0x0014 飲酒後の打ち合わせって辛いんですけど

 食事会が終わって、書斎でDOGとラルカン、僕で軽く打ち合わせをすることにした。


「情報共有をしようかと思ってね」

 ドラカンがそう言った。

 ワイン飲んでしまって、超身体がだるいんですけど。

 打ち合わせするんなら、事前に言ってよね。

「ユウヤ、お前さ、顔赤いけど、ひょっとして酒弱い?」

「ああ、そうだよ、ラルカン。美味しいと思わないし」

「男のくせに情けねえなあ」

 

 言い返せねえ。

 欧米って酒飲んだ後にミーティングとか普通なの?


「書斎はここか?」

 同じ東洋系、しかも日系なのに、ガシュヌアは酔ってもないらしい。

「そうです。ガシュヌアさん、酔ってないですよね。同じ東洋系なのに不公平な気がする」

「次からほどほどにしろ」

「何ですか、それ? ほどほどがわからなくて困ってるんですよ」

「それは機密ということにしておくか。ドアを開くぞ」


 書斎のドアを開かれた。既に『照明』の魔法はかけられている。

 ラルカンは並べられた本に興味津々で、食い入るように本のタイトルに見入っていた。


 僕たちはテーブルに移動した。ガシュヌアは相変わらずの無表情。顎でテーブルを指し、全員着席した。円卓ならぬ、方卓の会議ですか?


 長方形のテーブルの奥にガシュヌア、ドラカンが座り、向き合う形でラルカンと僕が座る。

 ほどよい酔いが思考を鈍らせている。これダメなパターンだ。


「ラルカン、唐突だが予定を変更する」

 ガシュヌアは事務的な口調。まったく熱を感じさせない言葉。


「ガシュヌアさん、ユウヤのOSはLinuxらしいんスよ。Winを突っ込んでやって下さい。ガシュヌアさんもそうなんスよね。東洋はシステムが違うと……」

 ヤバい。以前、ラルカンと会話した時の嘘がバレてしまう。

「ラルカン。あの時は思いつきで喋っただけだから」


 ガシュヌアとドラカンはテーブルに肘をついて顎をその上に乗せた。伝わってくる偉そうな雰囲気。

「ユウヤ、その場しのぎの言葉は結局にして自分の首を絞める」

 ふっ、と息を吐くガシュヌアは様になっていた。


「とにかく明日の午前中にDOGの事務所に顔を出せ。スキルがあってもOSがないなら話にならない。DOGの事務所でお前にWindowsを導入をする」

「本当ですか? で、ラルカンをここに連れてきたのには理由があるんですよね?」

「別行動させる予定だったが、来てしまったものは仕方がない。ラルカン、お前がOMGに侵入した際の資料やツールをユウヤに転送しろ」

 ラルカンは驚いたらしく、座っていた椅子を蹴飛ばし中腰になった。


「えっ、OMGはいいんスカ?」

 何だろう、このラルカンの体育会系的なノリ。この集まりは体育会系なの?

 僕も言わなきゃいけないの? 

 わかったッス、了解ッス、みたいな感じで。


「お前に調査を頼んだ件はもう一つあっただろ? そっちに全力を注げ」

「ああ、あれッスか。わかりました」

「ユウヤ、OMGのハッキングについて質問があるなら、ラルカンに聞いておけ」


 ラルカンが使っている踏み台のアドレス、アカウント、それとツール。加えてOMGのメールアドレスをFTP経由で受け取った。

 こいつのツールの中に手書きのPerlスクリプトがあった。

 そういや言ってたなあ。Perl最強だとか。


 ラルカン、お前Perl屋Perl Mongerかよ。

 最も僕だって極めきったパーリストPerlistは一目置く。

 でも、ラルカンのを見てみると――

 試行錯誤した後がまだ残っていた。不要なコードは削除しとけよ。

 もうちょっと何とかならなかったのか?


