番外編 ホストクラブの新たな日常
神降の国と酒色の国を隔てていた山脈。そこには獣人の国があり、行き来は容易ではなかった。しかし神降の国と砂漠の国の戦争で山脈が消し飛び、酒色の国との行き来は楽になった。
『あ、姫ー、ご指名ありがとう的な!』
「……こ、こんにちは、ブランシュさん」
『呼び捨てでおけまる的よー?』
山脈が消し飛んだことにより貿易など国交が深まり、同時に神降の国の王女がホストにハマるなんて珍事も起こった。
『今日は何飲む飲む記念日?』
「ブランシュさんは何飲みたいの?」
『えー、そりゃコレでしょー。でも、姫の無理のない範囲で決めて?』
ブランシュはアルテミスの手に広げられたメニュー表で一番高価な酒を指差すが、同時に安価なワインにも視線を誘導させた。
「じゃあこれ頼んで」
アルテミスの指は高価な酒の方へ。
『え? 本気? 姫お財布大丈夫?』
「平気。飲みたいんでしょ?」
『やったー! ありがと姫マジだんけさんきゅ!』
月に一本注文が入れば好調、そんな高価な酒を容易く注文するなんて、流石は王女。ブランシュは今月の売り上げ一位はもらったとほくそ笑みつつも、このままアルテミスにホスト通いを続けさせて国交は大丈夫だろうかと心配もしていた。
「……ねぇ、ブランシュさん。ここ以外で会う話、考えてくれた?」
ショットを一杯。気が大きくなったアルテミスはブランシュの腕に腕を絡ませ、存在感希薄な胸を押し付けた。
『んー、俺人気ないから雑用押し付けられてて忙しい的なー。今月一位にしてくれたらその暇もできるかもだけど』
「一位? 何それ」
『あの壁に貼ってるの見える? アレがこの店の順位表的な。売りぁ……人気ランキング的なのだよー』
「どうやって決めるの? 投票とか?」
『んー、その人のために頼んだお酒の総合お値段はうまっち的な』
アルテミスはブランシュが紡ぐ特殊な文章を脳内で噛み砕き、売り上げランキングであることを何となく察した。
「じゃあどんどん頼めばいいのね?」
『そぉそぉ、でも俺姫以外に指名してくれる人今んとこいなくてさー、十位にも入ってない的な! 一位二位は固定いっぱいついてるしぃ、姫一人じゃキツい的な……』
「……アタシは王女よ? このお酒、もう一本持ってきなさい」
頼まれた高級酒はいつの間にか飲み干されていた。一月に一本注文が入れば……そんな酒が一日に二本。それに焦りを覚える他のホストと客達。一位を目指している者は多いし、それを応援する客も多い。酒色の国では枕営業はむしろ推奨される行為、店内での交渉が禁止されているこの店では特にそうだった。
店の端の席で友人同士で来た淫魔の少女達がこそこそと話す。
『どうする? こっちも何か頼まないと……五位以内に入らないと店での扱い変わるって聞くし……』
『アレに勝つとか無理だって! あの女も多分すぐダメになるから、今月は我慢してもらお?』
その少女達の席についたホストは、長いソファに寝転がっているのは、赤銅色の翼と鬣を揺らす獅子──カルコスだ。
『ねぇねぇレオくぅん、次のお酒どうする?』
『酒はもう要らん、チョコクッキーをくれ!』
『で、でもこのクッキー安いよ? 順位落ちちゃうよ?』
『順位なぞ知るか、我は今甘いものが欲しい』
渋る少女達を見てカルコスはゆっくりと起き上がり、机に顎を乗せた。
『……くれんのならもう肉球は触らせん』
『あーんいけず! 頼む! 頼むからぁ! ぷにぷにさせてぇ!』
『リーズナブルでかーわーいーいぃー、レオ君最高!』
カルコスはこの店で最も良心的な接客として評判だ。そんな兄弟を見て鼻で笑うのが同じく店の端の席のクリューソス。彼ら魔獣は毛や羽根が散るからと席が固定されている、客の方が動くシステムなのだ。
