0x000C 徹夜明けの朝食って食べにくい
朝食の時間になったみたい。
窓の外が白み始めて、随分と時間経ってたもんな。階下から物音がし始めた。
徹夜をしたからだろうか、食器のガチャガチャさせる音がやたらと耳に響く。
ベッドの脇に備え付けられた小さな机。脇に置いていた紙にメモが一杯ならんでいるが、いくつかのメモは象形文字みたいで、読むことができない。筆記用具と言っても、つけペンだから、手がこすれてインク汚れで手が黒くなっていた。
ぐるっと部屋を見渡すと、ベッドが視界に入ってきた。
今、ベッドに潜ったら、絶対に起きられなくなるだろうなあ。
顔も洗わないまま、食堂に行くのも気が引ける。男ばかりだったら問題ないけど、女性ばかりの所だと、そういう訳にはいかない。
何故なら、デアドラは言うに及ばず、ジネヴラやマルティナも洗顔どころか薄化粧までしているからだ。デアドラの指導らしいけれど、本気かよ、と思う。
どうして日常生活でそこまで身支度をしなくちゃならないのだろう。
朝、目が開いてたら、それだけでよくない?
てか、思うんだけど、女子ばかりだと、逆に気を抜いたりしないの?
普通に何もしない女子もいると思うんだけど、実際の所、どうなの?
おかしいよね。同じ人間なのに?
僕には水の魔法などのパブリック魔法が使えない。なので、裏口にある井戸に行くことにした。ポンプもないから桶で水を汲まなくてはならない。
裏口の側に井戸はあり、藤棚が紫色の天井となって覆い被さっていた。朝の光を受けて芝生は緑に輝いていて、鼻を通る空気は冷たさを含み、疲れた頭がほぐれてゆくのを感じる。
この世界では社会インフラはまだまだな状態。グリーン・ヒルは王都で水道はある。ただ、水くみ場があるというぐらいで、各戸に水道が引かれているわけじゃない。
水の魔法を使用すると国へ使用量が納めなくてはなくてはならない。国が提供している魔法サービスは税金を徴収した上で、魔法ギルドに支払われる。
井戸の水は冷たく、目が覚めたけれど、タオルがないことに気付いた。ここでの生活に慣れるまで時間がまだまだかかりそうだ。
適当に水滴を払い、食堂に向かうことにする。朝の空気はまだ冷たくて、肌に張り付いた水滴が藤の澄んだ匂いを含んでいる気がした。
食堂に入ると朝食が用意されていた。
目玉焼きとスコーン、ベイクド・ビーンズ、プディング、ベーコン、ハギス。
朝食からハギスとか破壊力ありすぎだろ、他の皆は何ともないの?
「おはよう」
「ウーヤ、もう少し早く起きるべきです……」
デアドラからチクりとお叱りの言葉。そりゃそうか。既に食事が盛られている。僕も手伝わなきゃならなかったんだろうな。
料理できないけど、食器とか運ばなきゃいけないんだよね、きっと。
「ごめん、昨日の夜が遅かったから」
「言い訳になりませんです……減給も考えないと……」
「あっ、でも昨晩は頑張ったんだよ。必要最低限レベルだけど、ネットワーク環境は整ったし、サービス起動まではできるようにしておいたよ」
「もうできたの? そんなに簡単にできるものなの?」
ジネヴラが話に入ってきた。朝からテンション高いな!
低血圧ではなさそう。朝から彼女はフル稼働らしい。
「要求仕様を満たしているか確認しなくちゃいけないし、修正しているからテストもしなきゃらならいし」
「それでもスゴいよ。ちょっと皆スゴいと思わない?」
ジネヴラの機嫌はよさそうだった。後ろにまとめられた髪で首筋が涼しく見えた。
マルティナは信じられないといった表情をしてこっちを凝視していた。
「半日だけで? 本当なのか?」
これはマズい。ここで完成したと思われそう。
コーディングが終わったとしても、それで完成したわけじゃない。
「必要最低限レベルしかできてないから、要求仕様も満たしてもないし」
「すまないな。管理者権限取得といい。何から何までウウイエア任せになってしまって」
「そこはありがとうじゃない?」
「そうか。ありがとう」
マルティナは昨晩と違って普通のようだ。昨日は一日ボーっとしていたけど、何だったのかな?
「食事にしようよ」
ジネヴラに言われ、椅子に座って、皿にベイクド・ビーンズを口に含む。
胃がムカムカするけどカロリーは摂取しないと。
「それにしても私にできることはないか?」
マルティナは何もできなかったことを気にしているのだろうか?
