバいな、コレ。
「ようやく事態を把握したか。時間がないからミレー街に急ぐぞ。俺達はお前ほど暇じゃない」
「えー、何ですかソレ。僕は僕で忙しいんですよ」
ミレー街に入って通りは賑わいを帯びる。ここに来ると買い物客が賑わい始める。店に並んだ果実は輝かしい。鳥や兎が捕られたままで、未だギョッとするけども、こちらに来て慣れてきつつある。
広場に出ると食品街が並んでいる。真ん中には噴水まであり、空気にも華やぎが帯びる。
噴水の近くには花壇があり、春の花々が咲いていた。涼しさを帯びた風が首筋を駆け抜け、僕の朦朧とした意識はいくらかマシになる。
そういや、セルジアから言われた店ってどこだろう?
キョロキョロしてたら、ガシュヌアが声をかけてくる。
「ラルカンが使い物にならなくなった原因はユウヤ、お前だ。とにかくマルウェアを作成しろ」
「何を言ってるんですか、ガシュヌアさん。そもそも、ドナヒュ-についても、ミハエルについても、ネットワーク上で起動している形跡がないんですよ? マルウェアで無理矢理起動って、無理筋すぎでしょうよ」
でも、言った後で思いつく。
コイツらそもそもマルウェアが何なのか把握していない。マルウェアでPC起動なんか出来るわけがない。起動させた状態じゃないと、マルウェアを忍び込ませることすら不可能だ。
あっ、でも、マジック・パケット(※a)投げたら起動できるかも。
でも、言わないでやる。今の僕は黙っていた方が有利だ。
カードを見せる前に、焦らしてやろう。
徹夜も悪いもんじゃない。僕は調子がいい気がしている。
実際、ドラカンも神妙な顔つきをしていた。この夜、雨傘もなく、デアドラ屋敷まで送ってもらってけれど、ソレはソレ、コレはコレだ。ごちゃ混ぜにしてはいけない。
おお、こっちの世界に馴染んできている。
僕の主張。
悪魔であっても人間らしさを失わない。
これだ!
これを突き通さなくてはならない。
シッカリと拳を握っていたら、オープン・テラスから声がかけられた。
「よお、ユウヤじゃねえかよ。お前、元気にしてんのかよ?」
声をした方に視線を移すとアステアが居た。黒のカールした髪に、やや野性味のある顔。
発する雰囲気はやっぱり主役系。屈託のない笑顔を浮かべている。
悔しいけれど輝いて見えた。
ガシュヌアが僕を小突いて小声で言う。
「おい、丁度良いから。お前もミーティングに参加してゆけ」
「ええ、ガシュヌアさん、何言ってるんです? さっきも言いましたよね。僕はジネヴラとデートなんですよ。困ります」
気安く、ドラカンが僕の肩に手を置いた。
「ねえ、ユウヤ君。君のデートをぶち壊されたくなかったら、マルウェアを作成して欲しいな」
その提案に呼応するかのようにガシュヌアが僕の肩に手を置いた。
つまり、僕の両肩はDOGの二人で押さえ込まれた。
二人の背後からゴゴゴと地響きの音が聞こえてくるが、すっとぼける方向で行こう。
これは僕が主役になる為の試練なんだと思う。
「い、い、嫌です。僕だって生きてるんです。僕の人生じゃなかった。悪魔生を大切にして下さい。これは待遇改善要求です!」
ここで嬉しそうにアステアがやって来た。オモチャを見付けたような顔をしていた。
これは良くない予感。
「なあ、お前ら何があったのよ」
気さくな口調でアステアはあからさまに面白がっている。口元がニヤニヤしていた。
「アステアさん、助けて下さい。今日、僕はジネヴラとデートなんですけど、ガシュヌアさんとドラカンさんが邪魔をするんですよ。ヒドいと思いませんか?」
先手必勝。
これ大切。
主役になるのに手段を選んでいてはいけない。この世界は何かと厳しいのだ。吟味している間にも、僕の逃げ道は塞がれる。
これまでは毎回そうだった。でも、これからの僕は違う。
そうだ。
かつて、ジネヴラはデアドラに言った。
「自分を周りに合わせていたら、自分がなくなっちゃう。だから、自分が自分である為に、私は戦うことにした」
僕だってそうだ!
僕も戦うことにするんだ!