『はぁぁっ……! 縞模様えろてぃっくぅ……毛皮の下の筋肉がたまりませんなぁ……』
『……おい、そろそろ酒を頼め』
『あ~そのグルグル音最高! 野性的ぃ!』
カルコスと違って愛想の悪いクリューソスにつくのはマスコット好きの少女ではなく、魔獣フェチのお姉様方。普段抑圧されているのかダンピールのお嬢様が多く、高順位をキープしている。しかし他のホストと違って接客がお触り前提になってしまっており、ストレスはひとしお。
『んぁぁまるまるお耳ぴこぴこかぁいいよぉ!』
『……そろそろ腹が減った。肉が食いたい』
『お口見せてくれるのぉ~!?』
クリューソスはストレス発散にと肉を貪り、家に居るだろう妹の姿を思い浮かべる。あのモヤシ男に普段こんな目に遭わされているのかと同情しつつ。
また別の席では机の上に大量の酒瓶があった。従業員が片付けてはいるものの、追いついていないのだ。
『オロチくぅーん、毒キノコ先輩すっごい追い上げてるよー? 今月一位無理かなぁ』
片手に酒瓶を、片手に淫魔の女の肩を抱き、酒呑は今にも歌い出しそうなほど上機嫌だった。
『あー、もう順位なんか構へん構へん。こないだあの酒こっそり味見してんけど、あらあかんわ。大したことあれへん。ぶらんどに胡座かいとるわ』
『よく分かんないけどぉ、次のお酒もこれでいいのね?』
『お、まだ頼んでくれるん? おおきになぁ』
そのルックスと気さくさで固定客を集めている酒呑は好みの酒ばかりを頼ませているが、流石に酒豪は量が違う。好みの酒もそう安価なものという訳でもないので、一位を取ることも稀ではない。しかし生来享楽主義の酒呑は競争意識が低く、狙ってはいない。そんなところがイイ……という客も多い。
『おひいさん何も飲んでへんし食いもしてへんけど大丈夫なんか?』
『私淫魔だしー、飲み食いするよりオロチ君がほっぺにキスしてくれた方がいいなぁー』
『おー、そんくらいやったらいくらでもしたんで』
面倒臭がりの酒呑はアフターや枕営業を積極的にはしない。しかし女好きではあるため、店の規律以内のサービスは手厚い。これも人気の理由だ。
そんな酒呑の席を横目で見つつ、店で二番目に高価な酒をあおるのは長い黒髪の鬼──茨木。
『……ローズ様? お酒追加……する?』
そっと茨木を見上げるダンピールの女。茨木は彼女の赤い瞳と真紅の視線を交わし合い、グラス片手に優しく微笑む。
『…………向こうの席で頼まれはった、一番のお酒、うちも飲みたいわぁ』
『え……ゃ、あれは、ちょっとキツい……』
『……せやったら今日は無し』
『そんなぁ! 五十以上でって約束じゃない!』
茨木は女の腰に腕を回し、ゆっくりと体側を撫で上げる。コツンと頭をぶつけ、耳に吐息をかける。
『約束やなんて一言も言うてへんし、今日はそない気分ちゃうし……』
手の甲でくびれをすりすりと撫でながら、蛇が獲物を捕らえるように、ゆっくりと抱き寄せていく。
『た、頼んだら……今日も、してくれる?』
『……そんなして欲しいん?』
茨木は順位にこだわっている。勝ち負けだとか、優秀さをひけらかすだとか、そういうものではなく一位になった際のボーナスだけを目当てにしている。自分か、もしくは酒呑が一位にならなければ。そんな使命じみたものが彼の中にあるのだ。
『だ、だってぇ……』
『ふふ……可愛いおひいさんやねぇ、そないにして欲しい言うんやったら、誠意見せてもらわんと』
女はぎゅっと目を閉じ、親族に怒鳴られる光景を瞼の裏に浮かべる。しかし抱き締めてくる茨木の体温に後に怒られることなどどうでもよくなって、家に請求書を送るように言った。
そして本日三本目、月に一本入れば好調な高級酒の栓が抜かれた。
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