第859話 魔女は磔刑に

王城の前に人が集っていた理由は至極単純、正義の国名物の公開処刑だ。木の板で作られた十字架の下に積まれた枯れ木などを見るに、火炙りらしい。


『離しなさいよ! あぁもうっ……なんでこんなに警備厳しいの!? どーして大天使なんかいるのよぉ!』


後ろ手に手枷を着けられた女が白い長髪の天使に引き摺られてくる。


『竜を送り込んだろう? 全く……馬鹿な真似を』


『それ私関係ない! 関係ないから離して!』


『王族を殺しておいて何を馬鹿な』


あの赤い髪、ヒステリックな声、間違いない。捕まっているのはリリスだ。捕まえている天使の翼は大きい……大天使とか言っていたか。白い肌と髪、金色の瞳、白百合を思わせる美人──見覚えはないな。


『いったぁっ!? 何すんのよ!』


『大人しくしろ!』


『誰が焼かれるって分かってるのに大人しくすると思う!?』


両手を拘束されてもなお暴れていたリリスは太腿を白い槍で貫かれた。しかしそれでもリリスは変わらずに叫んでいる。


『仕方ないな……にいさま、僕が天使を引き剥がすからリリスを魔界に連れてって。怪我は治さないで、手枷もあのままサタンに見せて』


サタンが怒れば怒るほどに魔力の生成効率が上がる、なら怒らせなければ。


『属性分かんないからな……どれで行こう。うーん……ぁ、にいさま、僕の魔法解いて。じゃなきゃ天使を引き付けられない。よし……決めた、氷塊……撃ち抜け!』


翼を広げ、翼の内側に握り拳大の氷を生成し、天使の頭部を狙う。しかし氷は天使の頭に触れる寸前に砕け散った。


『……流石は大天使か。接近戦やるしか……いや、待てよ』


天使はこちらを睨んではいるがリリスを逃がさないためか向かってはこない。遠距離攻撃は無駄だと今示したから、僕が突っ込んでくると思っているのだろう。そう予想した僕は天使の周りに集っていた人間に魔力を流し込んだ。


『必要悪辣十項、其の十……爆殺』


天使の目の前にいた中年の男の腹が突然膨らみ、周囲の人間が戸惑う。喉と頬が膨らみ、周囲の人間が逃げ始める。爆散して肉片と血液をばら撒くと悲鳴が上がった。しかし逃げ惑う人々も次々に爆発していく。

目の前で人間を虐殺すれば向こうから来るかと思ったが──来ないな、失敗か。


『ちょっ……おとーと、人間を…………今はいいか』


天使とリリスの全身も赤く染まっていく。僕は血の雨で少しでも天使の視界が悪い間にと懐に潜り込み、雨水の剣を振るった。しかし雨水の剣は天使に触れるのを嫌い、ぐにゃりと曲がった。


『あ、魔物使い! 助かった……ぁっ、ち、違うのよ私失敗はしてないの! ちゃんと王族は皆殺しにしたのよ!?』


『分かってる! 必要悪辣十項、其の八、撃殺!』


魔力を実体化させて銃を作り、リリスの手枷に繋がる天使が持った鎖を破壊した。


『にいさま、お願い!』


『へっ……きゃあっ!?』


リリスの胸倉を掴んで後方に投げ、銃を天使に向けて撃った。すると天使は初めて回避行動を取った、弾は首を傾けた彼の髪の隙間を抜けて王城の門に埋まった。


『……魔性の王、ヘルシャフト・ルーラー! ここに宣言する、正義の国並び天界を滅ぼすと!』


銃を消し、間合いを取り、叫ぶ。

ほとんどの場合天使は正々堂々とした戦いを好み、名乗りを上げれば向こうも名乗るはずだと踏んだのだ。何を司っているか言ってくれたなら戦い方を考えられる。

天使が名乗るのをじっと待っていると、足元に広がった血が僕の操る雨水の剣のように僕の腕を切り飛ばした。


『……っ!? く……名乗れ!』


痛いフリをしてそう叫ぶが、天使は黙ったまま指をクイっと動かした。すると体内に潜り込んだ血が僕の心臓を目指す。


『……透過。透過…………解除!』


透過を使って血から逃げ、天使の懐まで進んでから透過を解除し、真っ黒く変わっているだろう目で天使を睨む。


『死与の魔眼……そうか、サリエル……』


しかし視界が突然暗闇に鎖される、目を潰されたようだ。すぐに透過して目の再生を待ち、虹色に戻っただろう目で天使を睨む。


『……名乗ってくれないかな?』


『悪人に名乗る名などない』


天使は手も翼も動かしていなかった、僕の目に攻撃を加えた様子はなかった。仕方ない……できれば隠し玉にしておきたかったが、相手の能力が全く分からないのでは戦いが長引く。


