第827話 別人だから
取り込んだシャルギエルの力はどんなものなのか、それはまだよく分からない。頭の中の引き出しに勝手に物を追加されるようなものなので、自由に引き出せるようになるまでは時間がかかる。ザフィのように協力的ならまだしもシャルギエルは無理矢理だった、使いこなすまではかなりかかるだろう。
温度低下なのか、氷の生成なのか、どちらもなのかは気になるところだ。雪を司る天使にも関わらず氷ばかりというのも気になる。
「……あっつい!」
強くなっていく自覚をして楽しんでいるとヘルメスが上着を脱いだ。
「零の加護も天使様も消えたから、温度戻ったのかなぁ。この辺は夏なのかな? あっついねぇ」
温度を感じないようにしていたから分からなかった。羊毛に包まれているのでそのままにしておこう。
ヘルメスは脱いだ上着を腰に巻いて袖を結んで留め、零はツヅラを隣に置いて悪疫の医師の服や手袋やマスクを脱いでいく。
「ふふ……これからは誰に触っても冷たいなんて言われないんだね」
『神父様……嬉しいですか? 力を奪ってしまったので、嫌なら僕が加護を渡してもいいんですけど』
「んー、まぁ、不便なことの方が多いからねぇ。でもみんなを守るなら力は欲しいしぃ……悩みどころだねぇ」
僕がアルやクラールに自由意志の加護を与えた時は集中していなければすぐ切れてしまうのに、どうして零は神力を漏らしっぱなしにしていたのだろう。僕が透過をする時は目を見開いたりお腹を凹ませる時のように力まなければならないのだが……属性のせいなのかシャルギエル個人の問題だったのかは分からないな。
『僕が渡す場合は神力って言うより魔力由来のものになるんですけど……ぁ、それなら僕が支配して調節できますよ、今までみたいに漏れっぱなしにはならないかも!』
シャルギエルが調節が苦手なだけなのか、雪属性は制御が効かないのか、その判断がつかなければ加護は与えられないと思っていたが、どちらだろうと支配属性の魔力で抑えてしまえば関係ない。
「なるほどぉ、でも、今はいいかなぁ。りょーちゃん戻ってきたしぃ」
『でもナイやクトゥルフと戦闘になったら自衛の手段くらいは……ぁ、そうだ、ツヅラさん』
ツヅラが再生しなかったのは零が断面を凍らせていたから。零の力が消えた今、ツヅラは再生を始めているだろう。
「そうだそうだ、りょーちゃん、気分どぉ?」
「……レイ?」
「うんうん、零だよぉ。具合は?」
「別に普通かな」
断面からにゅるにゅると肉が生えてきている……僕が凍らせて止めた方がいいのだろうか。零は気にしていないようだが、今倒したのは零を追ってきたシャルギエルでツヅラには無関係なのだ、ツヅラに関して油断はできない。
『零さん、ツヅラさん凍らせますか?』
「え? ぁ……そっ、そうだ! クトゥルフどうにもなってないんだった! なんて勘違いを……い、急いで、急いで魔物使い君!」
零は生えてきた肉をちぎろうと引っ張りながらツヅラを僕の方へ向けた。
『は、はい、えっと、凍らせる……っ!?』
断面が凍るイメージを頭に浮かべてツヅラに触れたその瞬間、胸に違和感を覚えた。痛みも温度も感じないようにしているから身体の異常は分かりにくい……あれ? おかしい。頭も、体も、上手く働かない。
『ター君!? ター君どうしたの、何!? えっ……し、心臓破裂して……っていうか他の内臓も……』
触手を布の下からはみ出させて慌てるハスターの声を聞き、ヘルメスは慌ててその場に走り、ツヅラの首を蹴った。靴の神具を使っている彼の蹴りによってツヅラの生首は四散する。
「りょーちゃん!? なっ……き、君、なんてことを……」
「アイギスの盾本領発揮! 神父さん、そんなこと言ってる場合じゃない! 魔物使い君、魔物使い君どうしたの、ハスターさん心臓破裂って何!」
ヘルメスは素早くツヅラの肉片との間に盾を置き、叫んだ。
『分かんないよぉ! ちゃんと空気の層作って守ってたもん! 攻撃できるわけないのにぃ!』
「え……心臓って再生するのぉ? 魔物使い君死なないよねぇ」
『多分大丈夫だと思うけど~……血が回らないと脳みそも機能不全起こすから、再生は遅くなるかも~。とりあえず手動で……』