それにしても昨日とは様子が違っているのには驚いた。こっちが本当のマルティナなんだろう。
フェロモンは一日一バレル。致死量には達してはいない。今日は平静でいられそう。
「そうだね。魔法統制庁でのネットワーク配備計画書と魔法API仕様書の清書をお願いできないかな? 書類作成って苦手なんだよね」
「それぐらいなら」
「でも、徹夜でやってるから。ネットワーク配備計画書は、後でちょっと修正いれるかも。OMG対策もしたいし」
「わかった。ネットワーク配備計画書と魔法API仕様書を起こすのはいいが、メモか何かあるか?」
「後で渡すよ。『空気殺菌』、『消毒』、『火傷治療』、『骨折治療促進』、『接骨』、『炎症治療』、『麻酔』、『麻酔回復』。三つの|根源(サーバー)にあったのはそんな所。治療系だけでいいんだよね? 逆効果になってしまう魔法もあるけれど」
パラメーター指定によって、『火傷治療』は『火傷』、『骨折治療促進』は『骨折』、『炎症治療』は『炎症』と『炎症悪化』に変更できる。
それにしても酷いコードだった。脆弱性を除いてもバグだらけ。
止める勇気より納期が優先されるのは、どの世界でも同じらしい。
「存在する魔法は全て登録する必要があるんだそうだ。魔法統制登録省令でそう決められている。ただ、呪いの類いになるのは魔法統制庁で公開はされないことになっているんだろうと思う」
「魔法統制登録省令?」
「魔法統制庁で定められた法律だ。セルジアが、議会で施行された魔法統制通則法を、魔法統制庁で具体化した法だと思えばいいと言っていた」
「そっち方面はサッパリわからないかも。後、あんまり睡眠時間とってないから、頭が回ってないや。そういうのって覚えた方がいいのかな?」
「セルジアに相談したらいいだろう。その為の顧問弁護士だから」
「登録するには別の魔法APIにした方がいいだろうね。魔法APIを分けておくよ。『空気殺菌』、『消毒』、『接骨』、『麻酔』、『麻酔回復』はこのままでいいから、それだけは先に仕様書作っておいて。スペルミスとか色々ヒドいだろうけど」
「わかった。だが、コツを教えて欲しい。私は思っていたより現場で役に立てていない」
マルティナは無愛想な印象があったけど誤解らしい。彼女は単に感情表現が苦手なだけみたい。
ジネヴラが言っていたように、ぼっち期間が長かったからかも。
「教えるのはいいよ。ギルド設立できたら一息つくだろうし。ただ、魔法APIはわかったんだけど、実行するとなるとドライバなんか大丈夫かな?」
僕自身が魔法が使えない。だから、魔法を実行するのであれば、クライアントが物理世界に効果を発揮させる為にクライアントプログラムやらドライバが必要になるはず。
僕たちが動画を見る場合でも、サーバーから動画を送信、クライアント側で動画が鑑賞できるけど、映像や音楽として再生するのは、ディスプレイやスピーカーのドライバを通じてディスプレイやスピーカーに動作をさせている。
だから、魔法に関しても魔法APIが正常に動いても、適切なドライバがインストールされていないと効力が発生しないはず。
「治療系の魔法は少ないが汎用ドライバでカバーできるはずだ。不具合があるのであれば、ドライバの開発をしなくてはならないな」
「そうなんだ。場合によってはドライバ開発もありそう。Windows用となるとWDKが必要になるから、OSがLinuxである僕にはできないと思う」
「その辺りの判断は、汎用ドライバで単体テストをしてからだな。修士課程でドライバ開発に関しては講義は受けているが、概論だけで中身がなかった。作成した経験はない」
単体テストという単語に嫌な予感がしたが、寝ぼけた頭では処理しきれないので放置した。
「ウーヤはやればできる子でしたのね……。いい買い物をした気分が心地いいです……」
賑やかなテーブルになった。朝から笑顔が交わされるのは順調である証拠だ。
一人で食事を取っていることが多かったから、自然と顔がほころぶ。
「OSが異なるって、やはり、”落ち人”は、根本的に異なるものなのですね……」
「そうみたい。デアドラのOSは何なの?」
「Win7です……」
「えっ、そうなの? そういやジネヴラはWinXPSP3だったし。人によって違うんだね」
「貴族の洗礼は異なっているのです……」
「ギルド設立したりすると、OS変更できたりするの?」
「この中ではマルティナが詳しかったはずですが……。どうでしたっけ?」
「一応選択制にはなっている。Win系が一般的だ」
マルティナはハギスを飲み込み答えた。美女がゲテモノを食べるのを見るっていうのは、ある意味ショッキングな光景だ。
グラドルがインスタで、今日のランチというタイトルで猿脳をアップしたぐらいの衝撃。
「ええと、個人PCでサーバーとか構築できるの?」
「できないこともない。ただ、現実的じゃない。個人への有線費用が馬鹿にならない。余程裕福なギルドでないと無理だな」
申請をすることで、個人のPCにも魔法統制庁が有線接続をしてくれるのだそうだ。そういや、同じようなことをラルカンも言ってたかも。
ケーブルが僕達から見えない次元にあるらしい。けど、有線接続って、ケーブルを脳に接続するのかな?
「僕のOSはLinuxなんだよ。だから、パブリック魔法って使えなさそう。ギルド設立できたら僕もWindowsをインストールできるんだね?」
「そうなるな」
「OSのインストールってどうやるの?」
「洗礼と呼ばれる儀式だな。イメージとしては、PCに外部デバイスが接続されてそこから上書きされるというイメージだ」
魔法領域に外部デバイスが接続できるのか。すると――
静かに僕はほくそ笑む。
インストールに使われる外部がUSBメモリだったりしたら、何かできちゃうかも知れない。
寝不足というのにハッカー脳は活動をし始めた。
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