『あっそ、じゃあ死ねよ!』


鎖を巻いた方の足で地面を強く踏みつける。すると王城の門の影によって僕の影と繋がった天使の影からルシフェルが飛び出し、天使の腕を掴む──いや、掴めていない。ルシフェルの手が裂けた。


『不意打ちは失敗か……ルシフェル! こいつ何!』


『はい、神様。このガキはガブリエル、水を司り告知を役目とする大天使で──』


『ガブリエル? 水? やった、欲しかったんだよ……! ルシフェル、前衛頼む!』


透過を解除し、エレクトリック・ギターを掻き鳴らす。翼を広げて雷属性の魔力を溜める。


『ルシフェル……! 厄介なのが……』


『ひっさしぶりだねぇガブリエル! 君には恨みがあるんだ、引き裂いて、踏み潰して、元人間共と見分けがつかないようにしてやるよ!』


『邪悪な……』


禍々しく美しい十二枚の黒翼から光が放たれる。ビーム状のあの攻撃はアルを撃ち抜いた忌々しいものだが、その威力は信頼できる──はずだったが、真っ直ぐに進むはずの光はガブリエルを避けて進み、地面を抉った。威力も下がっている……?


『ルシフェル何してるの! 真面目にやれ!』


『やってるよ神様! 相性が悪いんだ、私は光を使うから……空気中の水分を操られたら曲げられちゃって』


『はぁ……!? 水の攻撃なんか溺れさせるか水圧で切るか……光を曲げるってなんだよ』


『……なんだ、今回の魔物使いは馬鹿か』


確かに僕は馬鹿だが面と向かって言われると腹が立つ。


『神様、水は四大元素の一つだよ? そんな物量攻撃だけな訳がない。ガブリエルに水での攻撃は効かないし、水を多く含む肉体は簡単に壊されるし、空気中にも水分はあるからガブリエルの能力の影響範囲外に出ないと呼吸するだけで死ぬことも──』


『あぁもう分かった分かった僕はどーせ一日で学校辞めさせられた無能だよ! でもそんな僕にも分かる、水には雷だ、もう溜まった!』


翼に溜めた魔力を解放し、無数の雷撃をガブリエルに向けて放つ。しかしガブリエルは無傷だ。彼の前には透明の膜が──水の膜がある。


『……純水は絶縁体だよ神様ぁ!』


『絶縁体って何! 水には雷だってゼルクが……』


『ゼルクといえば有名なバカだよ!』


『…………馬鹿が馬鹿を取り込んで更に馬鹿になったのか……聞いてたより楽そうだな』


二人して僕をバカだバカだと……事実だ、言い訳も怒りもしない。


『それより神様、ラミエルを取り込んでるならアレ撃ってよ、荷電粒子砲。アレは粒子が主体で放射能や高温の爆発も含むから効くと思うよ』


『りゅ、粒子……? 放射能……? あぁうん、とりあえずそれの撃ち方は分かる、原理も何も分かんないけど……』


まず、できるだけ重い金属だとかを弾にして──この鉄片でいいかな、門の一部だろうか。この鉄片に魔力を流し込む……雷撃よりも溜めが必要だ。


『荷電粒子砲……あんなもの街中で撃たせてたまるか!』


『させるか!』


高速で撃ち出された水弾を十二枚の黒翼で防ぎ、地面を蹴ってガブリエルに掴みかかる。しかしその手は先程と同じように裂ける。ルシフェルは骨が丸出しになった腕を王城に叩きつけて手首の骨を砕き、尖った骨をガブリエルの首に突き刺した。


『あはっ、前と同じ手が通じた。君も案外バカだよねぇ?』


『……手応えがないのに気付かないあなた程ではありませんよ』


ガブリエルが一歩引くと首に刺さっているはずのルシフェルの腕の骨は簡単に抜けた。ルシフェルはガブリエルに向けて腕を振るうが、僕が透過している時のようにガブリエルの体をすり抜けてしまう。


『リリスが侵入したと聞きすぐに下りて来たので肉体を用意する暇がなかったんですよね……怪我の功名、ですね』


『君……水を肉体っぽく見せてたって訳?』


『まさかルシフェルともあろうお方が騙されるとは……堕ちたのは知能もですか?』


トントンと頭をつつく仕草に苛立ったルシフェルが蹴りを放つが、彼女の足が濡れるだけでガブリエルには何も起こらない。

僕は荷電粒子砲なら通用すると言ったルシフェルの言葉を信じ、充電完了を待った。

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