 ラルカンは自分が作ったツールには自信があるみたい。得意そうな顔をしている。


 いいや、ラルカン。変数の初期化はキチンとしとけよ。

 後、ネスト深すぎ。

 やりたいことがハッキリしていても、それに至る手順が、自分の中で整理されていないと、こういうコードになりやすい。


「ユウヤ、俺はセル民族自治連盟へのハッキングだ。OMGの方は任せたぜ」

「受け取ったよ。って、セル民族自治連盟、て何?」

「セル民族っていうのがカヴァン領内に居てさ。最近テロを起こす噂が流れてんだ」

「マジか。ちなみにOMG潜入にどれぐらい時間かかった?」

「即日だよ。パスワードがrootとか思ってもみなかったんだよな。ただ、翌日から警戒されて、ファイアーウォールを構築しやがったんだよな」

「困ったよね。OMG内で注意喚起され、セキュリティを強化したらしいよ」

 ドラカンは目を閉じたまま、片肘で頭を支えながら、おかしそうに笑った

 

 ちっともおかしかねえよ。

 要するにラルカンが侵入して、痕跡を残したんじゃないの?

 こういう時にアタックするのって、かなり面倒なんだよ?


 実際に、ハッキングが判明した後って、不正アクセスに敏感になっているし、OSは再インストールされて、バックドアも消されてる場合が多い。

 ファイアーウォールで不必要なポートは閉じられ、ポートスキャンなんてしようものなら、それだけで緊急事態みたいな状態になったりする。


「ラルカン君のメールサーバー侵入は悪くはなかったんだけど、最初の侵入で油断しすぎたんだよね。ログも消してなかったみたいだし。これからは注意してね」

「はい。まあ、OMGも楽勝でしたし、何とかなるっしょ」


 お前ら楽しそうに話してるけど、僕は全然楽しくないからな。

 つか、何を爽やかそうな雰囲気作ってんだよ。ムカつく。ハッカーの世界ってそうじゃねえだろ?

 ログとかシェルのコマンド履歴なんか残したら、死ねよKYSすぐ死ねよKYS ASAP。がデフォだろ?



 書斎での会談は終わった。書斎は屋敷の奥にあるので、屋敷の中心になるホールに移動すると、出てくる僕たちをジネヴラが待ち受けて談笑をしていた。


 ガシュヌアがいとまの言葉を交わす。

「もし、よければ次はお前たちだけを、食事会に招待したいのだが?」

「ギルドが無事に認可できたら、お誘いを受けたいと思います」

 ジネヴラは割とハッキリとものを言う。僕との会話ではフランクだけど、外だと違うのかも。

「なるほど、認可されたら食事に応じるときたか。魔法API仕様書とテスト結果報告書は確かに受け取った。大丈夫だろうとは思う」

「そうであることを祈っています」

「邪魔をしたね。次に食事をご一緒するのは認可されてからだね。でも、実技試験は、くれぐれも油断しないようにね」

「ありがとうございます。私たちも最善を尽くします」

 こうして、別れの挨拶が済もうとしている時にラルカンは前に出てきた。

「あのさ、俺もマルティナを食事に誘っていいかな?」

 ラルカン以外の誰もが石化した。口を開いたのはジネヴラだった。

「無理」

「えー、ちゃんとジネヴラに謝ったじゃん」

「それとは別の理由だから」

「何だよ、それ?」

「ファンバー、ちゃんとラルカンを連れて帰ってね。また、飲んだくれて暴れたりすると大変だし」

「ほら、ラルカン。もう帰るぞ。帰り際で玄関で言い合いとかみっともない」

「じゃあね」

 ファンバーに引きずられて、彼は玄関から連れ出された。


 全員が帰った後、キッチンに行くと、食器はテーブルから片付けられ、井戸の水で洗われていた。

 また、手伝いができなかった。出来損ないになった気分。


「ジネヴラ、なんかごめんね。僕も配膳とか手伝えばよかったかな」

「次からお願いしようかな。でも、女が給仕した方が自然かなと思ったし。難しい質問だ」

 ジネヴラは腰に手を当てて考えている。良かった機嫌は悪くないらしい。

 ついでにラルカンが来たことを釈明しておこう。

 