「おいおい、マジかよ。人のデートを邪魔したりすんなよ。てか、ユウヤ。やるな。見直したぜ。この前に一緒に飲んだ時、こいつヘタレそうだと思ったんだが、やる時はやるんだな」
「そうですよ。アステアさん、僕だってやる時はやるんですよ。でも、この二人が邪魔をするんです。無粋だと思いません?」
アステアがDOGの二人に向き直る。
どうやら
「お前ら、デートぐらい普通にさせてやれよ。特にガシュヌア。お前の仕事中毒っぷりを人にまで押しつけてやるな」
僕はアステアの援護射撃を受けて、小さくガシュヌアにYou, Yeahした。
この場合のYou, Yeahは、ザマアミロという感じだ。
だが、DOGの二人は僕の肩から手を放さない。
「アステア、ユウヤ君にOMGの件で巻き込みたいんだ」
「そうだ。こいつでないと出来ない仕事がある。どうも、セル民族自治同盟の情報を探らせるにはコイツが適任だ」
目の前にしているアステアの表情がみるみる軍人モードに変わってゆく。
これは良くない流れ。
「ユウヤ、セル民族自治連盟のどこまで調査できる」
既にDOGは両肩から手を放している。代わりにアステアが僕の両肩をガッチリ掴んでいる。
お前もこっち側かよ……
冗談じゃねえよ。
ジネヴラとのデートは僕にとっては死活問題だ。でも、地味に肩が痛い。アステアが強力な握力で僕の肩を掴んでいるからだ。心なしか目が怖い。
でも、ここで負けたら僕は主人公でなくなる。
また、樫の木に逆戻りだ。僕は前に進まなくてはならない!
「ジネヴラとのデートがあるんですよ!」
「それはわかった。で、お前、何処でデートするつもりなんだ」
今居るオープン・テラスを見渡すと、ここはどうやらイタリアン料理を振る舞う所らしい……
あれ? セルジアが言ってたのと同じ名前なんですけど。これってさあ。
「あの……、ココです」
主役系の三人は、暗い笑みを浮かべた。
<Supplement>
※a マジック・パケット
LANに繋がっているPCを起動させる為のパケット。
コンピュータ本体がシャットダウンしていても起動させることができる。(もっとも BIOS/UEFIレベルでWake On LANの設定されている必要が有り)基本的にブロードキャスト型で通信する為、ネットワーク層とも呼ばれる第三階層にあるルーター越えは出来ない。
また、このパケットを作成する際には、対象PCのMACアドレスを知っておく必要がある。
ユウヤの場合、既にOMGのネットワークを割っているが、MACアドレスまでは把握していない状態である。
#この世界でのギルドのあり方
通常、ギルドは国家での産業管理をする為に、ギルド連合を設けている。
これは国家から不当にギルドの権利を奪われないようにする為に集団化している。
各ギルド連は第一位のギルドを選出し、それが宮廷ギルドとなる。
産業によってもギルド連は異なり、0x010Cの組織図にもあるように宮廷魔法ギルド、宮廷鍛冶ギルド、宮廷繊維ギルド、宮廷農業ギルド等が存在する。
これらは議会での各位委員会にて出席することができ、議会にて法案決定する際に、ギルドの意向を反映させる為である。
尚、Emmaは特別民間ギルドとして認可されており、ここの証明機関は外務省と陸軍省。
後に述べられるが、魔法ギルドで特別民間ギルドは、同時にこの
日本の会社法とは事なり、特殊ギルド基本法が存在し、法的根拠はここになる。
#オマケ
人物情報整理
親ヴィオラ派(女性王位継承賛成派)
ユウヤ:樫の木
ジネヴラ:Emmaのリーダー的存在
マルティナ:Emmaのメンバー
セルジア:Emmaの顧問弁護士、デアドラの顧問弁護士でもある
デアドラ:貴族、奨学金制度を設けるなど慈善事業をしたことがある
エマ:ジネヴラとマルティナの恩師
ヴィオラ:王女、デアドラの従姉妹。
ガシュヌア:特種魔法ギルドDOGのメンバー。東洋人
ドラカン:特種魔法ギルドDOGのメンバー。ノルディック系
アステア:陸軍省代表。スペイン系貴族
マッカーサー公:デアドラの父。内務大臣。
マクラレン卿:外務大臣
反ヴィオラ派(女性王位継承反対派)
ダルシー:宮廷魔法ギルドOMG元リーダー。セル民族問題が顕在化。現在、裁判中。
ドナル:元魔法統制庁長官。セル民族問題が顕在化。現在、裁判中。
シベリウス伯:法務大臣
ケルソー:元ブラウンツリー第二孤児院の院長。シベリウス領であるブラウン・ツリー居住。
ドナヒュー:宮廷魔法ギルドOMGメンバー。65歳、ヤメ検。詳細不明
ミハエル:宮廷魔法ギルドOMGメンバー。45歳。
中立派
ラルカン:杉の木。魔法ギルドDHAのリーダー。ユウヤのハッカー仲間。
ファンバー:魔法ギルドDHAのパトロン。貴族。
組織など
セル民族自治同盟
基本的にセル民族自治を統治する目的で設立された外郭団体。
しかし、その裏側で助成金をハーフ・エルフの脳を使用して、
十二氏族からなる組織で、セル民族自治区の独立を要求している組織。
</Supplement>
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