第792話 酣は何時か

二次会会場であるホストクラブに戻り、店の中心で帰還を報告する。すっかり出来上がった酔っ払い共は訳も分からず歓声を上げて手を叩く。


『じゃ、お兄ちゃんは本体に戻るね』


溶け合う様子は見たくないので軽く手を振ったらすぐに視線を逸らした。すると楽しそうな面々が目に入る。アルテミスはセネカとメルと共に楽しそうに話していて、ヘルメスはベルフェゴールの頭を膝に乗せたまま鬼達と博打を楽しんでいた。姫子と影美は表情が変わらないから分かりにくいけれど、手に持ったままほとんど減っていないカクテルを見れば話に夢中になっていると分かる。ヴェーンは神父達と話していて──大丈夫かアレ急に灰になったりしないよな?


『ヘル、おかえり、何があったか聞かせてくれないか』


兄の同化も終わったようだしアルの隣に座ろう。ヴェーンが灰になったら灰になったで血を与えれば何とかなるだろうし。


『ただいま、アル。あのね……』


『私も聞きたいです! ルシフェルどうしでした?』


『余にも聞かせてくれ、どんな具合だった?』


『角の生えた人達がこっち見て美味そうとか言ってくるんだけど~』


帰ってきた途端にわらわらと大勢に囲まれるのは愛されている証拠だと思うし、嬉しい。けれど少し鬱陶しい。


『今から言うから聞いてて、サタン、ベルゼブブ。使ってない触手引っ込めとけばマシだよ、ハスター』


『え……原因こっち~?』


触手でなければどこを美味そうに見られていると思っていたんだ? 触手の時点で僕には理解出来ないが、肉だろう触手と違って残りの仮面と布は食べられない。


『えっと、まず……ルシフェルの封印の結界が穴空いてるってのは気付いてなかったみたいなんだけど、ロキがこそこそしてたのは気付いてたみたいで……』


『そういえばあの人どこ行ったんですか?』


『今から話すから待って』


僕はそのままミカと戦闘になったことや天界はその気になれば一人の天使に神力を注ぎ込んで強化できることを話し、メタトロンについてサタンに質問した。


『メタトロン……詳しくは知らんな』


『代理人? か何かでしたよね』


『だったかな』


『何の代理?』


『創造神ですよ。多分、神力の管理とか総合的なことは全部その天使がやってると思います』


僕はそんな忙しい天使にまで時間を割かれるような存在になってしまったのか。いや、僕自身の脅威度ではなくミカの魂が奪われた場合の損失を考えてのことだろうか。


『……にしても、大きくて大量にある目玉とか鳥肌ものですねぇ』


『君~?』


ハスターがにゅるっと指……いや、触手でベルゼブブを指す。確かに人並み外れて大きい瞳だし、複眼だから大量にあるとも言える。


『うるさいですよゲソマント! ってか誰なんですか貴方!』


『イカの足外套って意味ね』


『補足しなくていいんですよ魔物使い様も鬱陶しいですね!』


『イカの足~? あ、美味そうってそれかぁ~』


疑問が解決されたようだ、珍しくもベルゼブブの罵倒が役に立った。


『……そ、それでさ、ロキの話なんだけど』


ルシフェルの檻をベルゼブブが勝手に建てた掘っ建て小屋の真下に設置したというのは言わず、ロキの話に移る。不可解な事件は悪魔と邪神の興味を惹き、彼らの何気ない発言から事件解決の糸口が見つかったり──


『まぁ、やりそうですもんね』


『……雷の神…………嫌な思い出があるな』


『にゃる君好きそうなやり方だね~』


──しなかった。誰も疑問を挙げてはくれない、感想しか寄越さない。


『頼りにならないなぁ……』


ポツリと呟き、カルコスの鬣の中からアルの上に移ってきたクラールを膝に乗せる。どうやら僕が帰ってきたと誰かに聞いたらしい、真っ白な瞳を輝かせて僕の顔をただ反射させている。


『ふふ……ただいま、クラール』


僕の顔が暗かったのも、それが自分を見て一変したのも分からないクラール。愛おしい僕の娘。


『ター君、それ君の子?~』


『あ、うん……』


『へぇ~、親子かぁ~……親子、狼の……子…………あ、思い出した~』


ハスターは五本の細い触手をねじって一本にし、先端でまたバラけさせている。手のつもりだろうそれの人差し指に当たる触手をピンと立てた。仮面の下に僕が認識できる顔があるのなら、きっと笑顔なのだろう。