「ラルカンは勝手に来ただけだから。で、書斎での打ち合わせなんだけど……」

「口外しちゃダメなんでしょ?」

 ジネヴラは察しがいい。彼女は唇に人差し指を当てていた。それ以上しゃべらなくてもいいと理解してくれたみたい。


「うん。君達を面倒なことには巻き込みたくないんだ」

「そっか。でも、ユウヤ。あんまり無茶したらダメだよ?」

「うん」

「一応、セルジアとも相談しようと思うけどいいよね?」

「いいんじゃないかな。契約書とか言ってたし」


 そこにマルティナが会話に入ってきた。

「ウウイエア、正直に言うとDHAを連れてきた時には、どうしてやろうかと考えたんだが、あいつらはDOGとどういう関係なんだ?」

「僕と同じらしくて」

「ラルカンが?」

 マルティナも悔しそうに口元を引き締めていた。屈辱なのだろう。

 確かに彼女の作成した魔法統制庁に提出するネットワーク配備計画書、魔法API仕様書、テスト結果報告書も見事な出来映えだった。優秀なのは間違いない。


 マルティナの目は真剣。

 以前は変態呼ばわりされたものだったけど、ここ最近僕には話かけてくれてる。ドキュメント面ではかなり助けてもらってるし、ガシュヌアには上手くフォローできてないし、マルティナには恩返ししなくちゃ。

「よかったら、マルティナ。僕が持っているスキルを教えようと思うんだけど、どうだろう?」

「いいのか、ウウイエア?」

「ガシュヌアに推薦できるぐらいには特訓をしようか?」

 マルティナの背景に花が咲く。輝いた咲き乱れる花は小さな白色だった。

 

 おお、宝塚劇場の再現だろうか?

「本当か? いいのか?」

 眩しい。何かキラキラしすぎ。ちょっと少女マンガチックな演出はついて行けないかも。

 目の中に星をそんなに詰め込んだりできないよ、僕。

 プリクラでも、そこまで加工したりしないから。


「マルティナ、君には素質はある。だから、僕が出来る限り教えるよ。というか、いつもドキュメントで手伝ってもらってるし、恩返しってことで」


 だけど、返事をしたのはマルティナじゃなかった。

「一つ不満があります」

 見ればジネヴラが腕組みをしていた。

「ええと、ジネヴラ。何かな不満な所って……何でしょう?」

「マルティナに色々と教えるって、さっき言ってたじゃない」

「うん」

「私も一緒に教えてもらうわけにはいかないかな?」

「えっ、いいの? ジネヴラって忙しいでしょ? 経営とか、会計とか」

「マルティナには、魔法学部で首席を譲ったけれど、私だって素養はあるつもりだよ。何より、ラルカンに負けているのが悔しいし」

「喜んで。でも、スパルタ式だよ?」

「スパルタ?」

「僕の世界で厳しいってことだよ。さて、ジネヴラさんにはその覚悟があるんでしょうか?」

「当然でしょ、エヘン」

 胸を張ったジネヴラは頑張り屋さんだ。微笑ましい反応に僕は思わず笑ってしまった。

 ジネヴラもそれに応じてか、笑っていた。


「それとさ、学生時代に論文を書く時に野戦病院を調査したって言ってたよね?」

「うん、学会では何の反応もなかったけどね」

「そのデータってあったりする?」

「あるけど、どうするの?」

「データの見方とか勉強してみようか? 実技試験に向けて理論武装はしなくちゃね」

「理論武装。何か響きがスゴいね」

「審議で議論になるだろうから。今回、開発した魔法は有益ですと証明できるようにしたいんだ」

「データの見方ねえ。経済学で習ったつもりだけど。データはExcelで保存してるよ」

「Excelあるんだ。データを整理するのには丁度いい」

「色々と教えてね」

「うん」


 こちらの世界についてはまだまだ知らないことが多いけど、取りあえずいい人間関係が築けていることが、僕にはとても嬉しかった。


 でも、OMGへのハッキングかあ。

 セキュリティに意識してるっぽいし、どうしたもんだろ。

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