ハスターは黄衣の中でヘルの胸に穴を開け、細い触手を大量に体内に押し込み、破裂した心臓を触手で包み、無理矢理ポンプの役割だけを果たさせた。
『…………かはっ、ぁ、はぁっ、はぁ……』
『息吐いた! ター君ター君大丈夫~?』
二人の顔にも安堵が戻る。零はヘルの意識確認を始め、ヘルメスはヘルの足の間にボタボタと落ちていく薄まった血に気付いた。体に穴を空けたのだから当然血は流れる、しかし、それは赤い液体ではなく透明に赤が浮いた液体だった。
「……水? ハスターさん、血に水が……って言うより水に血が混じってる」
『ん~、ター君の心臓周りもなんか塩辛いんだよね~』
味が分かる器官を突っ込んでいるのか、ヘルメスはそう言いそうになるのを抑えて砂に落ちた液体を掬った。
「……いや見ても分かんないな、舐めるのは……嫌だし」
「塩辛くて透明なら食塩水とかかなぁ?」
「生理食塩水を点滴することはあるらしいけど絶対違いますよ……」
「後は海水とかかなぁ」
「俺らはともかく魔物使い君は溺れてないでしょ、入っても肺だし」
ヘルメスがくだらない駄洒落を意図せず言ってしまったことを恥じている前で、ハスターは海を見つめて黄衣の中の触手を倍に増やした。
『海水……海、水…………海の、水、アイツの周りは水だらけで、僕が風で、アイツは水で……』
『……やっと気付いたの? 成り損ない』
肉片の集合体から音が、いや、声が届く。ヘルメスは素早く盾を構えてそれを睨み、零はそれが親友の再生途中の姿だと理解して涙を一粒零した。
『やぁ、はじめまして、弟よ』
『く、とぅ……るふ、クトゥルフ、クトゥルフっ……クトゥルフぅうっ!』
「ハスターさん!? 盾の前に出ないでっ……あぁ神父さん魔物使い君止血して!」
ヘルの身体はハスターが乱暴に触手を抜いたせいでズタズタに裂けていた。心臓の肩代わりを触手が果たしていたから心臓の再生は進まず、戻りかけていた意識もまた失われた。零は悪疫の医師の服で裂けたヘルの身体を繋ぎ合わせるように包んだが、隙間から血は溢れ続けている。
『成り損ないが……生意気なんだよお前! 大したことないくせにっ、僕の弟とかふざけんな!』
ツヅラは、いや、ツヅラに取り憑いたクトゥルフは海水のみの空間転移を習得していた。先程は多量の水をヘルの心臓に転移させたのだ。そして今はハスターの触手の内部などに次々と転移させ、同じように破裂させている。
『お前が消えれば神話はガタガタなんだ、大人しく死ね!』
ハスターは触手の破裂に一切気を取られずに再生途中のツヅラの身体を強風で取り巻き、ボロボロと崩させている。
『お前が抵抗するせいで顕在化が進んでないんだ! 情報ベラベラ渡しやがってイカ臭ぇんだよ!』
『お前さえ居なきゃ僕に海洋生物なんか混じらなかったんだよタコ野郎! 極東で食われて死ね!』
『弟が兄に逆らうな!』
『お前が兄だった覚えはない!』
幼稚な言い争いだが吹き荒れる神力はアイギスの盾の後ろに居なければ人間はひとたまりのない濃度で、内部からの破壊を狙った攻撃は生理的嫌悪を煽る光景を作り上げていく。
「グロっ……やばい、綺麗な砂だったのに血と肉片ばっかになってる……って言うか、盾、やばい……疲れる」
アイギスの盾の正当な所有者でないヘルメスが神具の本領発揮を行うのは自殺行為に等しい。正当所持の神具の数倍の神力消費はヘルメスの身体に悲鳴を上げさせる。
「……王子様? 鼻血……ぁ、目からも。大丈夫じゃないよねぇ、無理しないで」
「無理っ、しなきゃ……俺も神父さんも死ぬっ! 魔物使い君も怪しい! ここで命張らなきゃどこで張る、僕はここに命を賭ける! 絶対勝つ!」
あらゆる現象から後ろに居る者を守る盾にはもう一つ力がある。盾に装飾された蛇髪の女の目を見ると石化するというものだ、しかし二柱の邪神にそれが効いた様子はない。
「……魔物使い君早く起きてぇ! 零に加護押し付けるでも、りょーちゃん殴るでも、何かしなきゃ王子様死んじゃうよぉ!」
ヘルメスが血を吐いて膝をついたのを見て零が絶叫する。加護を失った彼に今を打開する力はなかった。
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