『思い出したって何を?』


『北欧神話だよ~』


『……何? それ』


『ん~……そっか~…………ぁ~……にゃる君、そういうことしちゃうんだ~……』


僕の反応を見て更に何かを察し、呆れたような、残念そうなため息をついた。


『な、何? 何なの? ちゃんと説明してよ!』


『……この知識への干渉は~、今僕が使ってるこの顕現が~、にゃる君の顕現に成り代わっちゃう可能性があるから~、気を付けてね~?』


どう気を付けろと……いや、その事態は前に起こった。あの時は確か名を呼んだらハスターに戻った、なら今回も名を呼べばいいのだろう。


『まず確認なんだけど~、フェンリルは普通に成長してうろうろしてて~、バルドルはちょっと前にヤドリギで大怪我させられてたんだね~? 大怪我、なんだよね~?』


『う、うん……』


ハスターは再び考え込むような仕草をして、わざとらしく落ち込んで見せた。


『……多分、僕達は未来から来た』


『…………へ?』


『この先、この世界じゃない……どこか別の世界で僕達が産まれるんだ~。そして、顕在を目指して~……にゃる君が時空を探し回って~、ここを見つけたんだよ~……多分。僕知ってるもん……ラグナロク……読んだよ~……』


意味が分からない。未来から来ただって? 突然何を……いや、ハスターの言う「僕達」には恐らくヨグソトースが入る。彼の力を借りたならそれは可能だ、僕もやった。産まれる前の過去に飛んで『黒』の名を奪った。それと似たようなことを現在進行形でナイがやっていると?


『……でも、ちょっと違うんだよね~、うん。フェンリルは大きくなる前に拘束されるはずで~、バルドルはロキが彼の弟~? だったかな~、を唆してその時に死ぬはず~』


『待って、待って、待ってハスター、君は未来を知ってるってことだよね? なら僕達のことは……』


『君達の世界のことは知らないよ~、異世界とか並行世界とかって結構あるんだよ~? 全部は知らないよ~』


『……だ、よ……ね。ごめん』


知らなくてよかったのかもしれない。もし自身の末路が悲惨なものだと知ったら、僕はきっと前に進めなくなる。


『話戻すね~? 今回、バルドルが死んで~、ロキが犯人……ってなったんだよね~? でも~、曖昧ながらの存在証明と~、人柄、容疑否認により~、微妙~……って感じなんだよね~?』


『ん……? う、うん、多分』


『じゃあ、ロキ? は犯人じゃない。っていうか~、多分~、ター君が知ってるロキは、ロキじゃないよ~』


『……は?』


ついて行くのに精一杯だったが、とうとうついて行けなくなった。悪魔達やアルも同じだろうかと横を見れば、彼らは続きを待っていた。


『その、バルドルを殺して君の友人のロキに罪を被せたのが~、本物のロキだよ~』


『ちょっ、ちょ……ちょっと待って何言ってんの!? ロキは……!』


『ちょっと黙ってください魔物使い様。えぇと、ハスター? さん。つまりこういうことですよね? 本物のロキは魔物使い様の友人であるロキだが、歴史として正しいロキは殺人犯の偽物のロキ』


『それ~、うん、多分それ~』


ハスターの肯定が曖昧なせいで不安だが、僕が今まで会ってきたロキが本物だというのは事実のようだ。なら良かった、彼にずっと嘘をつかれていたなんてオチじゃないだけまだマシだ。


『……よくある話ですよ。歴史書に載ってる似顔絵が本人ではなく親戚だとか、想像だとか……そもそも存在自体が創作されたものだとか』


『…………つまりハスターが読んだ歴史書は間違いだらけってこと?』


『ん~……でも~、今、修正が入ってるよね~?』


『……ロキの冤罪?』


『うん、バルドルが死なないのも~、ロキが封印されないのも~、変。だから~、ちょっと手を加えて正しい方向におもかじいっぱーい』


修正されるべきは書物の方で過去の方ではないだろう。


『ふざけるなよっ! そんなことのせいで子供が一人死んでっ……そんなの!』


『わ、わー……ター君、ター君……布めくれる~、中身がまろびでる~』


『魔物使い様やめてくださいグロいの出たら大惨事です!』


無駄に明るい態度に腹が立ってハスターの胸倉……胸倉? まぁとにかく、布を掴んで引っ張ってしまっていた。すぐに謝って手を離し、アルの隣にどかっと座り直す。クラールが怯えた声を上げていたので再び膝に乗せ、撫で回した。

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